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「よさないか、モーモ」
おじいさん恐竜が、静かに言った。
「だって、おじいちゃん」
モーモは、泣いていた。
「お前も知っているだろう? セイスモサウルスが脚を傷めたら、おしまいなんだよ。それに、わしは、もう、年だ。近く、こうなることはわかっていた」
おじいさん恐竜は、僅かに首をもたげ、圭太たちを見た。
「モーモは、ひどいことを言った。許してやってくれ。まだ、子どもだから、運命というものをうまく受け容れることができないんだ。わしを立たせようと、あんた方は、よくやってくれたよ。多少、臭くて、乱暴なやり方だったけど」
「カウカ?、ドウグ、カウカ?」
カイバが尋ねた。
こんな時なのに、自分の使命を忘れていないのだ。
だが、おじいさん恐竜は、少しだけ、首を横に動かした。
「もうすぐ死んでいく恐竜に、道具なんていらないよ。恐竜に道具なんて、似合わない。第一、あんたたちは、失敗したじゃないか。道具なんて、必要ない」
「クワレルノカ? ケイタ、オネエチャン、クワレルノカ?」
「あんたは? 自分だけ逃げようっていうの?」
おねえちゃんが、ジャンプして、カイバをこづいた。
静かに、おじいさん竜が、ため息を吐いた。
「竜王の使者が失敗したら、恐竜に食われる。これは、規則だからなあ」
「……」
圭太は心がしんと冷えた。なんだか、泣きそうになる。
あんまり楽しい思い出はなかったけど、それでも、まだ死にたくないと思う。
皺の奥で、おじいさん竜の目が、優しく光った。
「いい考えがある。わしが、新しく依頼をし直そう。それで、今の失敗は、チャラだ。だから、わしからの依頼は、絶対に成功させておくれ。いいや。成功させてくれなければ困る」
おじいさん恐竜は、声をひそめた。にわかにその声が、真剣になった。
「あそこに、大きな木があるだろう? 幹がごつごつしてやたらと太い、あの木」
圭太は、伸びあがった。
なるほど、シダによく似た茂みの向こうに、木があった。青々と茂った葉が、涼し気な木陰をつくっている。
「根本の辺りを見るんだ。わかるだろう?」
「アロサウルス!」
思わず叫んだ。
アロサウルス。
それは、ジュラ紀最大の肉食恐竜だ。
しかも、1頭ではなかった。よく見ると、その近くにある木々の根元に、それぞれ1頭ずつ、潜んでいる。ここから見えるだけでも、合計6頭のアロサウルスがいた。じっと伏せて、さりげない様子で、こちらを窺っている。
「わしが、死ぬのを、待っているんだなあ」
おじいさん恐竜が言った。とてものんびりした口調だった。
「わしの死骸の始末をしてくれるのは、あいつらだ。わしは、この日が来るのを待っていたよ。100年も生き続けるのも、その間ずっと大きくなり続けるのも、そろそろ疲れてきたからなあ。《《その日》》がいつ来てもいい。でも、今日でなくてもいい、だって、わしには、モーモがいるから。この頃、毎日、そう思ってきた。そして、とうとう、《《その日(》》が、やってきた。……今日、だったんだ」
おじいさん恐竜は、優しい目で、モーモを見た。
「でも、モーモは違う。お前には、仲間といっしょに行きなさいと言っただろ? さっさと前へ進めと。わしにとっての最後の日は、お前にとっての最後の日ではないんだ」
おじいさん恐竜は、圭太とおねえちゃんに向かって、鼻を鳴らした。
「そういうわけで、モーモは、恐竜の世界で間違ったことをした。群れを離れ、わしのそばについていた。だが、モーモの寿命は、まだ尽きてはいない。君たちの力で、モーモを群れのところへ連れていってやって欲しい」
「わかった」
圭太は、力強くうなずいた。
おねえちゃんも、うんうんと、しきりにうなずいている。
「アロサウルスが狙っているのは、わしだ。わし一頭分の体があれば、あいつら全員、太陽が20回昇る間くらいは、腹いっぱいでいられるからな。ただ、モーモが一人で歩くのは、危険過ぎる。わしが死ぬのを待ち切れないアロサウルスがいるかもしれないし、他の肉食恐竜だってたくさんいるのだから。モーモは、まだ、敵を恐れさせるほど、大きくはなっていない」
「いやだいやだ、行きたくない!」
モーモは大声で叫んで首を横に振った。大きな涙が、びしゃっ、びしゃっと落ちてきて、圭太とおねえちゃんは、慌てて、脇へよけた。
「群れのみんなは、おじいちゃんほど、ぼくに優しくしてくれない。僕が弱虫で泣き虫だから。でも、おじいちゃんだけは、優しくしてくれた」
「モーモ、」
おじいちゃんが言った。
「お前は大きくなれる。お前が大きくなれば、誰も、お前をいじめない。凶暴な肉食竜だって、逃げていくようになるだろう。モーモ、お前は、とても優しくなれる。いじめられて大きくなった恐竜は、とても優しいんだ」
「いやだ! いやだ! おじいちゃんが一人で死んでいくのは、僕はいやだ!」
モーモは、びしゃびしゃと泣き続けた。
おねえちゃんも、目を真っ赤にしている。
わあわあ泣くモーモからは、悲しみが、まっすぐに伝わってくる。それをまともに受け止めて、圭太も、胸が詰まった。鼻の奥が、つん、とする。




