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9.朝、目覚めて


 翌朝、ラティーファは息苦しさを感じながら目を覚ました。開いたばかりの視界はぼんやりとしていたが、意識が覚醒するとばねのように跳ね起きる。そして、きょろきょろと辺りを見回した。

 ラティーファ自身が三人寝転がってもなお余裕のありそうなベッドの上には、肌触りのよい布で出来たシーツ。軽いのに、寒さを感じさせない掛け布。身体を柔らかく支えるマット。どれも今まで触れたことも、感じたこともないような質感だった。

 そして、何より驚いたのが、大きな窓から見える緑だ。


 「きれい……」


 ベッドから降りると、四苦八苦しながら窓を開く。感じるのは、肌を焼く凶悪な日光ではなく、穏やかな風と身体を温めてくれる柔らかな光、そして初めて嗅ぐ、爽やかな木々の香りだった。


 「これが、緑の国……」


 今、視界に入ってくる全てのものが、ラティーファにとって目新しく感じられる。と、同時に遠くまで来てしまったのだと、改めて実感させられた。

 ころりと涙が零れる。


 「どうして泣いている?」


 突然、低く重みのある男の声が聞こえた。ラティーファは驚きながらも目許を手の甲で拭う。


 「どなたですか?」


 ラティーファからは声をかけた人物の姿は見えない。窓の外に見えるのは、整えられた庭園のみだ。

その中にある木の陰から、男が姿を現した。そして、ラティーファの問いかけに答えることなく、もう一度尋ねる。


 「……どうして泣いていた?」


 やや距離があり、木陰にいるせいか、男の表情や髪の色、瞳の色はよく見えない。


 「……朝が、とてもきれいだと感じたからです」

 「朝が? いつもと変わらないだろう」


 男からもラティーファの姿はよく見えていないらしい。男には彼女が異国の人間であるということは分かっていないようだった。


 「いいえ。とてもきれいです。空気も日の光も、どれも優しいから」

 「……そうか」


 男がふっと笑ったような気がする。

 ラティーファもつられるように微笑んだ。


 と、そこで木製のドアをノックする音が聞こえた。


 「ラティーファ様、ジェニです」

 「呼んでいるぞ」

 「あ、はい! どうぞ」


 男に促されて、窓の反対側にあるドアを振り向くとジェニがドアを開けて室内に入ってくるところだった。


 「ラティーファ様、おはようございます。……あら? どうかなさったんですか?」

 「あ……外を眺めていたら、人がいらっしゃったので、お話してたんです」

 「な、なんですって!?」


 にこやかだったジェニの表情が一変して、窓の方へと駆け寄ってくる。そして、ラティーファを窓から離すと、身を乗り出すように庭を確認した。


 「……どなたもいらっしゃらないようです」

 「え…? さっきはそこの木陰に……」

 「ラティーファ様。このような早朝に、外れとはいえ王城の庭を歩き回る人物などおりませんわ。お気をつけください」

 「……す、すみません……」


 鬼気迫る表情でそう言われると、ラティーファはただ頷いて謝るしかなかった。ジェニはその様子を見て、毒気を抜かれたのか脱力し、苦笑する。


 「…きつく言ってしまって申し訳ございません。昨日この国にいらっしゃったばかりで、この城がどんなところかお教えさえしていないのに……」

 「いいんです。ジェニさんは、私のことを心配してくださったんですよね? ありがとうございます」

 「ラティーファ様……」


 お互いが笑顔になったところで、ジェニが思い出したように手を叩く。


 「一つお知らせしておかなければならないことがあるんです」

 「何でしょう?」

 「王が、倒れてしまったのです」

 「え……!?」


 さっきのジェニとはまるで違う表情だ。

 その彼女が言うには、王が何者かによって害されてしまったこと。

 王が倒れていた場には、濃密の魔力が残されていたこと。

 王が倒れたことによって、国が荒れてしまうかもしれないこと。

 そして、救国の神子であるラティーファが、この状況を打破しなければならないということ。


 それだけ言うと、ジェニは眉を寄せて黙り込んでしまった。原因はわかっている。この国のことを何も知らないはずのラティーファが、今すぐにでも国を救わねばならない状況になってしまったことに、胸を痛めているのだ。

 ラティーファは、しばらく考え込んだ後、唇を開いた。


 「……ジェニさん。私に出来ることがあるのなら、私はそれをやりたいです」

 「ラティーファ様」

 「でも、私はこの国のこと、何も知らないから。だから、神子のことを詳しく知っている人に合わせてください」

 「ありがとうございます……!」


 感極まったように、ジェニはラティーファの手を握った。ラティーファもその手を握り返す。そして、どちらからともなく、笑みを漏らした。










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