5.過去【後編】
この話は、流血などの残酷な表現を含んでいます。
また、ラティーファ視点で話が展開していきます。
彼女―フューリ―は、踊り子で、一座の花形でもありました。
彼女が舞えば、たちまち水が湧き出し、雨が降り、彼女が高らかに歌えば、柔らかな風が吹いて、花が降る。……あぁ、私達の国では滅多に雨が降らないのです。
それが私達、熱砂の国に生きる者にとって、どんな力か想像できますか? 名誉・財・地位…何でも手に入る能力なのです。
しかし、フューリはそれを望んでいませんでした。
「ねえ、ラティ」
「なぁに?」
「貴女は、私のような力が欲しい?」
「え……?」
ある日、舞台が終わったあと、彼女の髪を梳りながら尋ねられました。
「舞ったり、歌ったりすることで、天候を操る力」
真顔で聞くフューリを鏡越しに見た私は、これはまじめに答えないといけない質問だと察知しました。 手を止め、首を捻ります。
「うーん……どうかな」
「どうって?」
「人を救える力があるのはいいことだけど、それよりも私はフューリのように踊れるようになりたいよ」
「……あははっ! そう、そうなの…」
「! な、何で笑うの!? 私、真面目に答えたのに!!」
初めは肩を震わせていただけなのに、一度吹き出したら止められなくなったのか、フューリは大爆笑し始めました。
ひとしきり笑ったあと、フューリは柔らかな唇に指を当てて、私をなだめるように頭を撫でます。
「ラティは、踊るのは好きかしら?」
「うん、大好き!」
「それじゃあ、これはラティがもっともっと踊りが好きになるようなおまじないよ。――貴女にアメアト神のご加護がありますように」
額に何か触れたと視線だけ上げて見てみると、彼女が唇をつけているのが見えました。――それ以降少しだけ、ステップを踏む足が軽くなったような気がします。
+++++++++++++++++++++
私達のような旅の一座は、単独で旅をすることができません。一面が砂だらけで、次の街への道を知っているのは商人達だけなのです。だから、一つの街で公演が終われば次の街へ行くためにキャラバンに声をかけます。
しかし今思えば、あの時は、どのキャラバンも様子がおかしかった……。
声をかけても知らぬふりをするのは当たり前。中には罵声を浴びせてくる者もいました。
これでは交渉することが出来ないと思った私は、座長に知らせに戻ったのです。
何となく嫌な予感がした私の足は、街外れにあるテントに向かって自然と速くなり、遂には駆け出していました。
「なに、これ……!?」
テントの前には、仲間たちの変わり果てた姿。あの時――両親が死んだあの日から5年、私も18になっていました。
震える手を握り締めて、息のある者を探しました。
「ラティ、ファ……」
「座長っ!!」
座長のグレーの髪が血で赤く染まり、腹部に刺されたナイフの隙間からも止めどなく流れていました。
「い、一体何が……!?」
「盗賊だ…まだ、奴らが近くにいるかもしれん……っ早く、にげろ」
「でも!!!」
「フュ、リがいないんだ……ここは大丈夫だから、さがして、くれ…」
だんだん細くなっていく座長の息。私は唇を噛んで頷くと街に向かって全力で走り始めました。
――今度は、一人でも多くの仲間を救うために。
しかし、次の瞬間、あのときの絶望が私を襲います。目前に迫った街からは、火の手が上がり、人々の叫び声と、盗賊たちの罵声が聞こえてきました。
――怖い、怖い、怖い……っ!!!!
がくがくと震え始めた足は、縫いとめられたように動かなくなってしまい、私はその場へしゃがみこみます。
――しに、たくない……!!!! 嫌……ッ!!! 死にたくないッ!!!!
頭の中はそれでいっぱいでした。
――仲間を助ける? 助けを呼ぶ? 嫌だ! まだ死にたくない! ……いや……逃げよう……。
恐怖に覆い尽くされた私の心は、私を助けてくれた人たちを見捨てて逃げることを躊躇いもなく選んだのです。
そして、そんな恩知らずな私に似合いなのは、砂漠でカラカラに干からびて無残に死んでいくことだと、思っていたのに……。