18.踊り子の力
素足で踏みしめるグリューエルン国の大地は、別名、緑の国と呼ばれるその名にふさわしくみずみずしかった。しゃらん、と鈴の音を響かせながら、ラティーファは魔法陣の中央へゆっくりと進んでいく。徐々に胸が熱く、高鳴っていくのを感じた。
小さく息を吐くと、とん、とん、と足で軽くリズムを刻み始める。それに合わせて小さく鈴が鳴る。
ラティーファの唇から少女特有の、高く、生命力に溢れた旋律が零れ落ちた。
少し離れたところから見ていたリヒルとジェニも、思わず息を飲む。
魔法陣が徐々に光を強めていく中で、ラティーファの動きもだんだん激しくなっていく。
――召喚されたときは、あんなに怯えていたのに。こんなに変わるものなのか……!
リヒルは魔法陣の中を縦横無尽に動き回る少女の姿を眺めながら、驚愕に目を見開いた。もはや、ラティーファには彼だけでなくジェニさえも映っていないようである。
両手が空を切り、ステップを踏みながら魔法陣をなぞるようにくるくると回ると、夕焼け色のヴェールが軌跡を描きながら翻る。それに合わせて軽やかに鈴が鳴いた。
変化が起こったのは次の瞬間だった。
ラティーファが一瞬目を閉じると胸の前で両手を組み、何かに祈りを捧げるような姿勢を取る。すぐにその格好は崩されたものの、彼女が素足で地面を踏みしめた後、急に草花が葉を伸ばし始めたのだ。
「え……!?」
「これは……!」
二人は更に目を丸くする。一人は突然急成長を始めた草花に、もう一人は開かれたラティーファの目が菫色ではなく、赤く輝いていたことに。
整えられていた庭の花や木がみるみる枝葉を伸ばしていく。ラティーファの足元もだんだんと雑草が伸びていった。しかしそれをものともせず、彼女は舞い続ける。
『――恵みを』
一言一言旋律にのせる。
『――喜びを』
この国に喚ばれて、舞うことは、踊り子として最上級の幸せだと感じた。
『――感謝を』
だからこそ、最初の舞はこの国に存在するすべての人に向けて捧げたい。ラティーファは心からそう思った。
――徐々にステップが緩やかになり、ついにラティーファの足が止まった。呼吸が弾み、胸は大きく上下している。
観客と化していたジェニとリヒルは、夢心地な気分のまま、いつの間にか拍手をしていた。その音に気がついたラティーファは嬉しそうに笑みを浮かべたあと、周りの様子が変わっていることに目を白黒させる。
「こ、これは……?」
「あなたの力よ、ラティ」
「魔法陣で効果が強化されたのか……それにしても、これは……」
リヒルが言葉を切るのも無理はない。たった数分のことだったにも関わらず、庭中の草や木、花がずいぶんと成長しているのだから。
「でも、私魔法なんて使ったわけじゃないのに……」
「神子の力は未知数だから。予想もしていなかったことが起こる、なんてこともありえるんだろうね」
「……それにしても、見せてもらってよかったわ……! ラティの踊り、本当に素晴らしかったもの」
「えぇ。それは私も思った。神秘的、というのはああいう様子をいうんだろうって……」
「ありがとう。私も久しぶりに思いっきり踊れて、とっても楽しかった……!」
魔法陣から出たラティーファは思い切り背伸びをした。息は落ち着いてきているものの、興奮のせいか、頬が赤らんだままなのがわかる。しかし、次の瞬間、ふらりと身体が揺れた。
「ラティ。大丈夫かい?」
ごく自然な動作でリヒルが身体を支えた。思っていたよりも細い肩で、この小さな身体に一国の命運が預けられているのかと思うと、彼は思わず肩を抱く手に力が入る。
「ご、ごめんね、リヒル。ちょっと疲れちゃったみたい」
「無理してはダメよ? 今日はこれくらいにして、部屋に戻りましょう」
こうなってはジェニの言葉に従うしかない。短い付き合いながら、ラティーファはそれを感じられるようになっており、仕方なく頷く。
ジェニはにっこりと笑った。
予定より少し時間が遅れてしまい申し訳ありませんでした…!
次回より少し更新が遅くなります。