17.夜、場内の庭にて
日が落ち、星がちかちかと瞬き始めた夜。熱砂の国ならば、凍えるほどの寒さになるというのに、この国はほんのわずかに肌寒く感じる程度だった。
そんな中、ラティーファはジェニとリヒルの二人と共に、城の奥に位置する庭に来ている。元々ここは、歴代の王たちが王妃と側室たちを慰めるために用意した庭だという。現国王ヨースティンには、王妃も側室もいないが荒れることなく整えられている。扱いとしては後宮に近いため、限られた者しか出入りすることがないことから、召喚された神子として公表されていないラティーファが活動するのにはもってこいなのだ。もちろん、王は病床にあるため、指示をしたのは宰相であるバインツだった。
庭にはたくさんの植物が植えられている。葉が緑のものもあれば、紅葉して朱色や黄金色に変化しているものもあった。ラティーファはその様子にあっけにとられた。――こんなにも、草花はたくさんの色彩を持っているのか、と。
「ラティーファ様、どうされたのですか?」
一応騎士として剣は腰に佩いているものの、初めて見たときのように堅苦しい騎士団の制服ではなく、柔らかいシャツとズボンに身を包んだリヒルが問う。温かく甘い視線に慣れないラティーファは何となく居心地の悪さを感じた。
「初めてなんです、こんなにたくさんの色を同時に見たのは」
「色……? あぁ、この庭に植えられている草花のことですね。何か好きな花はありましたか?」
「もう、リヒル! ラティは魔力鍛錬に来たんだから忘れないでよねっ!」
「なんだ、ジェニ。ラティーファ様といつの間にそんなに仲良く……」
「女の子はいつだって仲良くなるのが早いんです! いいでしょ?」
ぎゅーっと抱き締めてくるジェニの身体の間でラティーファはくすくすと笑いながら、双子のやりとりを見ていた。
「リヒルさん。私はあの白い花が好きです。すごくいい香りもするし……」
「あれは、フロラージュという種類の花だね。さかさまにして見ると、ふんわりと広がった花びらがまるで白いドレスを纏った女性のように見える花だから、妖精が宿っているなんていうおとぎ話もあるくらいなんだ」
「近くで見てもいいですか?」
「もちろん」
おそるおそる近づくと、ぽっと闇の中にランプが灯るように、白い花弁が浮かびあがった。同時にふわりと甘い香りが漂う。ラティーファの鼻腔をくすぐり、胸を辺りをほんのり温めてくれるような優しい香りでもあった。
よく見ると木に花をつける植物のようだ。低い位置にはあまり花がついておらず、ラティーファの胸から上の方にかけてたくさんのつぼみが咲くのを今か今かと待っているように見える。
「ラティ、そろそろ始めましょう。あまり遅くなるといけないわ」
「うん、わかった。それじゃあ、ジェニ、リヒルさん。よろしくお願いします」
「……ラティーファ様、ジェニばかりずるいです」
ぼそりと呟いた言葉にラティーファは目を丸くする。
「ええと……リヒルさ……、リヒルもラティと呼んでくれる?」
「もちろん。ラティ」
にっこりと笑ったリヒルの周りには、華やかな花が咲き誇るように見えた。
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気を取り直して、三人は庭の開けた場所に立った。空を見上げると、やや欠けた白い月がふんわりと淡く輝いている。
「それでは、魔力鍛錬のために魔法を使うよ」
「魔法……!」
「あぁ、ラティは魔法を見るの初めてなのね。周囲の魔力を取り込むための魔法だから、あまり派手なものではないけれど」
「それではいくよ」
柔らかだったリヒルの表情が真剣なものに変わった瞬間、ぼんやりと辺りが輝き始める。エメラルドの瞳がきらきらときらめいていた。
『――魔力を紡ぎて、陣を成す――』
光が徐々に集まり、細い糸のようになっていく。それが無数に集まって地面に円を描きながら白い模様を形作っていった。魔法が使えないとはいえ、ジェニには意味がわかっているのだろうか。ラティーファはこっそりと彼女の顔を見たものの、特に大きな変化はなかった。
『――光よ、収束せよ――』
リヒルの力のこもった声が響くと、文字がひときわ強い光を放ち、魔法陣がほんのり赤みを帯びたまま地面に描かれていた。
ふう、と小さく息をつくとリヒルの表情が緩んだ。
「さて、これで完成だよ。月光を受けると効果が発動するように調整しておいたから、月の出ている夜は使用することができる」
「ありがとう、リヒル! 魔法って、すごくきれいなんだね」
「ふふふ、そんなに喜んでもらえると使ったかいがあるなぁ」
「ラティ、この魔法陣はね、リヒルの言ったように魔力鍛錬の効果を付加しているのだけれど、その分この中で活動すると魔力の消費量が激しいの。魔法の効果や障壁としての効果も高いから、魔力が十分にあるうちは安全よ。でも……」
「でも?」
「万能ではない、ということだよ。この中で魔力が切れれば、生命力を削るだろう。だから、疲れているときや体調が悪い時は絶対に入らないように。……約束してくれるかな?」
「う、うん。わかった」
念押しする二人の声音に気圧されるように、ラティーファはコクコクと頷いた。
「それじゃあ、いよいよラティの鍛錬の時間よ! 準備は出来てる?」
「うんっ!」
そう言って、その場でラティーファは頭に巻いた夕焼け色のヴェールを翻すようにくるりと一周回る。今の彼女は、この国ではありえない、ゆったりとしたズボンが下がらないようヴェールと同じ色の布を巻きつけ、白いシャツを身に纏っていた。裾が長かったせいか、へその上辺りで結び、短くしている。
そして、もう一つ用意してもらったのが、涼やかな音を奏でる金色の鈴。それを紐で通し、アンクレット、ブレスレットとして左右の手足につけていた。
「それじゃあ、できるだけリラックスして。でも集中は切らしてはいけないよ。そのまま陣の真ん中へ進んだら、あとはラティの思うように」
こくん、と頷くとラティーファは靴を脱ぎ捨て、素足で魔法陣を踏みしめた――。
たくさんの方に読んでいただいて嬉しいです!ありがとうございます!
少々立て込んでいるため、次回更新は2013/1/12です!