14.神子として
「ラティーファ様! ルーベン様! 持って参りましたわ!」
「ジェニさん、その包みは……?」
「開けてみてください」
ルーベンの言葉に頷くと、包みをゆっくりと開いていくと、夕焼け色の柔らかい布が見える。
「……ラティーファ様がお召しになっていたものと同じようなものを探したのですが、見当たらなくて。それならば出来るだけ動きやすいものを準備した方がよいのではないかと……」
「ありがとうございます、ジェニさん。すごくきれいな色……」
中身を広げるとヴェールが一枚、それとは別の大判の布が一枚。それに、薄いシャツと、ゆったりとしたズボンが入っていた。全く同じとはいかないものの、踊ることは十分できそうな格好である。しばらく踊っていなかったせいだろうか、ラティーファはそちらの方へ意識が逸れてしまっていた。
「神子様。魔力鍛錬には月光がいいと聞きます。それを身に纏って、夜、人目につかないところで軽く舞ってみるといいでしょう」
「はいっ!」
「ですが、ルーベン様……っ!」
困惑した表情でジェニが反論しようとするのを、ルーベンは冷静な瞳で見つめ押し止める。と、同時に小さく唇を動かした。
「まだ、存在は隠しておくべきです。神子として皆に認められたわけではないのだから」
喜ぶラティーファを後目に、ジェニはただうなずくしかできない。
「それでは、神子様。神子とは何か、これから貴方が何をすべきなのか、お伝えしてもいいですか?」
「お願いします!」
「長くなりますから、どうぞこちらへかけて聞いてください。ジェニ殿も一緒にいるといいでしょう」
「わかりました」
魔力を測定した紙と器を退かすと、テーブルは思ったよりも大きく感じられた。紙を丸めて紐で縛りながら、ルーベンは口を開く。
「このグリューエルン国は、オルネイディア様がその身から創り出した国と言われています。彼女の身体には想像できないほどの魔力が宿っていたのですが、あまりにも過ぎた力は、彼女自身の負担になっていた――そのため、魔力のはけ口としてこの国が創られた、と言い伝えられています。実際に国民全員、大なり小なり魔力を持っているのです。そしてその中で最も莫大な魔力を持っているのが王族。特に、現国王であるヨースティン陛下は、歴代の王の中でも特に優れていたと聞きます。ですが……」
「……王様が倒れたって聞きました」
「そう、倒れてしまった。――元々あまり私たち臣下や国民の前に姿を見せることは少なかったのですが、ここ3年ほどでしょうか……公式行事にさえ、僅かな時間しか姿を見せなくなってしまったのです」
「国は発展しているんです。でも、国王が不在のままなんて、おかしい……むしろ、国王なしでもやっていけるんじゃないかって……そんな声があちこちから聞こえてくるようになってしまって。バインツ様も焦っていたはずです。禁止されているはずの神子召喚を行ってしまうくらいには……」
ルーベンの話に加えて、ジェニが情勢を踏まえた話を付け足していく。ラティーファは、首を捻った。
「待ってください。神子召喚を行ったのは、バインツ様の独断なんですか?」
「状況から見てそうでしょう。王が排除されてしまったら、宰相であるバインツ殿も処分の対象になるかもしれないですからね」
「……神子に何をさせたかったんでしょう……?」
「今まで現れた歴代の神子達が何をやってこの国を救ったのかは、残念ながら伝わっていません。ですが、この国が滅亡の危機にあるとき、必ず神子が現れ、そしてその危機を救っている。この事実は変わらないのです。だからこそ、バインツ殿は無理に召喚を行ったのでしょう」
「逆に言えば、召喚できたということは、この国は滅亡の危機にあること、それを救えるのはラティーファ様だと……いうことなのでしょうか……」
「まずは、陛下に会ってみてはどうでしょう。もしかしたら、何か変化が起こるかもしれません。私もその間に何か文献が残っていないか、探してみます」
「は、はい……」
頷いたところで、ゴーン、と大きな鐘の音が鳴り響いた。
「おや。もうこんな時間ですか……神子様、申し訳ありませんが、そろそろ私は職務に戻らなければなりません」
「あっ……すみません、長居してしまって。でもいろいろ教えていただいて助かりました! 魔力鍛錬もしっかりやってみますね」
「その方面については、ジェニ殿やリヒル殿に聞いてみるのもいいと思いますよ。彼らも高い魔力の持ち主ですからね」
「なっ……! 祭司長様!?」
突然話を振られたジェニは、目を白黒させながら「私無理ですからね!?」と念押しし、慌てた様子を見たラティーファは思わず吹き出していた。