13.魔法と魔力
「神子様は、魔法を使ったことはありますか?」
「ない、と思います」
「では、魔力をどれくらい持っているかも知らないということですね……では、その測定も行いましょう。――それと、ジェニ殿」
「はい!? な、なんでしょう?」
「この紙に書いてあるものを用意してください」
「わかりました」
ジェニは驚いた声を上げながらも、渡された紙を見るとくるりと踵を返して扉の向こうへ姿を消した。
バインツは護衛と共にいつの間にかいなくなっている。部屋の中には、ルーベンとラティーファの二人だけになっていた。
「あの、ルーベン様……魔法とは、どんなものなんですか?」
「どんなものとは、なかなか難しい質問ですね。熱砂の国には魔法を使う方はいなかったのでしょうか」
「魔法とは違うかもしれませんが……奇跡を起こす力を持っていた人物は知っています」
「奇跡?」
「踊りや歌の力で雨雲を呼び出したり、花を降らせたり」
「ほう……実に興味深い。しかし、その言い方だとその力を持つのは神子様ではないのですね?」
こくりと肯くと、ルーベンは失礼、と言いながらラティーファの頭をすっぽりと覆っているヴェールを外した。リズミカルに杖で地面を鳴らすと、青白い模様が浮かび上がってくる。ラティーファは、目を見開きながら身体を硬直させた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。これも魔法の一つですから」
そう言って呪文のような言葉を紡ぎ始めると、模様がぐねぐねと形を変え、ラティーファの足へ巻きつきながらどんどん上半身へ向かって上がってくる。昔見たことのある蛇のようだ、と思った瞬間、ぱきんっと硬い音を響かせて模様が砕け散った。
これにはルーベンも驚いたようで、目を丸くした。
「神子様、何かなさいましたか?」
「い、いえ…あの…これどうなって……?」
白い床に散らばった青白い破片が、ステンドグラスから差し込む光に反射してキラキラと輝いている。
「どうやら、神子様が私の魔法を解除してしまったのです。いや、これは解除というより、破壊に近いかもしれない……」
「破壊……? そんなことが出来るんですか?」
「いいえ、普通は不可能です。しかも、今、私が貴方にかけようとした魔法は、火や水、風、土などを操作する四元魔法とは違って、私たちのような聖職者が使う神聖魔法――神々が使っていたとされる魔法に近いものなのです。解除するならばいくらか方法はあるはずですが、破壊となると意味は異なってくる……」
蒼の双眸が考え込むように曇っている。それがラティーファの不安を煽った。
「ルーベン様……?」
「あぁ、すみません。貴方は神子として選ばれているのですから、多少のイレギュラーはあるでしょう。では、次は魔力を測ってみましょうか」
ラティーファは釈然としなかったが、より明るい声で言われたせいか、それ以上何も言わず頷くことしか出来なかった。
次に差し出されたのは、葉のない一本の木が描かれている紙と青みがかった色の液体が入った陶器だった。手近にあったテーブルへ紙を広げ、器も並べて置く。
「では、神子様。この液体に両手をよく浸してから、木の根元を両手で覆ってください」
「は、はい!」
ゆっくりと器の中へ両手を浸すと、液体の色が徐々に暖色へと変化していく。変化が終わった頃には、蜂蜜のようにとろりとした琥珀色になっていた。
指示されたとおり、木の根元へ両手をつける。するとどうだろう、枯れた木のようだったものが、勢いよく枝葉を伸ばしていくではないか。あっという間に、紙は太くなってしまった幹でいっぱいになってしまい、ところどころに葉が見える程度になってしまった。
「る、ルーベン様! き、木が!?」
「神子様、落ち着いてください。この木の成長具合が貴方の魔力を示しているのです。伸びれば伸びるほど成長し、幹が太ければ太いほど魔力の器も大きい。貴方は驚くほどの魔力を入れる器を持ち、訓練すればするほど、今以上の魔力を得ることができる……」
「それって、力があるってことですか…?」
「そうです。それもとてつもない力がね」
安堵からか、ラティーファはその場にへなへなと座り込んでしまう。ルーベンも足元へ跪くと、そっと日に焼けた彼女の手を握った。不思議と先ほどまで触っていた液体の感触はない。
「力があるのです。あとはその使い方を覚えれば、すべてうまくいくでしょう。……ほら、貴方の力を発揮できるものがちょうど来たようですよ」
そう言って扉の方を見ると、大きな包みを持ったジェニが現れたところだった。