11.閉ざされた扉
遅くなりましたが、新年最初の更新です。今年もよろしくお願いします。
朝の爽やかな光とは対照的に、城内の空気は澱んでいるように感じられる。それは、王が倒れたという事実がもたらしているのか、それとももっと別のことが影響しているのか、今のラティーファには判断することが出来なかった。
与えられたドレスと同じヴェールを頭から深く被り、日に焼けた肌と黒い髪を隠しながら、その隙間から城内の様子を観察する。
ひそひそと声を潜めながらこちらを見る者。
深々と頭を下げて動かない者。
視線を動かさず、真っ直ぐ立ったまま微動だにしない者。
それぞれがそれぞれの役割を果たしているのだろう。視線は気になるが、今はジェニや護衛の騎士達と共に、先頭を歩くバインツの後を追うしか出来なかった。
くねくねと複雑に絡んだ道を歩んでいくと、急に空気が変わったような気がしてラティーファは思わず歩みを止めた。
視線をずらすと、見えるのはラティーファの背丈の2倍以上ある、重そうな木製の扉だ。
「ラティーファ様?」
後ろに控えていたジェニの声が聞こえる。
「神子殿、どうかされたのかな?」
「……ここは、どういったところなのですか……っ?」
激しい感情が、肌をぞろりと撫でていく。首環がきしきしと悲鳴を上げるように鳴る。
ラティーファの心臓は早鐘を打つように拍動を強めた。
彼女の指差す先には、重々しく閉じられた扉。バインツの眉がピクリと跳ね、ジェニははっと息を飲む。
「……ここ、から……声が、聞こえます」
「声?」
「ラティーファ様! これ以上はいけませんっ」
ラティーファの身に起こっている異常に気がついたのか、ジェニが制止の声を上げる。しかし、ラティーファは首を振って、ヴェール越しにバインツを見上げた。
「助けて、苦しい。そして……」
すうっと大きく息を吸い込むと、バインツの目に映ったラティーファの顔から、一切の表情が消える。
「ここから出して、と」
辺りはしんと静まり返った。二人はもちろん、周りにいた護衛の騎士たちでさえ物音一つ立てない。
その静寂を破ったのは、場違いなほど穏やかな声の持ち主だった。
「おやおや……神子様が来られると聞いて待っていたのですが……これはどうしたことでしょう」
再び空気がざわめく。血液が沸騰しそうな強い怒りが伝わってくる。しかし、それはすぐに波が引いていくように消えていってしまった。
「ルーベン、待たせてすまなかったな」
「祭司長様……」
目の前に現れた男をヴェール越しに眺める。
ルーベン、と呼ばれた男は、バインツと並んで立つと親子のように年齢が離れているように見えた。清潔感のある白いローブには、金色の糸で魔法言語が編みこまれ、持っている杖にも魔力で満たされた青い石がはめ込まれている。
じっと見ていることに気がついたのだろうか、ルーベンとラティーファの目が合う。その瞬間、ルーベンの深い蒼の瞳が嬉しげに細められた。
「貴方が神子様ですね。お待ちしておりました……」
優雅な動作で、足元に膝をつき、ラティーファの手に口付ける。ラティーファは、ただただ呆然と彼の行動を見続けるしか出来なかった。
「神子様?」
「畏れながら、祭司長様。ラティーファ様はこういった行為に慣れてらっしゃらないのです。それに、さっきまでお体の調子も優れなかったようですから……」
「そうだったのですか……、私としたことが気づかずに申し訳ありませんでした。すぐに休んでいただけるところに案内致しましょう」
ジェニのフォローを受け、ルーベンはすぐに先頭を切って歩き始めた。一団もそれにならって動き始める。しかし、ラティーファの心は、あの扉の前に置いてきてしまったかのように空虚だった。