1.はじまり
目の前に広がるのは、荒れ果てた黄金色。 強い風が吹けば、砂粒がごうごうと巻き上がって視界を塞ぐ。
そんな中を、襤褸を纏った少女が足元もおぼつかない様子で歩いていた。
――喉、渇いた…。
振り返っても、人っ子一人見当たらず、自らの足跡さえこの砂漠には残っていなかった。最早、引き返すことも出来ない。
――引き返す? そんなこと、出来るわけない!
振り返った自分を奮い立たせるかのように、頭を振る。
ひどく喉が渇いていた。日差しも決して弱まることなく、じりじりと襤褸で隠した肌を傷つけていく。 もう、限界だった。
少女の膝から力が抜けると、さらさらとした砂の上に倒れ伏す。
――…死にたく、ない……。
そう唱えていても、視界はゆっくりと暗くなっていく。確実に、少女の死は近づいてきている。
しかし、少女は強く強く願った。
持てる力全てを込めて、砂粒を握り締めて祈った。
「…小娘、お前はそんなに死にたくないか」
幻聴だろうか、人の声が聞こえてきた。
顔を上げることは出来ないものの、緩く首を縦に振る。
「ならば、お前に生き延びるチャンスをやろう」
その声に、ようやく少女は顔を上げた。瞳には人影が見えるものの、逆光でよく見えない。しかし、声から男のように感じられた。
少女の汗の浮いた頬から、ぱらぱらと砂が落ちていく。
「この、砂に覆われた灼熱の大地から遙か彼方にある世界だ。そこへお前を送ってやろう。……そして、そこでお前が何を成すのか、私はお前の傍で見守らせてもらおう」
「……わ、たしが…?」
驚いたように目を見開き、少女はかすれた声を上げた。喉の渇きは変わらないものの、その瞳には生命の輝きが宿っている。
「ここより遙か西、トルト山脈を越えた先には緑の国が広がっているという。昼夜問わず、優しい風が吹き、冷たい水が満ち溢れ、緑が芽吹いているその国は、お前の目にどのように映るのだろうな?」
水、と聞いた瞬間、少女の喉がごくりと鳴った。その様子を見て、男はすっと目を細める。
「……小娘、名を。お前の真名をもって、契約を」
「……、ふぁ…っ」
乾ききった喉が声を出すことを拒否しているのか、少女が唇を開いても、その隙間からはヒューヒューと空気が漏れるだけだった。
「……ヒトとは、こうも不便なものか…。声に出さずともよい。心で応えよ」
――ラティーファ、と申します。貴方は…?
そう問いかけながら、少女はゆっくりと体を起こそうともがく。そのとき、日差しが少し弱まったような気がした。
「ラティーファ」
男が声に出して少女の名を呼んだ瞬間、ふわりと少女の体が浮く。何が起こっているのかわからない、とばかりにラティーファは何度も瞬きを繰り返した。
「契約は成った。これより私はお前を守護する者。……共に、新しい地へ行こう」
男の姿が揺らめいたかと思うと、ラティーファの体の回りに白煙と化して絡まっていく。徐々にそれは緩やかに首に巻きついて、黄金の環と形を変えていった。
と、同時に、灼熱に輝く空が急激に光を失い、ぽっかりと暗闇に覆われた空間が現れた。強い力でそこに向かって引っ張られる。
残された力で、ラティーファは手を伸ばした。―しかし、それは何も掴むことはなく、ただただ空を切り、そのまま現れた暗闇へと吸い込まれていった。