彼女の口から真実は語られる。
「そっか。いやあ会長が生徒会室に戻ってきて美倉さんの名前を聞いた時はおどろいたなあ。私って気持ちが顔に自動書記されちゃうのかと思ったよ。ま、私書記じゃなくて会計だけどね。」
「なんですかその上手いこといってやったぜ。みたいな顔は」
そう、俺が良助に云われて生徒会室へ戻った時に彼女、高城美里がそこにいたのだ。そしてその目的はエムちゃんこと美倉紫乃の事だった。
「驚いたのはこっちですよ。帰ったと思った人がいて、しかもそれがエムちゃん最有力候補だったなんて。」
「なにそのエムちゃんって。」
「あ、いえこちらの話です。変数xってところですかね。」
その方程式を解くために俺たちはあれこれと議論していたのだ。
「なんでまたそんな愉快な名前を―っていうか私もしかして疑われてたとか!?」
「ええ。まあ僕はアドレスを見た時に気づきましたが、友人も中々頭が切れるんですよ。事実高城さんも全くの無関係ではないようですしね。先ほどはあまり詳しくは聞けませんでしたが、一体あなたと美倉紫乃さんとの間で何があったのですか?」
俺が先ほど生徒会室から出るとき彼女に云われたのは
「彼女のこと、あまり悪く思わないであげて」の一言だった。
だから工藤さんにも彼女との接触を示唆してみたのだ。
「何かあったほどの間柄じゃないんだけどね。美倉さんとは校歌の伴奏者の件での打ち合わせをした時に知り合っただけだし。まだ前の生徒会の時だけどね。彼女ピアノの腕は確かなんだけど、口下手でね。人と直接話すのが苦手らしいのよ。それでその場でメルアドを交換してメールで打ち合わせしてみたんだけど、彼女メールだとすっごい饒舌なんだよねこれが。それである日彼女からメールが来たんだ。
【今日とっても素敵なことがあったの】
って。
話を聞いてみれば3組の工藤恵理子さんが廊下で楽譜を落としてしまった時に一緒に拾ってくれたんだってさ。それでその時少しだけ話をして
「校歌の伴奏頑張ってね。また話しよ。」
って言われたんだって。
彼女すごくうれしそうで工藤さんと友達になりたいなって云っていたのよ。それだけなら、なんの問題もないんだけどね。やっぱり直接だと話かけられなかったんだって。
だから私は【私みたいにメールで話てみたら】っていったの。
それでもメルアドしらないし、とか、メールでもなんか恥ずかしいしいって渋っていたから、なら私のメールアドレスで送ってみればって云ったの。それであのIDとパスワードってのを教えてあげて―」
「いや待ってください。最後が良く納得できないんですが、なぜそれでわざわざ高城さん自身のアカウントを教えたりしたんですか。送り主を知られないようにするならフリーのアドレスを取得すれば済むことじゃないですか。」
「アカウント?ってなに?いや私そんなコンピュータの事とかよくわかんないし、普段あんまり使っていない生徒会用のアドレスならいいと思ったのよ。」
「じゃあ彼女はアカウントを不正使用していたわけではないのですね。」
やはり真実は中々思った通りにはいかないものだ。里美の語った事実は確かに合理的ではないかもしれないが、それが人間らしい気がした。彼女は彼女なりに最善と思われる方法をとったのだ。それが正しいかどうかは人によって全く異なるということだ。
「あ、それともう一つ。ここにはどうして戻ってきたのですか。てっきり美倉さんのところへ行ったのだと思いましたが。」
「よくわかったね。さすが会長。今日あの子休んでたからね。ちょっと気になっちゃって。だからお見舞いに行ってみようと思ったの。そして校舎をでてしばらくして私は非常に重大かつ深刻な事に気付いたわ。」彼女はそこで真剣な表情になる。
「重大かつ深刻?それはいったい何ですか。」
「私、彼女の住所知らなかった。」
「あなた馬鹿ですか。」
「ま、失礼ね。風邪の時にメールするのも悪いし、生徒会室のパソコンなら住所のってるって思ったから戻って調べたらそこに会長が来るんだもん。もうびっくりだよ。」
だからそれはこっちのセリフだという言葉を飲み込んだ。つまりエムちゃんを作ったことは里美がその一役を担っていたのだ。
「事情は分りました。それでも生徒会用のアドレスを不正に使用した事にはなりますし、これからは控えてくださいね。」
「はいはい。そうします。あ、でもまだ美倉さんの悩みは解決してないんだよね。」
どうしよか、と首をかしげる里美。彼女は中々のお人好しなのである。そのパーソナリティ故に美倉さんも彼女に相談を持ちかけたのだろう。
「それなら心配いりません。これから彼女のお見舞いに行くのでしょう?急いで校門に向かってください。」
「え、なんで。」
「工藤さんに校門のところで待ってもらっています。一緒にお見舞いへ連れていてもらえますか。」
そう。さきほど別れるときにそう頼んでおいたのだ。彼女は良く把握できない表情を浮かべたが承諾してくれた。いつまでもメールに頼っていては一向に事態は変わらない。
実際にあって話してみることが一番の解決なのだと思いますよ俺は。
「まったく会長には敵わないなあ。全部お見通しだったのね。」
里美は快活に笑う。
「そうだね。やっぱり直接話すのが一番だもんね。サンキュ会長。行ってくるよ。」
云うが早いか彼女はもういなかった。
先ほどのように。
行ってしまった。
これでうまくいくかはわからない。
最善の方法ではないかもしれない。
余計なおせっかいかもしれない。
でも何とかなるだろう。
そんな気がする。
心配はなかった。
工藤恵理子と美倉紫乃。そして高城里美はきっと友達になれるだろう。
3人で仲良く廊下を歩く日がくるだろう。
それはそんなに遠くない未来。
不思議とそんな確信があった。