京香、登校する。
飛鳥京香はもう何か月振りとなる教室のドアを開く。まるでなったこともない転校生の気分だった。
開いたドアの向こうにいたクラスメイト達は彼女の顔を見て一瞬表情が止まる。
「き、京香ちゃん!?」
制止した空気の中一番にそれを破り、声をあげたのは浅井加奈。京香の友人だった。彼女は京香を見るなり直ぐに近くに駆け寄ってくる。
「驚いたあ。もう学校来て大丈夫なの?」
いきなり近寄ってきた加奈に驚き若干後ずさる京香。
「え、ええ。未来は変えられました。」
「あははっ、もう京香ちゃん相変わらずなんだから。」
自分の知っていた京香の言葉に加奈は安堵する。
「でも心配したんだよ。夏休み開けたら来なくなるから。」
「すみません。2学期は10月からだと勘違いしてました。」
「なんだ、そうだったんだ。京香ちゃんおっちょこちょいなんだからあ。」朗らかに笑う加奈。
「いや、そんなわけないだろうが!」そこに強い突っ込みが入る。「まったく、お前ら二人に話をさせておくと二人ともボケたおすからなあ。」
そう言ってきたのは比較的京香もよく話していた男子だった。
「よっ。久しぶりだな飛鳥。もう体調はいいのか?」
「だから2学期の始まりを勘違いしていたといったではないですか。」
「まだ言うのか!?大体中学3年になってどうやって夏休みの期間間違えるんだよ。それにもう10月に入って結構経ったぞ。」
「え?今年から夏季休2カ月ではなかったのですか?」
「週休2日みたいに言うな。大体2カ月だってもう過ぎてるだろうが。」
「その分は創立記念日で補いました。」
「どんだけうちの学校は創立を記念したいんだよ!?それに今補ったって言ったな!なんだその言い訳に使いましたみないなのは。」
「相変わらず仲いいね。二人とも。」
二人の掛け合いを見守っていた加奈がこれまたおっとりした調子で話す。普段の彼女と言えばこんな感じである。先ほどの早い動きと言葉には京香だけでなくクラス全体が驚いていたのだった。
「まあ確かに彼とは別の未来で友人でしたが、彼―ええと佐伯―いや鈴木―あ、そうだ佐藤君とは。」
「漆原だよ!漆原圭。絶対友人とか嘘だろ!?」
「こっちの時間軸では漆原でしたか…。」
「おまえどんな未来の変え方したんだよ。というかいつまでそのタイムネタつづけるんだ!」
「もう、漆原くんひどいよお。京香ちゃんはお友達でしょ?」
「いや、お前はそこで俺に注意するのか?悪いのは俺なのか?」
3人のやり取りにクラスから笑いが起こる。それは3組の見慣れた光景だった。
「それより、文化祭の事ですが―」
「そうそう。ウチはコスプレ喫茶やるんだよお。京香ちゃんにも可愛い服着てもらいたくて。」
「ウチの兄が何やら関わっていると聞いたのですが。」
「うん。京香ちゃんのウエイトレス姿すごく楽しみにしてたよ。」
「いえ、そうではなくて兄がウチの模擬店を手伝うと。」
「ああそっか、だから昨日ウチのクラスを見に来たのかな。会長がなんか色々話していたみたいだけど。」
京香のクラスには現南中学生徒会長、三島渚が在籍していた。
「とにかく兄には何も手伝わせません。何やらきな臭い匂いを感じます。」
「お餅なんて誰も食べてないよ?」加奈は首をかしげる。
「誰もきな粉の話なんてしていません。」加奈のこのレスポンスはボケでも何でもなく本気であることを京香は知っていた。本人はいたって真面目に京香の言葉にツッコミをいれたつもりだろう。
「お前ら漫才してないで、そろそろ授業はじまるぞ。」圭が呆れたように呟く。
「あ、飛鳥っ。」
そう言って席へ向かおうとした京香を呼び止める。
「ほら、これノートのコピィ。ノートは浅井のだけどな。ちゃんと読んどけよ。」
そう言ってノートをスキャンした紙の束を差し出す。京香は一瞬キョトンとする。
「…。あ、ありがとう。」
顔を赤くして照れながらノートのコピィを受け取る京香とその反応にドギマギする圭。そしてその様子をニコニコと眺める加奈といった構図が出来上がっていた。