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死神Ⅲ

「じょ、冗談ですよね?」俺は僅かな希望にすがって母に聞く。



母は机の引き出しを漁り、再びこちらに戻ってくる。その手に握られているのは―



「大丈夫よ、煌。そんな女からつけられた傷なんて直ぐに消してあげるから。」


カッターナイフだった。


「い、いやだっ。やめてください!」


俺はもうほとんどパニックになり叫ぶ。必死に体を動かすが上手くいかない。手錠の鎖の音と椅子の軋む音がさらに俺の中の恐怖を増長させた。


「あらどうしたの煌。そんなに暴れたら傷をつけにくいでしょう。」


「いやだ…や、やめて、痛いことしないで。」




おれ―ボクはお母さんに必死に訴える。


「もう、仕方ない子ね。でもダメよ。あなたは私だけのものなのだから。」


「いや、助けて―」


「まあ、助けてだなんて変な子ね。この部屋は防音だから誰も気づかないわよ。今までだって誰も来なかったでしょう?」


「い、今までって?」


「いい煌。あなたを助けてあげられるのはお母さんである私だけなのよ。」


お母さんは極めて優しい口調でボクに囁きかける。


「お母さんだけ?」


ボクはもう何も考えられなかった。ただお母さんの声だけが頭の中をぐるぐると回っていた。


「そうよ。あなたは私のたった一つの宝物。だからあなたの事を守れるのもお母さんだけなの。」


「お母さんが守ってくれるの?」ボクはお母さんに尋ねる。



「ああ、なんて言い表情なのかしら。いっそ壊してしまいたいわ。」


そう言ってお母さんはボクを抱きしめる。


壊す?壊すってどういうことだろう。



「煌。あなたは私の言うことだけを聞いていればいいの。分るわね。」


頭を撫でられながらそう問いかけられる。


「うん。」


「そう。いい子ね。じゃあいまからその忌々しい傷を消してあげるわね。」


そう言ってお母さんは手に持ったカッターの刃を伸ばす。


「うん。おねがい。」


ボクはお母さんがボクの顔を切りやすいように顔を向ける。




そうだよ。傷は消してもらわなきゃ。



お母さんが守ってくれるんだから。



いつだってそうだったんだ。

いつもお母さんがボクを守ってくれた。どうして忘れていたんだろう。







その時部屋のスピーカから来客を知らせるインターフォンの音が鳴り響く。いま鳴ったのか先ほどからなっていたのかは分らない。お母さんは一旦カッターの刃を仕舞ってモニタで来客を確認する。この場所からはよく見えない。


「全く邪魔をして。」


確認し、戻ってきたお母さんは小さく何かを呟いてボクの手錠を外した。


「いい、煌。今からあなたはこの部屋を出て自分の部屋に向かいなさい。そしてこの部屋を出た時、この部屋で起きたことをすべて忘れるのよ。わかりましたか?」


「うん。わかった。」


ボクは何も考えず、ただお母さんの指示に従って部屋を出て自分の部屋へ向かう。





              *




芽衣美はようやく顔を見せた目の前の女性に一瞬息を飲む。


その容姿はとても子供を持つ母親のそれとは思えない。その類まれな容姿から放たれる妖艶ともいえるオーラは同性の自分からみても驚嘆に値する。しかし、今その雰囲気に呑まれるわけにはいかなかった。


「あら、徳佐さん。雲雀ならまだ帰っていませんよ。」


芽衣美にはその言葉に一切の曇りも感じられなかった。否、感じる事が出来なかった。


「わたくしは、どうかしていましたわ。あの状態の煌斗さんを家に帰すなんて。」


「まあわざわざ心配して来てくれたのかしら。傷の手当てなら私に任せてくれて大丈夫よ。」


目の前の女性―飛鳥凛子は笑みを浮かべながら話す。


「わたくしが心配しているのはその傷の事ではありません。」


「あら、他に傷なんてあるのかしら?」


「あなたと言う人は…」


芽衣美は憎しみのこもった視線を凛子へ向けるが、それに全く怯む様子などない凛子だった。


「あなたは副生徒会長もしているという事だけど、あまり責任を感じる必要はないんじゃないかしら。煌にはちゃんと母である私がついているし。」

なおも凛子は意に介した風ではなく淡々と言葉を紡いだ。


「あの方はわたくしが守ります。」


「なにを言っているのかしら?」


そしてそのニュートラルな表情から一瞬強烈な視線が放たれた事を芽衣美は肌で感じた。しかし、直ぐにまたもとの表情に戻っている。


「わ、わたくしは―」




「今日はもう遅いし、お帰りなさい。」




     *



気付くと俺は自分の部屋に立っていた。



あれ?確か家に帰ってきたのは覚えているけどそれからどうしたんだっけ―。


頭がうまく回らなかった。


考える事がうまくいかないな。


俺の思考は自室のドアが開いた事で中断された。




ドアが開き、そこに立っていたのは我が妹の京香だった。

京香が自分から部屋をでてくるなんて珍しいな。



「京香ちゃん、どうしたの?」



「おにいちゃん…」

京香の目は何故か涙でうるんでいるように見えた。


京香は俺の質問には答えずに俺の袖をまくる。俺の手首は何かで擦ったように赤くなっていた。


「あれ?どうしたんだろ、この痕…。」


気付くとかなりヒリヒリするのだが、いつどうやってついたのか覚えがなかった。


「ごめんね…、お兄ちゃん。」


京香は絞り出すように弱弱しく云った。そして俺の腕に涙が落ちる。




京香は泣いていた。




「きょ、京香ちゃん?どうしたの?どこか痛いの?」


俺は訳が分からずに戸惑う。




「…っ、ごめんなさい。」




京香の涙の意味が分らないまま俺は妹が泣きやむまで頭を撫でていた。


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