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死神Ⅰ

俺は小走りで自宅の門をくぐる。


そういえば昨日も走っての帰宅だったな。

しかし決定的に違うのは昨日は愛しい妹の手料理を食べるためで、今日は死神、じゃなくて母親に対する恐怖からである。俺は昨日、母親である飛鳥凛子に買い物の約束を強制された。


もしこれが一般家庭における母親との他愛無い約束であったならなんの問題もないのだが俺の中で鳴り響いている警告音がそれを否定している。本来、今日は予算会議が終わったら直ぐに帰らなければならなかった。しかし、遭遇した事故のせいですでに時間は5時を回っていた。夕飯の買い物に行くには少し遅い。事件の原因はすでに分ったし、当事者からの話も少し聞いたからほとんど問題ないのだが、俺にとってはこの約束の存在こそが問題だった。


 俺は急いで家の玄関を開ける。


「た、ただいま帰りました。」


家の中は静まり返っていた。靴をみるとまだ雲雀は帰ってきていないようだ。俺はお化け屋敷を進むように辺りを気にしながらリビングへと向かう。


そこには母が座っていた。


ただ静かに座っていた。


「あ、あの買い物もう行ってしまいました?」


言いようの知れない恐怖を抑えながら尋ねる。


「昨日、4時には帰ってくるといいましたよね。」


母はこちらに視線を向けずに言う。その声がいつもと同じようでどこか違う。年を感じさせないその容姿が今日は一段と怖い。


「え、あの、ごめんなさい。ちょっと帰りに問題が発生してしまって。」


「問題?煌にとってはお母さんとの約束よりも大事なことだったの?」

依然として抑揚のない声だった。


「い、いえその、ちょっとした事故といいますか。」


そういうと母はようやく顔をゆっくりとその年不相応な整った顔をこちらに向けた。俺の顔を見てその目が少し見開かれる。


「煌。その傷は…」


あ、そうか。俺は先ほどの事故でガラスによって顔に数か所切り傷を負っていた。


「あ、えっと実は事故でガラスの破片が飛んできてしまいまして、それで少し顔を切ったんですが、大したことはありませんし、事故も解決済みですので。」


俺は急いで言葉を紡ぐが、目の前の母親がそれを聞いているようには思えなかった。ただじっと俺の顔を、いや俺の顔について傷を見ている。


「煌。ちょっとこっちにいらっしゃい。」


母はそのまま俺の前を通り過ぎてリビングを出る。俺も後に従っていくが、通されたのは母の寝室だった。母は俺を見ずに部屋の真ん中に椅子を一つ移動する。俺は金縛りにあったように黙ってそれを見ていた。


「ここに座りなさい。」母が俺に指示する。どう考えてもいつもの調子ではない。


「え、あの、でも」精一杯声を出そうとするがうまくいかない。


「はやくしなさい。」有無を言わさない強制力のある言葉だった。



俺は一つだけおかれた椅子に腰を下ろす。






 そしてそれは一瞬の出来事だった。





俺は手を後ろに回されて動かせなくなっていた。響くのは金属がこすれる音。それが手錠であることを認識するのにはさらに数秒かかった。



「あ、あの母さん。これは」


俺は震えた声を母親に向けた。

母はゆっくりとドアのカギを閉め、こちらを向いた。



「煌。これから私の聞くことに正直に答えなさい。」



ぞっとするくらい綺麗な笑顔でそう云った。


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