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被害者は誰だ。

煌斗と別れたあと、芽衣美は生徒会室に来ていた。

「それで静香先輩。犯人は分りましたか。」




芽衣美は既に室内にいた黒田静香に話しかける。その表情に先ほど煌斗に見せたか弱さは微塵も含まれていなかった。


「あの時間帯、現場である1年3組の教室付近に生徒がいたのを外の花壇で作業していた園芸部員が目撃していた。窓から出てきたのは見ていないが、突然生徒が二人走って行ったから驚いたそうだ。その二人は男女だったらしいが知った顔ではなかったそうだ。だからあの時間教室にいるのが可能な1年3組の人間を絞り込んで、顔写真を見せて確認してもらった。結果、二人のうち一人、女生徒の方は特定できた。男子生徒は顔を覚えていないか、別のクラスの生徒だったのだろう。」


「その女生徒の名前は?」



「渡辺みさとだ。」



「…彼女は確かわたくし達のクラスの男子生徒と交際していたはずです。何度か、二人でいるところを何度か見たことがあります。」


自分の言ったその言葉に棘があることを芽衣美は自分で感じていた。静香がそれに対して言及することはない。


「証拠があるといって、彼女達をここへ呼んだ。どうするかは君が決めろ。」


「すみませんでした。無理を言ってしまって。」


静香に生徒を特定し、生徒会室へ呼びたしてもらったのは他ならぬ芽衣美が頼んだからである。


「君が会長の事で無茶を言うのはいつものことだ。それよりよく会長に感づかれなかったな。」


恐らく彼女が最も気になった事はそれだろうと、ほんの僅かな言葉の機微から感じられるほどに芽衣美は静香の事が分ってきた。


「母親と買い物の約束をしたといって慌てて帰って行きましたわ。」


「そうか。それは僥倖だったな。」


「…本当にどうしようもないひとです。」


芽衣美の呟きに静香は反応しなかった。




そして彼女の後方にあるドアが音を立ててスライドした





「渡辺みさとさんですね。どうぞお入りください。」


自身に副会長というフィルタを施して、芽衣美は対応する。


入室した二人といえば渡辺みさとの方は何やら自分に起きた悲劇をアピールするかのように神妙な表情をし、横にいる男子生徒の方は話す前から自分がここに呼ばれたことに不服を申し立てるような様子だった。

芽衣美は目の前の男子生徒がクラスメイトの宮脇賢治であると確認する。


二人は部屋の中央に置かれている会議用のいすの前に腰をおろし、芽衣美は机を通して対面に座る。



「貴方がたをお呼びしたのは、つい先ほど1年3組で起きた事についてのお話をお聞きしたいからです。」


芽衣美の冷淡ともとれる口調にあてられてか、渡辺みさとは目に涙を浮かべている。


「あの、私あんなことするつもりなくて、それで…」


「まずは事情をお話ください。貴方が投げた携帯電話によってガラスが割れたことも今の貴方のお話を聞くまでわかりませんでした。」


「あの、えっと…。」


こういうときに口ごもり、はっきり物を言わないのは女性の傾向が強いことを芽衣美は知っていた。


そういう時にこそ男が率先して説明すべきでないかと思うが彼女の横にいる宮脇賢治は自分が関係ないのだというオーラを全力でかもしだしているだけだった。

結局彼女が口を開くのを待つことになる。


「え、えっと私、彼と付き合ってて、それでいつも放課後の教室で話をしているんだけど今日彼の携帯電話に【こないだの買い物楽しかったね。】って感じの女の子からのメールが来たの見ちゃって、そのこと私にはその日男同士で近くのゲームセンターに行くだけだって言っていたからそれで喧嘩になって、つい我慢できなくなって、私かっとなって彼に向って携帯投げたら、後ろのガラス戸に当たって、それで…」


「携帯を投げたのは喧嘩による衝動的なものだったのですね。ですがいくらかっとしたと言ってもカラスがあれだけ見事に割れるほどの勢いはかなりの強さで投げたことになりますが」


「それは彼、嘘をついたのに全然悪いと思ってないから…」


「悪いとは思ってるよっ。謝ったじゃないか。」


無関係と決め込んでいた筈の宮脇賢治がたまらずに口を挟む。


「開き直ってたじゃない。それに嘘をついたのを私のせいみたいに言って。」


「別にみさとのせいだなんていってないけど、俺だって好きで嘘をついたんじゃない。みさとはすぐに俺が一日していたことを根掘り葉掘り聞いてくるから黙っている事もできないし。」


「好きな人の行動を知りたいと思うのは当然でしょ。」


「俺はプライベートを全て知られるのは嫌だし、その価値観は身勝手だと思う。」


「じゃあこれからも嘘をつくの?」


「そういう事を言ってるんじゃなくて…だから、てかまずそっちだって人の携帯勝手に見た事に対しての謝罪をきいていないだけど。」


「謝罪って、まずそっちがちゃんと謝らないと私だって謝れない。」


渡辺みさとの声に一層の震えが混じる。これ以上放っておくとまた大喧嘩に発展してしまうだろう。


「もう結構ですわ。大方の事情は把握できました。」


芽衣美のどこまでも透き通る声に二人は一瞬にして口を閉ざして芽衣美に視線をむけなおす。


「わたくし達が、いえわたくしが貴方がたに要求するのは二つです。

一つ目は周囲の安全を顧みない交遊の自粛。別段我が校は異性交遊を規制している訳ではありませんが、周囲に迷惑がかかるお付き合いであるならばお控えください。」


これはほとんど生徒会役員、いや常識をそのまま述べただけだ。それでも芽衣美の立場上はまず言っておかなくてはならない。こんなことは高校生にもなれば言われるまでもない事である。そのまま芽衣美は続ける。


「そして二つ目は、飛鳥煌斗への謝罪です。お話を聞いていますと貴方がたはどちらも自分を被害者であると思われいるようですが、喧嘩の内容など関係なく今回貴方がたは間違いなく「加害者」です。

これはわたくしの勝手な意見ですが、自己弁護の応酬をするような喧嘩しかできないならそんなものはとても互いを好き合っているとは思えません。

それでも恋愛をしたいのならばそれでいいのですが、

その結果貴方がたが傷つけてしまった方は高校生にもなって自分の守り方も知らない、それでいて当たり前のように他の人間は助けようとする、本当に馬鹿で、危うくて、そして優しい人なのです。

今回は故意に起こったことではないにしても、わたくしはあの方を傷つけた貴方がたが許せません。


そしてその方に助けられてしまった自分がなにより許せません。」


芽衣美はそこで言葉を切る。

いつしか覆っていた副会長というフィルタが破損していた。その奥から覗かせる自身の言葉をこれ以上言うわけにはいかなかった。それでも二人には相当のインパクトがあったのだろう。渡辺みさとはより一層激しい嗚咽を漏らしている。


「ごめんなさい。私、会長に」


「いえ、わたくしも勝手な事を申しました。今の言葉はわたくし個人の言葉であって生徒会からの指示ではありません。貴方がたには恐らく、生活指導の先生から指導なり、事情聴取なりあると思いますが事情を把握できたので我々生徒会はそれで十分です。」


「すみませんでした。会長にも明日また謝ります。」


そう言ったのは宮脇だった。彼も入室する前よりは多少殊勝な態度になった。それは彼らが反省したというよりも、それだけ芽衣美の言葉が、剣幕が彼らを圧迫したのだろう。しかしそれよりも芽衣美はその言葉に引っ掛かりを覚える。


「あの、「また」っていうのはどういうことです。」

「え…」


始め彼は何の事を言われたかわからないと思案したが、すぐに自分の言った言葉の事だと思い当たったようだ。


「さっき会長と会った時にも謝罪はしたんだけど、会長全然気にした風じゃなくて逆に俺達の心配してすぐに行っちゃって。今思うととても悪い気がしてきて…」


「会ったって、それはいつの話ですの?」


「いつって、さっき生徒会からのメールが来る少し前かな。」


正確な時間は芽衣美にはわからないが、恐らく保健室で別れた後すぐだろう。


「そうですか。お話されているのでしたら特にわたくしから言う事はございません。これからは気をつけて、節度ある行動をお願いします。」



そう言って芽衣美は二人を退室させた。








「全く。本当に馬鹿な方です。」


「黒田は何も教えていない。」


彼らがいるときは口を開かなかった静香が表情を変えずに言う。


「そんなことは分かっていますわ。あの人らしいといえばあの人らしいです。」


いったい彼は自身のデータベースのどの情報をつかって犯人を突き止めたかはわからないがそれをやってのける人間であることを芽衣美は知っている。


そして煌斗が二人を「犯人」と認識しなかった事も。


「それに比べて君はらしくなかったな。」


「…そう見えまして?」


「ああ、『普段の』という意味だが。」


なるほど、つまり今日は『普段の』自分ではなかったということか、と芽衣美は納得する。そしてそれは自覚していた事でもある。



「わたくしはあの人を守らなければなりません。」




弱くて、儚くて、脆い彼を。




「そうか。」

相変わらず静香の表情は変わらなかった。



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