表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

被害者は翌日、加害者として迎えられる。

煌斗は壁際に追いやられ、腰をついてしまった。


「そ、その佐久。ここ生徒会室ですよ。や、やめてください。」


煌斗はその瞳を少し濡らしながら、目の前にいる生徒会書記の漆原佐久を見上げる。

普段背の低い佐久だがこうすることで煌斗を見下ろすことが好きだった。煌斗のその白い肌は赤く染まっていた。


「へえ。会長、なにか文句でもあるんですか?」


「文句なんて、そんなありませんけど、僕一応生徒会長ですから他の人に見られるわけには…」


「そうですよね。皆から注目されている生徒会長様がこんな背の小さい同じ生徒会の後輩にお仕置きされているなんて知られるわけにはいきませんよね。」佐久は嗜虐的な言葉を浴びせる。


「そ、そんな。こんなところでお仕置きするのですか。」


煌斗の赤みがさらに増したのを佐久は見逃さなかった。


「嫌なの?会長がいけないんですよ。僕の知らない間に女なんかと話したりするから。」


「そ、それは委員会の打ち合わせで仕方なく。」


「関係ありませんよ。僕が見ていて不愉快だったから、罰を与えるんです。いつも言っているでしょう。会長は僕の事だけ考えていればいいんです。会長は僕の所有物であることを忘れないでください。」佐久は顔を煌斗に近づけながら言う。



「はい。分りました。だから、その、は、早くお仕置きしてください。」







               ……


                  



         


     第2章に続く   》




「佐久。今すぐ之をシュレッタに5回かけなさい。」


小説を読んで(途中まで)俺が始めに行った一言だった。


「ああ、もう駄目だよー。せっかく書いたんだから。」


原稿用紙を佐久に渡そうとする途中で工藤恵理子が奪い取る。佐久からの相談を受けた翌日の昼休み、場所は生徒会室である。


「なんなのですかこれは。『お仕置きしてください』とか言っちゃってますよ。僕が。」


実名で書かれているだけに、気持ち悪い。


「でも私、昨日までは会長と直接話したことなかったから、想像で書くしかなかったし。」


「いえ、そういう問題ではなくてですね。工藤さんも小説を書いているなら分っているでしょうけど、本人に無許可で名前を使用することは、あまりいいことではありません。それが事実と異なっていたり、名誉を侵害される内容なら尚更です。こういった内容なら何も実在する人物を使う必要はないのではないですか?」


「うーん。それは私も言ったんだけどねえ。」工藤さんは困った表情を浮かべる。


「どういうことですか?誰かに頼まれて書いているとでも?」


「う~ん。それは…」工藤さんは言うべきかどうか迷っているようだ。


「教えてください。場合によっては生徒会の評判にも関わってきます。」


「えっと、ね。頼まれたのは私のクラスメイトからで、前私の書いた小説を読んでもらった時だったんだあ。「どうしても、やってほしいことがある」って言われちゃって。それで内容はこうして、会長と漆原君はそのまま登場させてほしいって強く言われたの。女の子って割とBLが好きな人多いんだよね。それでいざ書いて読んでもらったら、それがもう大好評で。あっと言う間にクラスの女子の間に広まっていっちゃったの。私これまで自分の書いた小説がこんなに喜んでもらえることなかったから、なんだか嬉しくなっちゃって。それで今度は会長が受けの話を書いてほしいって言われて断れず―」


「ちょ、ちょっと待ってください。執筆の経緯は大体分りましたが、今の言葉からすると別パターンのものがあるんですか?」なんだか訊くことも恐ろしかった。


「う、うん。始めは会長が攻めで漆原君が受けの内容だったの。ちっちゃさと可愛さでいえば漆原君は有名だからね。普通に考えれば綺麗な会長から攻められる漆原君ってほうが王道なんだよ。でもでも今回書いた会長が受けっていうパターンもまた意外性というか、この『佐久』に迫られているところなんてなんだか書いていてこっちまで顔が赤くなっちゃうくらい『煌斗』も魅力的で―」


「ストップ。分りました。先ほどとは逆のパターンもあるのですね。」


先日の工藤さんのイメージとは違い、実に饒舌に語っていた。

これが腐女子の力なのか…。


俺は昨日の京香の言葉を思い出していた。






「いいですか、お兄様。腐女子の領域には絶対に足を踏み入れてはなりません。特にお兄様は容姿が容姿なだけに本当にシャレになりません。」


部屋に入るなり俺の質問を訊いて即刻正座を強制されたのち、そのような趣味趣向を持っている女性群の事を総称して腐女子というのであると教えられた。

婦女子ではなく腐女子。男でいうオタクにあたる言葉だという。だが、なぜその趣味趣向が好きだと腐った女子とされるのだろう。これは明らかにオタクという存在を忌み嫌っている人間が命名したとしか思えない。オタクに派生する言葉として考えた時に自然と「腐」という文字が浮かんだのだろう。


閑話休題


「しかし、自分の容姿といわれても生まれてきたときから見ているからいまいちピンとこないんだけど。」


 自分の顔が人より造形が整っているという事実は知っている。しかしそれは他人から訊いた評価からであって自己評価ではない。生まれた時から見ている左右逆の自分を見て、優越感を感じる精神は生憎持ち合わせていない。


「お兄様がどう思うかは関係ありません。これは事実です。お兄様は腐女子からすれば恰好の獲物であることは間違いありません。それに話を聞けばその佐久という人も背が小さく、周りからは可愛がられている様子。この組み合わせを腐女子が見逃すはずありません。いえ、もし見逃すようであればそれは腐女子ではないのです。」


引きこもって以来、京香がこんなにも多弁になったのは久しぶりだった。というかこれ、京香も腐女子ってことだよね?もっともその予感があったからこそ真っ先に相談したのだが。


「んー。でもやっぱり実名で色々書かれてしまうのはあまり良くないと思うんだよねえ。」


「別によいではありませんか。ほおっておけばいいのです。下手にお兄様が介入して腐女子の領域を侵犯する事の方が危険です。」


「そ、そうなのかな。」


一体彼女達の領域には何があるというのだ。


「別に心配なさらなくても、腐女子も馬鹿ではありません。現実と創作の違いくらいちゃんと理解できますよ。

私に言わせれば男子連中の方がよっぽど風紀を乱しかねない趣向を行っていると思うのですが、ほぼ大体は「この年の男なら仕方ない」などといって見過ごされて下手をすれば健全であるように言われている事に不満を覚えます。女子だって時にはそういうものを嗜んでみたいのです。それが現実に悪影響を及ぼすという懸念は男子にこそされるべきです。」


少し、男子への偏見も混じった意見だったが、京香の言いたいことは理解できた。


つまり、そのくらい許してやれ、ということだ。



「そうだね。頭ごなしにいきなりシュレッターにかけろなんて事は言わないようにするよ。」


「それがよろしいでしょう。でもそれが有害図書となる可能性は確かにありますからね。原稿用紙のコピーくらいは貰っておいた方がよろしいのではないのでは?」


「そうかな。でもあんまり自分が出てくる小説は読みたくないよね。」


俺は冗談めかして言う。しかし、目の前の京香はと言えば何やら真剣な表情をしていた。


「ならば私がその原稿をチェックします。」


最近ではめったに見ない力強い言葉だった。


「いや、でも―」

「いいから。相談に乗って差し上げたのです。代わりに原稿を手に入れてきなさい。」

「いいですね!」念を押された。



そう言う妹の目が何故か怖かった。







俺は意識を再び目の前にいる腐女子、いや工藤恵理子に移す。


「大体の事情は分りました。まあ工藤さんに悪意がないことは分っていましたし、こちらも無理やり小説を破棄したりはしません。」


「本当!?書いてもいいの?」


「ええ。しかし、名前の処は別の名前にするよう交渉していただけませんか?モデルとして僕と佐久の設定をある程度踏襲するのは黙認しますから。」


「そ、そうだよね。分った。頼んでみるね。」


「佐久もそれで構いませんか?」


「は、はい。全然大丈夫です。」


「それではこの話はここまでにしましょう。わざわざ昼休みに申し訳ありませんでしたね。」


「ううん。悪いのは私だからね。」


「あ、ちなみに昨日の放課後、良助に見てもらっていのはこの小説ではないですよね?」


「違うよ。見てもらっていたのは、私が自分で書きたくて書いた小説。」


よかった。大切な友人をなくさずにすんだ。


「じゃあね。」といって彼女は生徒会室を後にした。



「本当によかったのでしょうか。小説を書くのをやめてもらわなくて。」


彼女がいなくなった生徒会室で佐久が不安げに訊いた。


「大丈夫ですよ。彼女には申し訳ありませんが、所詮は素人が書いた小説です。今はクラスメイトが書いたという付加情報も重なって人気が出ているだけでしょう。そのうち直ぐに飽きてしまいます。」


流行は恐らく、クラス止まりで収束してしまうだろう。3組の動向には少し注意が必要かもしれないが。


「そ、そうですよね。やっぱり会長に相談してよかったです。」


「二人の時は煌斗でいいのですよ。」


そう云って俺は佐久に顔を近づける。


「え、あ、え、か、かか会長!?」


佐久は驚いたのか顔が赤くなっていた。


「ちょっとさっきの小説を真似てみました。どうでした?」


「あ、冗談ですか。」佐久はホッとしたように言った。


「もう、からかわないでくださいよ。」


「すいません。つい悪乗りしてしまいましたね。」


二人で笑いあう。




「あの、お二人はそんなに顔を近づけて何をされてますの?」


この場にはなかった上品な声。それがドアの方から聞こえていた。視線を向ければ、果たしてそれはお嬢様副会長、徳佐芽李美(とくさめいみ)だった。


「いえ、少し冗談を言い合っていた処です。」


「そ、そうですか。少し驚いてしまいましたわ。」


芽李美の頬がわずかに赤みをさしていた。


「徳佐さんはどうしたの?」佐久が訊く。


「今日放課後の予算会議に使う資料の訂正箇所の確認に来ただけです。」


芽李美の言葉に安堵に似た感情を覚えたのは佐久も同じだろう。彼女の言葉は俺たちをうまく現実へと引き戻してくれた。


「それなら僕がやっておきましょう。」


「ダメですよ。会長はいつもそうやって―ってなんですか?この紙?」


芽李美が手に持ったのは先ほど工藤さんが置き忘れて行った小説の原稿だった。


「ああ、ちょっと友人がもって来てね、忘れて行ったのでしょう。」


内容を見られる前に手中に収めようとする。


「なにか怪しいです。そもそもお二人こそ何故昼休みに生徒会室にいらっしゃるのですか?」


さすが、このお嬢様副会長は鋭い。


「いや、大したことではないんだ。」


「お話ください。過不足なく。」


またこれだ。笑っているのに何故こんな怖いのだ。




    俺たちは事の顛末をすべて説明した。




「そ、そうですか。良くわかりましたわ。」


途中何度も顔を真っ赤にしていた芽李美だったが、なんとか最後まで訊いて納得してくれたようだ。恐らく彼女にも計り知れない世界だったのだろう。


「まあ、特に問題とする事はないのかもしれなかったのかもしれないね。こんなものは直ぐ皆忘れてしまうだろう。」


「そ、それはどうでしょうか。」


芽李美は小さくそうつぶやいたようだが良く聞こえなかった。


「それでは、そろそろ教室に戻りましょうか。」


「はい。あ、この原稿どうしましょうか。」


佐久がドアに向かい途中で振り返る。


「いちおう工藤さんに返しておきましょうか?訂正していただけると思いますし。」


それともまた書き直すからいらないという意味で置いていったのかもしれない。


「いえ。念のためここに保管しておきましょう。」そう云ったのは芽李美だった。

「また、問題が起こらないとも限りません。原稿はここに置いておく方がいいでしょう。」


「そうですね。ではそうしましょうか。」


俺と佐久はこの問題は過ぎ去ったとばかりにその原稿にはあまり注目していなかった。


そのまま生徒会室を後にする。



芽李美の目が京香の「原稿を渡しなさい」と言ったときの目と同じだという事に気づくこともなく。







「ま、まさか新刊が出ていたとは驚きました。」



一人生徒会室でお嬢様生徒会長がそう呟いていることを俺たちは知るよしもなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ