生徒会長の名前は飛鳥煌斗。
「以上は各部活での諸注意になります。部長始めそれに該当する生徒はこれを徹底するよう願います。会長就任早々、先生方に怒られたくないので是非協力してくださいね。おっと笑わないでください。優秀な副会長にリコールされてしまいます。あ、いや冗談ですよ。申し訳ありません、妄言でした。みなさんに選んでいただいた限りは力の及ぶ限り職務を全うするよう邁進していきますのでよろしくお願いいたします。」
「続きまして、校長先生からのお話です。」
感情を押し殺した進行の声が体育館に響く。
たった今「生徒会長の話」を終えたばかりの俺はフロア端に待機している生徒会役員の列に戻る。
「お疲れ様です。会長」
俺、飛鳥煌斗は今月10月に南高校第34期生徒会会長に就任した。生徒会選挙で演説して以来、今日は初めて皆の前に立ち話をしたのだった。
本校の生徒会役員たちは5人。それはまあ追々紹介させていただくとしよう。まずは5人の中で1人不機嫌そうな顔でこちらを凝視している彼女に焦点を当てる必要がありそうだ。
「どうでしたか。僕の話は。」
あえて感想を求めてみる。
「…わかっていて聞いてらっしゃいますね。なんですか最後のリコール云々の話は。副会長であるわたくしへの嫌がらせですか。いえ、会長がそのようなことをなさらない事は重々承知しております。が、あんなことを言ったら生徒会の結束力を疑われてしまいかねませんわ。まあ最後以外はさすが会長と呼ぶべき、完璧且つ、流暢なお話でございました。それは確かにすごいと思いますわよ。すごいと思いますけれど―」
「いや、わかった。じゃああとでゆっくりメーミちゃんからのアドヴァイスを聞くとしよう。」
会の最中ということで我慢していたのか、俺の言葉がダムを決壊させたようなのであわてて穴をふさぐことにした。
南高校生徒会副会長、徳佐芽李美。高校1年で俺の後輩にあたる彼女は過日行われた生徒会役員選挙を経て、生徒会に入り、副会長就任を果たした。その話し方には彼女の人格を表わすような気品がうかがえる。凡庸な人間が発したら不自然でしかない口調も彼女の口から出力されると、とたんにそれが綺麗な言葉として変換されてしまう。
なにも上品であるのは言葉づかいだけではない。彼女の容姿、そこから放たれる雰囲気は一言「お嬢様」という言葉で片付けていいのかためらわれるほど特質に感じる。つまりこれが現実の生粋のお嬢様といって問題ない。一般な経済水準の家庭が大部分を占める我が高校ではかなり稀有な存在である。
「そ、そのメーミちゃんというのはやめてください。」
横やりを入れられ今度は一転顔を赤くして聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「ごめん、ごめん。つい癖でね。気をつけるよ。副会長。」
彼女の事は実は中学の頃から知っている。その頃から呼んでいる癖が抜けない、という言い訳を俺は今したのだ。本音は彼女の恥ずかしがる顔が面白いから、なんていったらまた顔を真っ赤にして怒るだろうなあ。普段の凛としている彼女のそんな顔はとても新鮮―いや素直に可愛いと思ってしまう。
ちなみに俺たちの通っていた中学校は南高校のすぐ隣にある南中学である。別段中高一貫制をとっているわけではないが、両校には行事的な繋がりも多く、南中学の多くの生徒が南高校への進学を目指す。つまり中学校でも芽衣美のようなお嬢様は当然稀有な存在だったわけだ。彼女が俺が中学3年生の時に転校してきて、初めて会った時は驚いたものだ。その当時の彼女は今よりもっと、なんというか「お嬢様」だった。
「校長先生ありがとうございました。続きまして表彰式を行います。」
そうしている間にも朝礼は進んでいき、今月優秀な成績を収めた部活の表彰にはいった。
時刻は8時15分。始業8時30分を考えると想定より、少し押していた。校長の話が予定時間を大幅にオーバしていたのだ。俺は列を離れ進行役を務めている生徒会会計、高城里美のところへ向かう。
「高城さん。表彰式が終わったら、各委員の連絡事項を伝えて、すぐに校歌斉唱に入ろう。」
「え、生徒会からの活動報告はいいの?」
「大丈夫。一般生徒に伝えるべきことはさっき僕の話でいったから。あとは連絡事項にクラス委員の式終了後の招集を加えてもらえるかな。そこでさらに補足しておくから。」
「了解―。」
俺の話を聞きながら彼女は手にある進行表を書き直していく。これで時間内に終わるだろう。
列に戻るとお嬢様副会長が複雑な表情でこちらを見ていた。
時は変わり、その日の放課後、生徒会室。
「本日はお疲れ様でした。小さいですが、現生徒会の公での初仕事です。ぱっと気がついた事だと生徒集合の遅さや校長先生の長話中に貧血で倒れる生徒への対応、あとは校歌斉唱時の伴奏者、指揮者の不慣れさなど多々問題もありましたが概ねスムーズに進んだでしょう。他に何か報告すべきことはありますか。」
生徒会室では役員5人で報告会を開いていた。周りを見渡すが別段意見があるわけではないようだ。ちょうどいい。今日は早く終わらせる必要があるのだ。
「今会長がおっしゃった事くらいですかね。指揮者、伴奏者の件につきましては当初予定していた伴奏者が急遽風邪で休んでしまった事もありますので今後は心配いらないとおもいますわ。」
副会長芽李美が答える。
「よし。今日は何とかうまく回ったし、各委員への伝達もちゃんと機能していたようですしね。先輩からの引き継ぎも済んだし、月末には球技大会もあります。面倒な作業は後回しにして今日は解散としましょうか。」
「あれ、なんか会長急いでませんか。なにか用事でも?」
俺の様子をみてそう聞いてきたのは書記の漆原佐久。彼も1年生で今月より生徒会にはいってきた。ちなみに背は5人のうち一番低い。否全校生徒のうちで5本の指に入るほど低い。もちろん男女混合で。
「え、ああいや。そんなことはありませんよ。たまには早く帰るのも悪くないと思っただけです。」
10月に入ってからは生徒会発足の仕事が忙しくて毎日帰るのがおそくなったからな。
「そうですよね。会長はいつも遅くまで残って仕事されていますし、僕らが5人でやっていけるのも会長の手腕あってこそです。」
熱のこもった言葉をくれるこの後輩は俺に尊敬の念を抱いてくれるらしく、常に太鼓をもってくれたような発言をする。現生徒会の発足早々に
「僕会長のようになりたいんです!」
こんな男冥利に尽きるようなことを言ってくれたのだ。まったく可愛いやつめ。
「私も初めての司会緊張したし、今日は早くかえろっと。」
言うが早いか高城里美はすでに生徒会室にはいなかった。
そしてまだ発言のしていない二人目の副会長黒田静香はすでに生徒会室にいなかった。いやさっきまではいたよ。でもいまはいないんだよな。彼女仕事は素早くこなすが言葉数が極端にすくないためその存在がとても認知しにくい。もう片方の副会長が上品の塊のお嬢様なら尚更だろう。副会長が一人だと思っている生徒諸君もかなりいると聞く。
いや、そんな些事よりも俺にはやらなくてはならないことがあった。
「あ、そういえば副会長はもう帰るのかな。」
この場での副会長とはもちろんもう一人の今帰り支度をしている徳佐芽李美のことである。
「何がそういえばなのです?急ぎの仕事もありませんし、そうさせていただくつもりですけど。」
よし!想定どうりだ。普段俺が仕事をして残ると率先して自分も手伝おうとしてくれるが、こういうときは皆に合わせて直帰すると思ったのだ。
「へ、へえ。そうか。あ、待ち合わせしてたりする?」
言葉がつい震えてしまう。落ち着くのだ。クールダウン。しかしこのチャンスは必ず捕縛しなくてはならない。
「待ち合わせというか教室に―ってなんですか先ほどから」
彼女は疑いの目をこちらに向ける。子供のいたずらを疑う母親のような視線。
「あ、ああいや。なんとなく聞いただけだよ。ひきとめて悪かったね。お疲れ様。」
「ええ、ごきげんよう」
そういって彼女は生徒会室を出ていく。佐久も帰ったし、残った俺はすぐに生徒会室のカギを施錠し、昇降口へ向かう。ここは速さがすべてだ。俺はそこから1年の昇降口のある東館へとむかった。
「あ、会長。さようなら。」
「え、あれ生徒会長じゃない?」「一年の昇降口にどうしたのかしら?」「会長ってやっぱり綺麗よね。」
時間が早いだけあり、帰宅部の生徒がまだ多かった。できるだけ目立たぬようにあいさつを交わし、昇降口へとむかう。
「会長。あの今朝のお話素敵でした。」
後輩女生徒が浮かれたようにそう言ってきたと思えば、遠くではなにやらきゃあきゃあと騒いでいる。まずいこれでは隠密行動が台無しではないか。早く隠れる場所をみつけないと―。
しかし、次の瞬間に眼に入ってきた物から俺はもう神経のほとんどがそちらに向いてしまった。
それは何故か…
可愛いのだ。あれはかわいすぎる。もし可愛いことが罪になるとしたなら彼女は即刻有罪。執行猶予なし。いや終身刑ものだ。あんな可愛いのもがこの世に存在すること事態がもうすでにこの地球がおかしくなっている証拠ではないか。環境問題などよりも、もっと彼女の可愛さを問題にすべきであろう。これはいったいどうしたことか。その深刻さが世間は分っていないのだ。
いやいや、あまり浮かれてもいられない。向こうに気づかれてしまっては今日を一日千秋のおもいで待ちわびたのが無駄と化してしまう。それは避けなければならない。幸い向こうはまだ気づいていない。しかし、いまの状況。これでは気づかれるのは時間の問題である。まあ彼女の可愛さを前にしたら俺などの凡庸なオーラなど分子崩壊を起こして消え去ることは必至であるが。ここは石橋をたたくくらいの覚悟でないといけない。
俺は靴箱の影に隠れ、彼女が昇降口を出て行くのをまった。
彼女はといえば友達と楽しそうに談笑している。その笑顔ときたら、まぶしすぎる。
あ、でも少し荷物が重そうだな。
今日の彼女のクラスの時間割は主要5教科が多かったから教科書類が増えたのだろう。あんな綺麗で細い腕で、あんな重い荷物を持つなんて。
代わりに持ってあげたいのは山々だが俺には彼女に気づかれずに帰り道を見届けるという重大かつ最優先の任務があるのだ。それを全うするためには心を殺して鬼になるしかない。たとえ彼女につらい思いをさせたとしても、万が一彼女を襲うかもしれない脅威から守るほうが重要なのだ。
最近、いや世の中はいつの時代も物騒なのである。もし、彼女のあの驚異的な可愛さゆえに、ストーカーの類が発生してしまったらどうしようというのだ。最近そうやって物陰から女子高生を観察する不届き者が多いというじゃないか。彼らに言わせれば、自分が見守ってあげないと、声をかける勇気がなくて、などという自分勝手な正義感や言い訳を振りかざしているらしいが犯罪は犯罪である。それは許すことができないし、彼女をそんな魔の手から救い出すのは俺しか―
「あのう会長何をやっていらっしゃいますの。」
彼女の殺人的な可愛さに気を取られていた俺は背後からの声にびくっとなってしまった。
それだけで誰かは分る。声色はいつもの上品な声なのだ。トーンも。
だが何故か怖い。
おそらく振り向けば信じられないくらい満面の笑みを浮かべている我が頼もしき副会長がいるだろう。そうだ彼女の隣にいるべき芽李美の姿がないじゃないか。
俺はなんと軽率な―
「あ、ああ副会長。奇遇だね。今帰りかい?」
振り返るとやはりそこには上品に笑顔を浮かべているお嬢様副会長の姿があった。
「先ほど、生徒会室で同じようなことを聞かれましたね。ところで会長は1年生の昇降口のそれもこんな靴箱の影で隠れて様子を見るように何をされていますの。」
怖い怖い怖い怖い怖い。笑っているけど怖いよ。
「いやそのあの、そ、そう。さっき生徒会室で言い忘れたことがあってね。こうして副会長をまっていたんだよ。」
「そうですか。こんな隠れるみたいにしていたものですからてっきりストーキングでもされているのではと思いましたわ。」
「ま、ま、まさか。そんなことするはずありませんわ。」
「口調がかわってますわよ。」
「そんなわけありません!」
「まあ、大変優秀で皆さまからの信頼も厚い生徒会長様がそんなことなさるとはわたくしも思いませんわ。」
ウフフっと口に手を当てて笑う彼女はなぜか悪魔に見えた。
「あれ、兄さん?」
窮地に立たされていた俺はそこで今回の任務の失敗を悟った。この誰にも、そう芽李美にも劣らない美声の持ち主はこの世で一人しかいないのだ。
「お、おう雲雀。今帰りか。」
「なにその偶然の装いかた。普通に不自然だよ。」
普通に不自然とはそれはいったい普通なのか不自然なのかどっちなのだ。いやまあこの場合当然不自然であると言いたいのだろう。
先ほどの笑顔と打って変わって懐疑的な表情をこちらに向ける。しかしそれでも超絶的に可愛いというのはどういうことだ。おーい。だれか彼女を逮捕してくれ。犯罪的な可愛さである。ま、妹なんですけどね。俺の。
「いや、あの、そうだ。ちょうどいいしたまには一緒に帰らないか。」
「てか、どうせまたストーカーするつもりだったんでしょ。やめてよねホント。恥ずかしいなあ。」
ああそんな顔で俺を見ないでくれ。俺はうなだれて妹に頭を下げる。
「あの。ごめんなさい。お兄ちゃん。雲雀の事が好きすぎて。」
「いや、そこは普通に心配で、とか言いなさいよ!このシスコン!」
「あ、そうそう。雲雀の事が心配で。」
「何言いなおしてるの。ああもう皆こっち見てるじゃない。恥ずかしい。」
下校中の生徒はこちらに視線を向けていた。事態が分からず困惑しているものもいれば、状況が分かっていて笑っている生徒もいる。
まあこの可愛い子が俺の妹だということは結構知れわたっているだろうからな。
「ごめんなさい。」兄の威厳などはじめからない。
「まったく、芽李美にもいつも迷惑かけて。ほんとごめんね。」
「いえ、わたくしはわたくしで楽しませてもらっていますので。」
「芽李美も物好きだよね。こんな人の下で働くなんて。」
「普段はとてもしっかりしてらっしゃいますよ。尊敬に値するくらいに。」
「ふーん。まあいいけど。それじゃあ、もう私たち帰るけどついてこないでよ。」
そういって我が妹は帰って行ってしまった。
そして残された俺は夢遊病のようにその場を後にしたのだった。
オペレーション (←意訳:妹の後をつける)失敗。