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仮面の策士  作者: 福介
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前編

登場人物


佐野灯(21)

論理的且つ計画的な行動を重んじる学生。慎重になりすぎて好機を逃すことも屡々。A型。


アイツ(21)

感覚的且つ突発的な行動に走る学生。常に佐野に付きまとう唯一の友達。B型。


紙谷千春(23)

大学で心理学を研究する学生。厄介事に巻き込まれる事は嫌いだが、好奇心旺盛で変わったものが好き。AB型。

「あの娘イケそうじゃね?」


「またか、ホント懲りないんだな。」


僕の友人、アイツが先鋭的な視線をぶつけ狙っているのは賑やかなカフェの中で一際浮いた向かいの席に座った淑やかな女性だ。…もとい、その女性の身体だ。あえてそういう表現をさせてもらうよ、友よ。


「あ〜、話しかけようぜ、行こうぜ。絶対チャンスだ!」


「行きたきゃ行け…。」


僕とアイツの出会いは確か大学入りたての頃、僕の気付かぬ間に隣に居座り、事あるごとに僕に無茶な要求をしてくる。アイツには計画とか慎重とかそういう言葉が全く似合わない。兎に角思ったこと感じたことを言動に表すお調子者だ。でも何事にも考えすぎて慎重になりすぎて、いつも機を逃してしまう僕にとってはアイツの隣は何だか居心地が良い。


「んだよ、あの女!奢らせるだけ奢らしといてメアドくらい良いじゃねぇか!」


「まぁ、仕方ないだろう。どう見たって手応えなかったぞ。そういうときは良い人のままで去るのが一番だよ。」


僕らはその後も、いつでも一緒に居た…気がする。何をする時も僕が考え、アイツの暴走を食い止め、アイツが僕を唆し僕の独り善がりを食い止める。アイツは善き友達だ。この世界で家族以上に信頼できる存在かもしれない。本気でそう思っている。




ある日僕らはいつものカフェで穏やかな昼下がりに一杯のカフェラテを嗜んでいた。僕はアイツと話をする。他愛のない話だ。くだらない。でもそんな時間が僕は好きだ。


「あの、ここ、良いですか?」


「…えっ?」


僕は物事を論理的に考える。この世に起こりうる事象には必ず因果関係が存在する。僕はどんな状況に置かれてもその関係を明確にして冷静沈着に…


「…あの、良いですよね?」


「あ、はい、どうぞ。」


話の続きだ。つまり、その関係が掴めないと、僕は冷静に対処できない。簡単に言えば、恐怖心に苛まれる。


「お、おい、どうしよう。何か目の前に座られたぞ。」


「別に良いんじゃね?案外俺好みの女だぜ。イっちゃって良い?」


「ふ、ふざけるな。こんな奴、何考えてるか解らん。向こうから寄ってくる人間は必ず何か企んでいる。止めておけ。」


「何ブツブツ言ってるんですか?よくこの店に居ますよね。お名前聞いても良いですか?」


「…。」


「あ、私は紙谷千春って言います。」


「ぼ、僕は…佐野灯。」


「灯さん、カッコいい名前ですね。これでヒダリって絶対当て字ですよね。学生さんですか?」


何なんだこの女…。何で知らない人間に自分の事をペラペラ喋らなきゃいけないんだ。あぁ、息苦しい。窮屈だぁ。こんな時に限ってアイツは一言も喋らないし。クソ。


「こういうのはお前の得意分野だろ?何で黙ってるんだよ。」


「だってお前に聞いてるじゃん。邪魔しちゃ悪〜いでしょ〜。」


「またブツブツ言って…、何だか壁感じますね。あ、そうだ一緒にカラオケでも行きません?この近くに私がよく行く店あるんで。行きましょ!」


恰も誘拐されるように僕は店から連れ出され、たった今知り合った女に手を引かれカラオケへと入った。




幸い歌うことは慣れていたので暫しの時間を無難に乗り越えた。これもアイツが頻繁に僕をカラオケに誘ってくれたおかげだ。そこは感謝しよう。ただ…、頼むから喋れバカ。沈黙が耳に痛すぎる。その雰囲気に彼女も気付いているのだろう、必死に盛り上げようとしている。


「一緒に歌いましょうよ。ほらこの曲、合いの手入れてください。」


駄目だ…僕はそんなノリに上手く乗れるような性格じゃない。仮にもこのノリに便乗してしまったらなら自分の姿を客観視して恥ずかしさで死にたくなってくる。頼むから、頼むから…喋れ。


「灯さん乗り悪い〜。ブ〜。」


そうしているうちに長々とした二時間は過ぎ、別れ間際の情報交換タイムが始まった。本来ならこんな得体の知れない相手に自分の携帯番号など教えるわけもないのだが、彼女の健気さに答えられなかった申し訳なさにせめてもの気持ちとしてメアドを教えることにした。




その夜僕は今日起こった珍事について整理する作業に終われていた。


「結局お前、一言も喋らなかったな。」


「ん、俺のでしゃばるとこじゃないだろ?でも、良かったじゃん。あの娘お前に気があるんだよ絶対。」


「あんな女、信用できるか。つい下卑してメアドを教えてしまったけど、それくらいすぐに変えられるし平気だろう。」


「お前さ、そうやって他人を疑って何が楽しいの?大変だね。」


「煩い。人間なんてのは自分の利益のためにしか行動できないんだ。あの女が近づいてきたのも何かあるに違いない!」


「その考え、最悪だな…。」


「解ってるさ…。でも…。」


僕らは一頻り意見をぶつけ合った後、いつの間にか眠っていた。その夜の夢の中で、僕は何とも言い表せない想いを淡くともはっきりと背負わされた。




人の心とはかくも計り知れないモノなのだろうか。昨日の僕に今日の僕の気持ちが理解できただろうか。僕は目覚めると携帯を握り締め、昨日の女のアドレスを見つめていた。


「何やってんの?」


「うん。」


「うん、じゃねぇよ。何アドレスなんかジーッと見てんだよ。」


「メールしてみようかなって思って…。」


「あぁ!やっぱお前気になってんじゃん!素直じゃないなぁ!やれ、やってまえ!」


アイツの言う通り僕は気になっていた。と言うよりも、何故向こうからアドレスを聞いてきておいて、メールしないのか。昨日の冷めた態度が気に入らなくて嫌われてしまったのではないか。アドレス交換はあくまでも社交辞令だったのか。そして、可能性の一つとして…僕のメールを待っているのではないか。


「まさかね。」


「良いからやれって!ウジウジして気持ち悪いなぁ。」


「まさかねぇ…ヘヘ。」


「今度は笑いやがった…。もう、俺が送ってやる!ホ〜レ〜♪」


sub 灯で〜す♪

おはざます!昨日は楽しかったよ〜。また会いたいなぁなんてね…(´_ゝ`)フッ


「バカ野郎!何だよこのメールは!何だ最後の顔文字は!あぁ、送っちゃったよ取り返しつかないよ!あぁあ…。」


正直、僕は何だかんだで嬉しかった。身震いしていた自分をアイツが後押ししてくれたんだ。自分一人ではいつまで経ってもメールなんて送れやしなかっただろう。ましてや、妙に強がって自分のアドレスを変えてしまうことを考えていただろう。ありがとう、友よ。




「来ないな。」


「そうだな。」


「あのメールウザかったのかな?軽すぎたんじゃないかな?無視されてるのかな?嫌われたのかな?」


「その考えの方がウザいぜ。」


「解ってるけど…。ふぅ。」


その日午前中に送ったメールは夕方過ぎても返事が来なかった。僕はその間気を紛らそうと色々した。本当に色々した。だがその色々がいまいち思い出せない。何をしていてもやはり携帯が気になる。そして時計の針が9時を示そうとしている時、僕の携帯は震えだした。そのついでに僕の手元も震えだした。僕は慌てて二つ折りの携帯を開いた。彼女からのメールだった。


sub Re:灯で〜す♪

あ!メールありがとうございます!今日は大学のレポートに追われていて、携帯見れませんでした(;´д`)

私もまた会いたいです!今度は食事でもどうですか?


腹の中に溜まっていた不安や恐怖が一気に抜けていった。恍惚の表情とはまさに今の僕の事を言うのだろう。その後も彼女とのメールのやり取りは続き、その度に僕の心の所有地は彼女に独占されていった。


しかし、僕は自分の中に喜びの感情を蓄える一方で、同じように恐れの感情をも蓄えていた。僕はまだ彼女が何かを企んでいるのではないかという懸念を捨てられずにいたのだ。そんなある日の夜。


「灯さん家行きた〜い!」


「え?ウチ?あぁ、まぁ散らかってるけど、それでも良ければ。」


「うぉぉぉ!?遂にキター!?お前、とうとうヤっちゃうのかオィ!うほぃ!」


「煩い。僕らは付き合っているわけじゃないんだ。何もしやしないさ。」


「と言ったって、こんな時間に他に何すんだオーィ!ヒャッホイわくわくするねぇ!」


「また何かブツブツ言ってる…。灯さん家はあっち?」


「そう、こっち。」


僕は彼女を家に入れた。女性を自分の家に入れたのは久し振りだな。かなり前に別れた恋人以来だ。


「ふ〜ん、意外と綺麗…。」


「意外とっていうのはどういう意味かな?」


「今まで見てきた部屋の中では綺麗な方って意味。」


止めろそれ以上は聞きたくない。口にはしなかったけれど急に黙り込んだ僕を見て彼女なら気付いてくれただろう。話しの面舵は多少蟠りを残したまま取舵へと変わった。


「灯さん、寒い。このままじゃ私、凍え死ぬ。」


「え?そうか?暖房点けるとするか。」


「あ、私布団にくるまっとくから良いよ。」


僕はこの流れが行き着く先を出来る限り迅速にかつ的確に予測した。その流れに何とか抗うべく必死にもがいた。


「…、確かに少し寒いかもな。暖房点けよう。」


「もひゅっ!?寒いでしょ?灯さんも入りんしゃい。こっちは暖かいぞよ。」


「その喋り方は何だよ。僕は大丈夫だよ。」


「良いではないか良いではないか。」


僕はあの日カラオケに引っ張られた状況と同じように強引に布団の中へと連れ込まれた。


「暖かいねぇ…。フフン…。」


「言っておくが僕は何事もキチンと筋道を立てて計画を立てて行動する人間なんだ。軽率な行動は後々自分を苦しめることになる。初めから自分が苦しむと解っているようなことを僕はおいそれとはしない。」


「ふ〜ん、私は別に良いんだけどなぁ。後は灯さん次第だよね。」


「あぁ、助けてくれ…どうしよう。どうしたらこの状況を上手いこと打破できるんだ?お前ならどうするよ!黙ってないで教えてくれ!」


「俺ならチャチャっとやってササッと終わらすけどなぁ。考えすぎなんだよお前は。」


「ホント、考えすぎだよ灯さんは。私、このまま帰る気なんてないんだから…。」


僕は彼女にキスをされた。そこまではハッキリと覚えている。それからの事はよく覚えていない。ただ僕はすぐそこにある機械的ではなく正確でもない感情の揺らぎに想いを重ねることに夢中だったかもしれない。そして夜は明けた。




「僕は何て事をしたんだ…。ホントにバカだ…。」


「な〜にを今さら。良いじゃねぇか。気持ち良かったろ?」


「そういうことじゃない!これでより一層彼女の事を好きになってしまったら、裏切られた時が尚更苦しいじゃないか!」


「まだ言ってる…。お前の言うバカだって表現は適切かもね。お前が今言った事をあの娘に伝えてみろよ。そら傷つくだろうね。自分を守るために他人を傷つけてるのはお前自信じゃねぇか。」


「くぅ…、言えるわけないよ。僕だって解ってる。自分がただの臆病者だって事を。…どうしたら彼女の事を信用出来るのだろう。なぁ、教えてくれよ。」


「さぁ、知らん。別に信用しろとは言ってないし。ただ、ヤっちまったもんは仕方ないんだからクヨクヨすんなって事。ホラ、メール着てるぜ。」


僕は胸に抱いた不安を取り除く事が出来ないまま彼女との付き合いを続けた。そんな僕の不安定な心がどれだけ彼女を傷つけているかも解らずに。

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