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未熟な夏ごたつ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 8月8日。

 今年は残念ながら、立秋には当たらなかったみたいだが、とても秋になっていくようには思えないよね。昨今じゃあ、一年で最も暑い日のような印象があるよ。

 しんどい時期、しんどい出来事に対して、あらかじめて備えておく。これは人間に限らず、動物たちもやっていることだ。そこに自覚があるかどうかは、その動物になってみないと分からないけれど、遺伝子レベルで刻み込まれているんじゃないかな。

 じゃあ、僕たち人間は学びもせず、ひたすら暑さにあえいでばかりか……というと、そうとも限らない。文明の利器たちをはじめとする多くの発明もあるが、それはあくまで理性的な領域での策。

 それより外の、無意識の領域だったらどうだろうかね? ちょっと前に友達から聞いた話なのだけど耳に入れてみないかい?


 ぐっすり眠ったはずが、いざ目覚めてみると体がえらく疲れている……そういう経験、これまでにないかい?

 友達は、しばしばそのような体験をしたらしい。特に本格的な夏入りをする前の、梅雨の時期などは起こりやすい。疲れを覚える以外にも、足がつったりして眠りから覚醒へ引っ張り出されることもあった。

 当初は眠りの質に問題があるんじゃないか? と友達は考えたらしい。空調に気をつかったり、寝具を取り替えてみたり、寝る前の過ごし方を見直してみたり……よくいわれるような不眠対策を心掛けてみたものの、完全な解消には至らなかった。


 そのような日が続くうちに、今度は体へ目に見えて変化が現れる。

 一言でいえば、ぷっくり膨れてしまうんだ。

 顕著なのが手の指。寝る前と比べると、ひとまわり、ふたまわりと太っているのが瞭然で、握るとへこみがついてしまい、戻るのにやや時間がかかる。

 水か何かが溜まっているのかと思い、こういうときは利尿作用に頼ったほうがいいのだっけ? とブラックなコーヒーをがぶ飲みしだすものの、下から出すより先に指のふくらみは収まっていってしまう。

 一度はじまると、戻るのは異様に早い。数分そこそこで指たちは元の状態に戻ってしまい、あらためてつまんでも先ほどのような醜態を見せることもない。体調にも別段、おかしいところが現れるわけでもない。

 友達は首をかしげるばかりだったという。しかし、日が経つごとに範囲は指にとどまらず、手へ、腕へ、いよいよ肩にかけての膨らみも見せるようになっていったとか。

 範囲が広がるのに対し、元へ戻るのには時間がかからなくなっていく。起きてから、ふと目をやって異状に気付いたときにはもう、普段の状態めがけて、みるみる膨らみがしぼんでいく。すぐに誰かを呼んだとしても、元通りの身体を見て、まともに信じてもらえないという状態だったとか。


 やがて梅雨も明け、夏休みに入る。

 一時期に比べると、指から肩にかけての膨らみは見られる頻度こそ減ったが、皆無とはいえない。

 再三、話をした家族にはようやく理解してもらえる段階に差し掛かるも、具体的にどうしたらいいのか、今ひとつ案が浮かばない。誰に相談したものか……と頭を悩ませかけたところで、だしぬけに訪問者がいた。

 母方の祖父だったという。祖父は一年の大半を海外で過ごしており、日本における節目の時期でもめったに会えるものでもない。それが今年は長期で入れていた予定が、先方の都合でドタキャン状態に。思いがけず時間ができたので、ふと故郷行きを考えたのだとか。

 思いつき重視ゆえ、今回みたいに連絡をよこさずに顔を見せることも珍しくないお人だという。


 念のため、と友達が自分の体験する異状に関して話してみると、祖父は「ほう」と物珍しげな顔をしたあと、そいつは夏ごたつづくりに付き合わされているな、とつぶやいたそうだ。

 こたつというと、普通は暖房器具。冬場に出番がありそうなものだけど、そいつは人間の間隔でのみ。

 神様やそれに類するものは、涼しさをその内に閉じ込めて、個人的ならぬ個神的に楽しまんとする動きがある。その代表的なものが夏ごたつなのだという。


「本来、使役されたとしても、それらの異状や疲れが表にあらわれないよう、気をつかってもらえるものなのだがな。どうやらまだ、未熟な神様に見初められたとみえる。そしておそらく、自分の未熟さに気付いていないようだな」


 だから、「ヘマ」を繰り返す。いっちょ教えてやったほうがいい、と祖父は話す。

 少し準備がいるが、夏ごたつを暴きにいかないか? と友達は祖父に誘われたらしい。


 夏ごたつのもとへ向かったのは、翌朝のまだ日差しの強くないタイミングだった。

 その日は件のふくらみはなかった友達だが、今は祖父から渡されたものを手に家の近辺へ出歩いていた。

 榊の枝によく似ていたらしいけど、その葉はちょっと角度が変わるだけでも、てかてかと光を返す代物で人工的な気配を感じるものでもあったとか。ただ、そこの部分には触れないようにと、祖父からお達しがあったようだけどね。

 で、その葉が光る榊もどきの枝を右へ左へ、探知機そのものな動きでもって歩いていく祖父と友達。

 神様の粗い仕事をとがめるものだ。これが反応してしまうようでは神様として、序の口もいいところだ、とは祖父の言。しかし、今回はこの榊もどきが反応してしまった。

 普段は白く照り返す光が、こたつのもとへ向けると瑠璃色を放つ。これを手掛かりに二人が進んでいったところ、車がほとんど止まっていない月極駐車場のひとつへたどり着いたのだそうだ。

 なおも枝先を向けていく二人。やがて瑠璃色が強く照り返してくる駐車場の一角を見つけ、そのまま突き進んでいくと。


 虚空にもかかわらず、「ぷす」と風船のゴムをついたようなかすかな感触があった。

 とたん、その先からどっと冷風、いや凍り付きそうな寒さが吹き付けてきたのだそうだ。

 ごく短い時間であったのに、枝もろとも二人の前髪やまつげなどにはびっしり白い霜が引っ付き、手足は真っ赤になって肌のひび割れまで起こるほど。

 しかし、それがおさまったときの祖父は満足げだった。


「これでよし。これからはここの神は気をつかうようになるだろうし、お前を分かりやすく手伝わせることもなかろう」


 その言葉通り、友達の異様な手指や腕のふくらみは、その日を境にぱたりと見られなくなったとか。

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― 新着の感想 ―
誰かに指摘するのって勇気いるし難しいところがありますね。神さま相手なら尚更。でも、やっぱり教えてあげることも大事かなと思いました。とても面白かったです。
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