4、地下謁見室
王城地下の謁見室。
普段は外交問題や機密軍事会議の場とされるその部屋に、なぜか今日は青年が二人、椅子に縛られて座らされていた。
侯爵家の次男、カミル・ルートヴィッヒ。
昨日、市内でたまたま見かけた侯爵令嬢アリシアに挨拶をしようとした、ただそれだけ。
もう一人
子爵家の三男、エドワード・ウィンダムに至っては
自身が大好きなクレープシュゼットを注文したところ、たまたまアリシアの好物と被っていた、ただそれだけだった。
「な、何故こんな大事に!?何もしてない。ほんの一言、声を掛けようとしただけで――」
「私はクレープシュゼットまだ全部食べきっていないのになぜ!!」
扉が開く。
そこに現れたのは、軍服に身を包んだこの国の至宝と称される皇太子フィリップ。
冷たい静寂の中、ゆっくりと青年の前に立つと、微笑んだ。
「カミル・ルートヴィッヒ。父君は男爵からの新爵だね。貴族とはいえ、あまり上の立場とは言えない。」
「はい?」
「侯爵令嬢アリシアに、親しげに声を掛けようとしていたな。どういう関係で?」
「い、いえ! ただの知人の、その同年代ですし、よく舞踏会などでも顔を合わせるので。」
フィリップの微笑みが深まった。
その美貌が逆に、冷気のような威圧を放つ。
「二度と近づくな。声も、視線も、話題も。彼女の名前を他人に語ることも、考えることも、夢に見ることすら許さない。」
「は、はい?」
「君の家の使用人、土地、商人との取引先、すべて彼女の名前に反応するよう教育してある。万が一、君の関心がアリシアに再び向けられた場合――君の一族は貴族社会から“静かに、完全に”消えるだろう。」
カミルは顔面蒼白になり、脂汗を流した。
「な、何故そこまで。」
フィリップは微笑んだまま、彼の耳元で囁く。
「私は完璧な皇太子でいるために、誰にも弱みを見せたことがない。けれど唯一、アリシアのことだけは――理性を失ってしまうんだ。」
「だから忠告しよう。君のために。」
「彼女に関わることは、私の逆鱗に触れるということだよ。」
――翌日。
カミル・ルートヴィッヒは国外留学の名目で、突如貴族界から姿を消した。
一部では“皇太子に口答えした”という噂が広まるが、真相を知る者はいない。
一方、人気のカフェテラスは
メニューからクレープシュゼットが消え
アリシア以外は注文出来ないようにお店に圧力が掛けられた。
アリシアはその頃、
「最近やけに誰も話し掛けてこないけど、私ってば嫌われてる……?」と首を傾げていた。
「アリシアを守るためなら、世界に嫌われても構わない。」
フィリップが決意を新たにしているなどアリシアは知る由もない。