19、俺のモノったら俺のモノ
『誰にも触れさせない。彼女は、皇太子のものである』
王宮の長い回廊。紅い絨毯の先、控える女官たちと重臣の視線の先を歩くのは――
アリシアと、彼女の手をしっかりと握る皇太子・フィリップ。
「お前たち、見ろ。これが私の妃だ。誰も目を逸らす必要はない――ただし指一本、言葉一つ彼女に軽んじた態度を取れば、どうなるかは理解しているな?」
ぞくり、と空気が震える。
微笑みながら放たれたその声に、居並ぶ重臣たちは顔色を変え、女官は膝をついた。
フィリップの執着は、既に有名だったが
近頃は常軌を逸していた。
◆
昼の政務の合間アリシアが庭園で本を読んでいると、
「アリシア、退屈していないか?」
政務中であるはずの皇太子が、急に現れ、アリシアの膝に跪いた。
「こんな姿を臣下に見られては。」
「構わない。私がどれだけ君を愛しているか国中に知らしめたい。」
そのまま手を取り、手の甲に長く口づけを落とす。
女官たちは俯き、庭師は震えながらその場を離れた。
◆
またある日は、夜会。
貴族の若き令息が、礼儀正しくアリシアに挨拶をした――それだけで、彼の家は数日のうちに地方への転任を言い渡された。
「貴族ならば、身の程をわきまえよ。」
笑顔のフィリップが、静かに囁いたその瞬間の空気を、貴族たちは今も忘れられない。
「アリシア。君には私だけ見ていてほしい。私だけの言葉を私だけの愛を受け取っていればいい。」
「私は、ただの妃ではいられないのですね。」
「君は、唯一の妃なんだ。君が欲しいと言うなら、王座だって捧げよう。」
そう言って、フィリップは彼女の背後に立ち、長い髪に口づける。見せつけるように。
会場にいた貴族たちは――誰一人として口を開けなかった。
◆
そしてその夜。
アリシアが眠るベッドに、当然のようにフィリップは潜り込む。
「今日も、誰にも触れさせなかった。君は私だけのものだと、改めて刻みたい。」
「フィリップ様本当に私は王妃になれるのでしょうか?」
「なるんだよ。君以外の女は王妃にはなれない。君以外の妃など必要ない。」
頬に瞼、指先、鎖骨にキスの雨が降り注ぎ
まるで彼女の存在を私物化するように、紅い痕を落としていく。
「ねえアリシア。君が望まなくても私は手放さないよ。君が泣いても、君を離すくらいなら。」
「殺してしまうの?」
「そんなことしない。君を殺すくらいなら世界を滅ぼしてでも閉じ込める。」
それが皇太子の微笑だった。
──王宮という名の、金色の牢獄で。
アリシアはいま最も強く最も熱く最も危険な男に愛されていた。