14、皇太子殿下のもう一つの顔
◆誰も知らない“もう一つの顔”──
「皇太子殿下は、そんな方ではありません。」
アリシアが侯爵家の娘として社交界に姿を現すようになってから、
彼女の周囲では、不可解な現象がいくつも起こっていた。
・言い寄ってきた令息が突然、王都を離れ「留学」
・噂好きの令嬢が、突如として社交界から姿を消す
・幼馴染の伯爵家の次男が、父により国外の領地へ左遷
だが誰に相談しても、こう返される。
「まさか、あのフィリップ殿下が。あんな麗しいお方が、そんな陰湿なことをなさるはずがないでしょう?」
「殿下はお優しくご立派で、ご聡明で完璧な皇太子ですよ。」
アリシアが震える声で否定しようが
誰一人として信じようとはしなかった。
◆関わった者にだけわかる恐怖と執着
近衛隊長がある日、疲弊した顔で呟いた。
「ご無事を祈ります、アリシア嬢!!」
その言葉にアリシアが目を見開く。
「貴方も気づいているのですか?」
「ええ。殿下は表向き完璧ですが、アリシア様に関わると人格が変わる。
他者の会話、視線、存在すら容認しない支配のような愛を向けてこられる。」
それでも、近衛隊長は続けた。
「だが王命です。我々には止められない。
むしろ、関わったことを後悔させられるのは我々の方だ。」
彼の手は震え、指先にはフィリップ直筆の【過剰命令書】が束となっていた。
◆見目麗しく、礼儀正しい“王子様”の微笑
アリシアが王宮でふと立ち止まると、
長い回廊の先に、フィリップが立っていた。
深紅のマントをまとい、涼やかな笑み。
歩くたび、靴音が静かに響き、彼はまっすぐアリシアに向かってきた。
「こんなところにいたのか。探したよ、アリシア。」
「フィリップ様、私今日は家に帰りたいの。もう、少し疲れてしまって。」
「そう。なら僕の部屋で休めばいい。」
「ほら、君の部屋もすぐ隣にあるだろう?。」
フィリップは優しく微笑む。
だがその瞳の奥では、誰にも渡さない狂気じみた執念が静かに燃えていた。
アリシアが「自由」を求めようとするたび
彼はあらゆる外堀を埋め、味方を失わせ、逃げ道を消していく。
「大丈夫。君は何も心配しなくていい。
――だって僕が、全部、全部、管理しているから。」
◆侯爵家の苦悩──「娘を返してはいただけませんか。」
侯爵夫妻と弟は、王宮へ呼ばれた際、
常に丁重にもてなされ、豪華な食事、敬意ある言葉を受ける。
だが。
「アリシアは最近、忙しいようですね。ずっと殿下のおそばに控えているそうで。」
と聞けば、近衛の騎士たちは目を逸らす。
弟が「姉上に会わせてください。」と申し出れば、
「殿下のご予定が最優先される。」と、冷ややかに却下される。
侯爵はようやく悟る。
娘は、皇太子に“囲われている”のだ。だが、外には一切それが見えない。
◆狂気と愛のはざまで
アリシアが扉を開ければフィリップがそっと待っている。
「君が欲しい。すべてを、永遠に。
君の声も吐息も微笑みも他人に触れさせたくない。」
「君が僕を怖れても、僕は構わないよ。
だって、僕から逃げる手段は何一つ残っていないんだから。」
そう言って微笑む彼は、
世が讃える麗しき王子様であり――
アリシアだけが知るこの世で最も狂おしく甘い檻だった。