13、夜会
◆夜会での独占劇──「君は僕だけを見ていればいい」
王宮主催の夜会。
煌びやかな貴族たちの社交の場で、アリシアは緊張しながらも、侯爵令嬢として淑やかに立ち振る舞っていた。
フィリップが選んだドレスは、彼とおそろいの漆黒の絹に、サファイアの装飾。
瞳も髪もドレスの色も、何もかもがフィリップの色に染まっていた。
控えめな性格で華やかな場が苦手なアリシアは緊張を紛らわせようと
護衛にあたっていた近衛隊隊長のレオンに声を掛ける
「こういう場はなかなか慣れないものね。」
と話しかけたその瞬間
背後から、冷たい視線が突き刺さる。
「任務中に令嬢と雑談とは感心しないな、近衛隊長。」
振り返れば氷のような微笑みを浮かべたフィリップ
レオンの背筋が凍る。
「アリシア、君は僕の隣に。」
手を差し出し、何の余地も与えずフィリップはアリシアの腰に腕を回した。
以後、夜会の最中、アリシアに声をかけようとする者は誰一人いなかった。
理由は簡単。
――皇太子の放つ殺意めいた気配が、社交界を凍らせていたからだ。
◆嫉妬の代償──隊長レオンの悲劇
夜会の翌朝。
近衛隊詰所にて、異様な光景が広がる。
「隊長、また新しい書状が届きました。」
「えっ、これで本日だけで37件目!?」
【皇太子直々の命令書】が続々と届き、内容はすべて「極端に非効率で意味不明な雑務」
・王宮内の絨毯のほつれ調査(全フロア)
・各国使節団の来訪記録の手書き写本
・庭園のバラの花数カウント報告(毎朝)
果ては「アリシア嬢の周囲50メートルに近づいた記録者への聞き取り調査」という謎業務まで。
「隊長もしかして、殿下の逆鱗に触れられたのでは?」
「そんな理不尽なっ、アリシア様から声を掛けられただけなのに。」
◆フィリップの独白──「君は、僕の世界の中心」
夜会の後、フィリップはアリシアの手を取りながら囁く。
「誰にも触れさせたくない。誰にも話しかけさせたくない。君の視線も言葉も吐息すら僕だけに向けてほしい」
そしてフィリップは静かに笑う。
「君に間違いを犯させた者には、当然の罰を。」
アリシアの背を撫でながら、キスを落とす美しいその横顔は、まるで天使の微笑み。
けれどその心は、すでに誰も止められない執着の獣と化していた。