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老夫婦

作者: 通りすがり

都内近郊のベッドタウンとして開発されたG町。

G町は都内からの交通アクセスが良く、生活に便利だと評判となり、駅の周辺に広がっていた森林を造成した宅地には、多くの人たちが移住してきて家を構えた。

そのため街は次第に大きく変貌していくこととなった。


淳一も数年前にこの地に妻の浩子と二人で引っ越してきた移住組だった。

子供のいなかった淳一と浩子はもともと都内の賃貸マンションに住んでいたが、常々都内を離れいつか静かなところで暮らしたいと話をしていた。そんなこともあり、浩子が50歳になったのを機に都内からG町に一軒家を購入して引っ越してきた。

淳一たちが越してきた家はそんなに大きな家ではなかったが、二人で住むには十分な広さがあった。そして、庭で菜園をしたい夢があった妻の浩子のために家の横には広い庭を設けた。

その庭に面した向かいには隣家があり、その家には老夫婦が2人だけで住んでいた。

おそらく2人とも70歳は超えてると思われる老夫婦は、街が開発される以前からこの街に住んでいた先住者だった。

そのため、街が発展し移住者が増えることを老夫婦はよく思っていなかった。

淳一と浩子の夫婦が引っ越してきた当初は、老夫婦に挨拶をしても無言が返されるような関係性だった。

だが返事がなくても繰り返し挨拶をするようにしていると、老夫婦の妻のほうはやがて挨拶を返してくれるようになった。

ある日、浩子が老夫婦の妻と話をする機会があり詳しく話を聞いてみると、老夫婦の妻のほうは移住者にとくに悪感情は持っていないようだった。だが夫のほうが移住者に強い嫌悪感を持っているため、夫から移住者とは話をしないように妻は厳しく言われていた。そのためここで話をしたことも夫には内緒よ、と老夫婦の妻は笑って言った。

今後もここに住んでいくことを考えると、淳一たちは少しだけでも隣家の老夫婦の妻とコミュニケーションをはかれたことを素直に喜んでいた。


だがそれも束の間、そんなことがあった日から数日後の深夜に、老夫婦の家で火災が発生した。

幸いにも淳一たちの家は延焼を逃れて大きな被害はなかった。

だが隣家は古い木造の家ということもあって火の回りが早くほぼ全焼してしまい、老夫婦は逃げ遅れて2人とも焼死してしまった。

現場検証の結果、放火の可能性もあるとのことで警察は捜査を始めた。

だが老夫婦を良く思わない住人は町内に少なくなく、とくに移住者の多くからは嫌われていたのは周知の事実であった。

ただ嫌いというだけで放火までするとは考えられなかったが、またそれ以上の強い動機を持つ人は見つからなかった。証拠となるようなものも何一つなかったため捜査は難航を極めた。

淳一も浩子も隣家でそのような事件が発生したことに強い不安を抱いた。詳細まではわからないが警察の捜査が難航していることは知っていたので、ただ早く犯人が捕まってほしいと心から願っていた。

だが、その後警察からは事件については何の発表もなく、街の中で警察が捜査している姿を次第に見ることはなくなっていた。そして今回の火事の原因は、実は放火ではなくただの失火だったのではないかという話が実しやかにいつの間にか広まっていて、やがてこの事件の話をする人はいなくなっていた。

焼け跡がそのまま放置され廃墟と化していた老夫婦の家は、やがてすべてが取り壊されて更地とされ空き地となった。

これで火災の痕跡も老夫婦が暮らしていた痕跡も、すべてが消え去ってしまった。





そしてそれから1年が過ぎたころ、空き地となっていた老夫婦の家の跡地に家を建てて引っ越してきた家族がいた。

和己と舞の若い夫婦、そしてその娘の小学生咲と美鈴だった。

和己は老夫婦の孫で、土地を相続した和己の父親に建築にかかる費用を出してもらって家を建てたらしい、と淳一たちは近所の噂話で聞いた。

和己たちが引っ越しの挨拶に淳一宅に訪れた時に、それとなく老夫婦のことを聞いてみた。すると、ここで火災があり老夫婦が焼死したことは当然知っていたが、和己は幽霊とか怨念とかその類の話はまったく信じていないので、気にしていないと笑いながら答えた。

むしろ、和己は以前からこの街に住みたいと考えていたらしく、自分の家をこのような立地のいい場所に持てたことに満足みたいだった。

淳一と浩子はその返答に少しだけ複雑なものを感じてはいたが、あえてそれを口に出して言うことはなかった。


和己たちが越してきて最初のひと月は笑い声の絶えない、幸せを絵に描いたような家族といった感じだった。子供のいなかった淳一と浩子はその幸せな様子を羨ましく感じたが、それ以上に微笑ましくも感じいた。

だがそれも長くは続かなかった。2か月もすると、隣家からは家族の笑い声が聞こえることはなくなり、たまに会う和己と舞はいつも疲れたような暗い表情を見せるだけだった。

あまりの以前との落差に何かあったのではないかと近所の皆が様々な噂話をしていた。

しかし何があったのかを知るものは誰もいなかった。

ある時、庭で家庭菜園の世話を浩子がしていると、家から出てきた舞とばったりと会ったことがあった。浩子は自然な感じで、最近舞の元気がないみたいでみんな心配していることを伝えた。

すると、それまでの温厚で柔和なイメージだった舞の表情が変わり、キッと目を吊り上げて口角に白い泡を出しながら怒鳴り始めた。

「余計なお世話よ。本当は心配なんかしていないくせに興味本位で首を突っ込んでこないで。」

あまりの剣幕に、それ以上何を言っていいのかわからない浩子をその場に残し、舞は家の中に戻っていった。

翌日も浩子が家庭菜園にいると、それを確認して家を出てきた舞が浩子のところまでやってきて昨日の暴言について謝罪をしてきた。

浩子はそれについては気にしていないから大丈夫と言い、本当に何かあるのなら相談にのると伝えた。すると舞はそれはありがたいことだけど、夫の和己に家の中のことは他人には絶対に話さないようにとキツく言われている。だから話すことはできない、と言って力なく笑った。

また、それから数日後に、家の前に呆然と立ちつくしていた隣家の子供の美鈴に気づいた淳一が、どうしたのかと声をかけると家の中に入りたくないと言う。

なぜ家の中に入りたくないのかと聞くと、家の中が怖いとぽつりと答えた。

家の中が怖いとはどういうことだろう。何か悪戯でもして両親に怒られたのだろうか。

淳一はそう考えて、さらに詳しいことを聞くと、家の中におじいさんとおばあさんが立っていて美鈴のことを睨んでくるという。もっと詳しい事を聞こうとしたが、美鈴の様子に気付いた舞が慌てて家から出てきて、美鈴の手を無理やり引いて家に入っていった。淳一にはその時の美鈴の恐怖に怯えた表情が強く印象に残った。


そして数日が経ったある夜、外がなにやら騒がしいことに気付いた淳一が家の外に出てみると、隣家の中から子供の悲鳴や叫び声らしきものが聞こえてくる。

その声は周囲の広範まで聞こえていたらしく、近所の住人が隣家の前に集まりはじめ、家の中の様子を皆で伺っていた。

すると子供たちを連れて和己と舞が家の中から出てきた。

家の前に出たところで4人は立ち止まると、泣き叫ぶ子供たちを和己と舞は必死にあやしていた。

あまりにも子供の泣き方が異常なため、心配した淳一たちは和己に何があったのか聞く。

和己は何でもありませんと口を濁していたが、しつこく聞いてみると、隣で子供をあやしていた妻の舞が唐突に口を開いた。

「家の中に幽霊が出るんです。」

横で和己が一瞬に慌てた素振りを見せたが、もう手遅れと思ったのかその後は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。舞はその様子に気づいていないのか、さらにまくし立てるように「幽霊が、家の中に幽霊がいる。」と繰り返し訴えてくる。

淳一はそれは老夫婦の幽霊だと思ったが、舞に聞いてみるとどうも違うみたいだった。

舞が言うにはその幽霊は若い男の姿をしているらしかった。

淳一はその男に見覚えがあるかと聞くが舞は震えた声で「知らない人です」と答える。

和己にも聞いてみるが、強張った顔で「知らないよ、俺が知るわけないだろう。」と怒鳴るように答えた。

この前、美鈴に聞いたときにはおじいさんとおばあさんの幽霊と言っていたが、どういうことなのだろうと淳一は思った。

舞はもうこの家にはいられないと半狂乱で叫んでいる。和己も、とりあえず今日は実家に行こうと言うと、子供たちと妻を車に乗せ、家の中から着替えなどの必要最低限の荷物を持ちだすと、そのまま車で走り去って行った。

しばらく近所ではそのことが話題の中心となっていたが、数日後には和己たちは戻ってきて何事もなかったかのように以前の生活を始めた。だがそれも長くは続かず数日後にまた前と同じような騒動があり、その時には車で家族全員で出て行ったきり2度と戻ってくることはなかった。


それからしばらくして、隣家に引越し業者が来て家財道具をすべてを運び出して行った。

隣家が空き家となって半年くらい過ぎたころに、ニュースで和己が逮捕されたことが報じられた。

どうやら、あの場所に住みたかった和己は、老夫婦をあの家から追い出して老人ホームに入れて、自分たちがその後に住む計画を立てたらしい。

そしてその計画の実行を知り合いの男に金で依頼をした。計画では家に火をつけてボヤを起こし、老人だけの生活が危険なことを強くアピールして家から追い出す予定だったらしい。

しかし、脅しのつもりで家に点けた火が思いのほか勢いが強くなってしまい、結果家が全焼して老夫婦を焼死させてしまったらしい。

そのことが露見するのを恐れたが和己を口封じのために依頼をした男を殺害したとのことだった。

隣家に出ていた幽霊は、もしかしたらその男だったのかもしれない。

そして、隣家から逃げるように引っ越した和己たちだったが、結局引っ越し先にもその男の幽霊が出て和己たちを苦しめていたのではないかと想像してしまう。和己が自首したことで事件が明るみに出たとのことだったので、その可能性は高いのかもしれない。


空き家となった隣家は売家となり、その後別の家族が購入して越してきたが、半年もしないうちに退去して出ていってしまった。どうも夜な夜な老夫婦の霊が出るみたいだった。お祓いなども行ったらしかったが効果はなかったようだ。老夫婦の恨みなのか執着心なのかはわからないが、この土地から老夫婦がいなくなることは、もうないのもしれない。

そんなことがあったため、この家には幽霊が出るという噂が近所の住人の間で広まり、やがて誰もが知るところとなっていた。そしてその後にこの家には誰も住もうとする者は誰もおらず、長いこと空き家になっていた。

だがある日の深夜に突然火災が発生して家は全焼してしまった。

出火原因はわからないまま、焼け跡は片付けられ整備され、今は駐車場となっている。

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