飼育員アリシアの異世界転生講座
前書いたやつの書き直しの書き直しです
私はあなたたちの世界で言うところの──
まあ、「神」って呼ばれてる仕事をしてます。
でも、あんまり期待しないでくださいね。
「神」って言っても、そんなに偉くないんですよ。
この世界じゃ私は「飼育員」って呼ばれてます。
そう、あなたたち人間を“管理する”仕事をしてるんです。
えっ、それってヤバくない?って顔してますね。
まあ正直、私も最初は「えっ…それ大丈夫?」って思いましたよ。
でも慣れました。水族館の飼育員みたいなもんです。
ペンギンとかカワウソとか、狭い水槽でチョコチョコ動いてる姿を見せながら管理してる、あれ。
ただし、うちの“施設”はスケールが違う。
ここは「星」──つまり、ひとつの世界そのものが“展示物”なんです。
で、その展示を見るためにやって来る観客が、我々の世界の神々。天界の人たちですね。
神って言っても、まあ日常は忙しいですよ。
会社に出勤して、通勤ラッシュに揉まれて、上司に怒られて、
帰りに焼き鳥つまみながらビール飲んで文句言って……あなたたちと似たようなもんです。
で、その神々の娯楽が、他世界の“人間ウォッチング”。
推し魂に課金して、
「この子、記憶残して転生させて!」
「今度は魔王ルートで!」
とか、もう完全にアイドル育成ゲーム。
魂にスパチャ、ガチャ魂、SSRスキル──そんな感じで売ってます。
こっちはその売上で生きてるんですよ。
私はあくまで現場担当。
世界の設計や演出の方針は、もっと上──いわゆる「星のオーナー」たちが決めてます。
私たち飼育員は、彼らの指示どおりに世界を整え、
魂を配置して、視聴率を稼ぐよう“演出”するだけ。
勝手にストーリー作れませんし、
失敗したら報告書にバツ付けられて、査定落ちるんですから。
ときどき「人間を見せ物にするな!」って言われるけど、
こっちだって命がけなんですよ。
視聴者が離れたら収入ゼロ。
演出ミスったら、最悪、命も飛ぶ。
だって──転生者に殺されたこと、あるんですから。うちの職場。
ええ、実際にありました。
ある世界で、オーナーの指示で敵キャラを増やしたり、
世界にちょっかいかけたりしてたら、
「黒幕は神だ!」って転生者にバレちゃって。
その世界の飼育員、殺されました。
しかも、私の友達。まだ結婚して1年目だったんです……。
でも、反抗なんてできないんです。命令だから。
言われた通りやらなきゃ、職を失って、住むところもなくなる。
神様って言っても、うちら下っ端なんです。
“上”が白って言ったら、黒い空も白ですって答えるしかない。
……ちなみにその“上”も、
私たちのこと全部把握してるわけじゃないです。
たまにね、視界の隅で誰かに見られてるような──
いや、なんでもないです。忘れてください。
さて、話を戻しましょう。
あなた、地球出身ですよね?
あの星も昔は超優良な展示で、
投資先としては“成長株”だったんですよ。
文化や文明の発展スピードも速くて、
毎年のように新しいドラマが生まれてた。
でも、あるタイミングで“ピーク”を迎えて、
もうそれ以上は成長しないって判断されたんです。
株で言うと「天井打った」状態ですね。
で、担当してたオーナーがタイミング見計らって──
ものすごくうまく売り抜けたんです。まさに高値圏。
問題は、その後。
買った側は“買った”ことで満足しちゃって、何もしないんです。
地球をどう使おうが自由だけど、もう伸び代がない。
そんなものに手をかけるオーナーなんていないですよね。
結果、ウイルス、戦争、環境問題……荒れるだけ荒れて、
視聴者は離れていく一方。
誰ももう“育てよう”なんて思ってない。
資産価値も下降する一方で、
スタッフの間じゃ「化石株」なんて呼ばれてますよ。
まあ、もったいない話です。
でも、そんな地球出身のあなたが──この世界でチャンスを得た。
記憶持ち、チートスキル、転生オプション。
大口の課金、入りましたからね。
こっちもあなたに稼いでもらわないと困るんですよ。
じゃ、スキルと家系、決めましたね。
はい、これ、世界の歴史本です。
予習しとくと便利ですよ。
あ、性別も確認。男でOKですね。
読み終わったら、出発です。
──三日後。
お疲れ様。読み終わったみたいですね。
で、最後に聞きたいことがあるって?
……私の名前?ふふ、アリシアです。
じゃ、行ってらっしゃい──あなたの物語、ちゃんと観てますから。
──数年後。
まさか本当にここまで来るなんて思いませんでした。
転移魔法で神界に来て、真っ直ぐ私のところへ来て、
「アリシアさんと結婚したい」
──って。
その後、あなたは本当に“上”に直談判しに行ったらしいですね。
星系統治評議会、神界倫理監査部、オーナー階層会議体……
ふつう素人が立ち入れるような場所じゃない。
でもあなたは、全部突破した。
あの審問会で言ったんですってね。
「神が自分の意思で誰かを愛してはいけない理由はどこにありますか?」
「制度のために感情を押し殺すなら、それは神じゃなくて、ただの機械だ」
それを聞いた古参の神が、無言で頷いた──という噂、聞きましたよ。
……バカですね、ほんと。でも、ちょっと泣きました。
──そして、私たちは結婚しました。
神界契約庁で書類を出して、証人の神を立てて、
あなたはちょっと緊張してて、私は緊張を隠すのに必死で、
でも、ちゃんと夫婦になったんです。
それから少しして、子どもが生まれました。
夜泣き、ミルク、オムツ替え。
保育園の送り迎え。雨の日に傘を忘れて一緒に濡れて帰ったこと。
遠足のお弁当、張り切りすぎて子どもが食べきれなかったり、
運動会でカメラ間に合わなくて「もう一回走って!」ってお願いしたり。
子どもが熱を出して寝込んだ夜、
交代で看病して、一緒に眠ってしまったこともありました。
Eテレの教育番組を一緒に見ながら、
ソファでうたた寝して、目が覚めたらあなたが膝枕してくれてた──
そんな他愛ない日々が、まるで奇跡のようで。
「ママだいすき!」
「パパもまぁまぁすき!」
その言葉だけで、世界が救われた気がしたんです。
子どもが成長していくにつれ、私たちは少しずつ親としての姿を学び、
そして──少しずつ、寂しさも覚え始めました。
ランドセルを背負い、友達と笑いながら帰る姿。
「今日は塾だから遅くなるね〜」って軽く言われる夜。
一緒に見てたアニメを、もう見なくなったテレビ。
でもそれも、親としての喜びなんですよね。
“自分たちの手を離れていく”その姿が、こんなにまぶしく感じるなんて。
──子どもが独り立ちしたとき。
私は言いました。
「ねぇ……旅、しない?」
あなたは微笑んで、うなずきました。
「うん。今度はふたりで、星をめぐろう」
───
最初に降り立ったのは、星の図書館アカリウム。
無限に広がる空間に、全時代・全種族の知識が収められていた。
昔子どもに読み聞かせていた地球の絵本を見つけて、泣きそうになった。
次に訪れたのは、サビトの火山都市。
市場のスパイス料理にむせながら、ふたりで笑って、水をごくごく飲んだ。
浮遊大陸フィオナでは、雲の上のベッドで昼寝。
風に吹かれて揺られながら、あなたの寝息にそっと手を重ねた。
無音の星マーナでは、言葉が存在しない。
ただ心で通じ合うだけの世界。
“好きだよ”って思ったら、あなたは照れてた。
たくさんの星を巡って、
たくさんの空を見て、
たくさんの人に触れて、
──最後に降り立ったのは、地球でした。
展示としての価値は下がっても、
この星はあなたにとっての、すべての始まりの場所。
東京の夜景。
桜並木。
木造の神社。
屋台の焼きそばの香り。
「……帰ってきたんだね」
あなたがそう言って泣いたとき、
私は手を握って、そっと笑いました。
「うん。おかえりなさい」
───
私はここにいますよ。
だからもう、「終わりだ」なんて言わないでください。
私を一人にしないで……
来世でも、絶対、私に会いに来てくださいね。
あなたに会えて、幸せでした。
命令通りに動くしかなかった私に、
自由をくれたあなた。
神でありながら、家族になれたあなた。
ありがとう。
愛しています。
……ずっと、ずっと。
この世界の片隅で、
私は──
何度でも、あなたに恋します