第88話「鏡の中の罪と赦し」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
《鏡面儀式開始。対象記憶との同調率上昇中——65%、82%、97%……》
無機質なアナウンスと共に、ラグナ・リリスの内部が個別の空間に変化していく。
艦内に残された者は誰一人としていなかった。
全員が、それぞれの「心の檻」に沈んでいた。
◆
悠真の記憶領域——
波の音。磯の香り。夏の夕暮れ。
悠真は、子供のころに父とよく通った港の堤防に立っていた。
「……懐かしいな、ここ」
彼の隣に、少年時代の自分が立っていた。
無邪気に笑い、釣竿を握るその姿はまるで、時間の中に取り残された幻だった。
「なあ、知ってる? 結局、父さんは死んだんじゃない。消えたんだ」
少年が言う。
悠真の胸が強く痛む。
「あの時、怖くて何もできなかったくせに……! 父さんを待ち続けるって決めたのに、大学行って、釣りもやめて、全部見て見ぬふりして生きてきた!」
「……そうだな」
悠真は認める。
心の中で、何度も蓋をしてきた想いを。
「でも今は、こうして仲間と一緒に、戦ってる。父さんの代わりなんてできないけど……俺自身の足で、歩いてる」
少年が笑った。まぶしいほどに。
《対象・悠真、同調率100%。認識調律完了》
◆
エリンの記憶領域——
真っ白な部屋。
窓も扉も、何もない空間。
「……また、ここ」
エリンは何度目かになるこの夢のような空間を見渡す。
そこに現れたのは、名もない少女だった。
エリン自身の、名を奪われる前の記憶。
「ねえ、わたし……存在してよかったのかな?」
その問いかけは、胸の奥に突き刺さる。
「誰の記憶にも残らない。名前もない。誰かにとって“意味”のある存在じゃなければ、生きてる意味なんてないって、思ってた……」
「でも……悠真が、みんなが、そうじゃないって教えてくれたの」
少女が静かに頷く。
「名を取り戻したから、じゃない。わたしはわたしとして——ここに在っていい」
少女がふっと溶け、光となる。
《対象・エリン、同調率100%。認識調律完了》
◆
リオン=カーディアの記憶領域——
焼け落ちた王城の幻影。
亡霊のように立ち尽くす少年兵。
「おまえは、“選ばれた”王子だった。だが、民も、兵も、家族すら救えなかった」
リオンの前に現れたのは、過去の自分に取り憑く「声」だった。
「過ちを悔やんでいるフリをするな。おまえは今も、その罪を力に変えている。贖罪のふりをした“逃げ”だ」
「……違う」
リオンは剣を構える。
「俺は、自分の弱さも罪も忘れていない。だからこそ——もう一度、守るって決めたんだ」
亡霊が叫ぶように消えた瞬間、炎の中に差し込む光が一筋、彼の胸を貫いた。
《対象・リオン=カーディア、同調率100%。認識調律完了》
◆
ゼイン=コードの記憶領域——
記憶の“空白”に沈む海の底。
名前すらなかった頃の、自分自身。
「君は誰だ?」
海の底に現れた“鏡”が問いかける。
「わからない。でも……それでも、前に進みたい。名前がなかった俺を、今の仲間たちが“ゼイン”と呼んでくれた。だから、それで十分なんだ」
鏡にヒビが入り、その向こうから、自分自身の姿が現れた。
「君は、君だ。もう何も足りないものはない」
《対象・ゼイン=コード、同調率100%。認識調律完了》
◆
シア=ファルネウスの記憶領域——
木漏れ日の中、母の膝枕で眠る少女。
「母様……」
シアの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「大丈夫。わたしは、母様の想いをちゃんと背負ってる。もう一人じゃない。だから、進めるよ」
母の幻が微笑み、風に乗って消えていく。
《対象・シア=ファルネウス、同調率100%。認識調律完了》
◆
《全員の調律完了。調律域通過準備を開始します》
艦内に再び光が満ちる。
誰もが、傷を抱えたまま——それでも「今」の自分を見つめ直し、立ち上がる準備を終えた。
そして、ラグナ・リリスは音もなく次元を超える。
その先にあるのは、最終階層。
——いよいよ、物語の終着が近づいていた。
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