第85話「この世界の名前を君と」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
薄く朱に染まった空の下、ラグナ・リリスは静かに海面に浮かんでいた。
波は穏やかで、どこか現実味に欠けるほど、静謐な風景が広がっている。
「まるで……すべてが夢みたいだな」
リオン=カーディアは、潮風に揺れる前髪を払いながら呟いた。
その声には、安堵と疑問とが綯い交ぜになっていた。
誰もが、確かに“目覚めた”。
だが、その“目覚め”が何を意味するのかを、完全には把握できていなかった。
「世界は……再構築されたのよね?」
シア=ファルネウスが、小さく口にする。
彼女の指先は震えていた。
だが、その目は真っ直ぐだった。
「そうだと思う。だけど……俺たちの記憶は、断片的にしか残っていない」
ゼイン=コードが、掌を見つめながら言う。
指先に宿る感触は、かつての“戦い”の余韻を思い出させた。
エリン=グレイスは、少し離れた場所で静かに空を見上げていた。
彼女は言葉少なだったが、その瞳の奥には、はっきりとした“意志”が宿っている。
かつて自分の名を失った少女が、再び“自分”を取り戻しつつある、その輪郭が、そこにあった。
《再構築された次元における“観測者”の位相は、個体ごとに変化しています。皆様は、この世界の観測優先権を保持しています》
艦橋に響くエーリカの声が、それを補足する。
「観測優先権って……つまり、この世界が俺たちを中心に回ってる、ってことか?」
悠真が問いかけると、エーリカは微かに頷くような声で答えた。
《それは比喩的には正しく、物理的には半分正解です。この世界は、皆様の意思により“名づけ”を待っています》
「名づけ……?」
「つまり、この世界にはまだ“名前”がないってこと?」
リオンが問い返す。
《はい。この世界は未定義です。存在の核心は確定しておらず、それゆえ“名づけ”によって初めて、存在として固定化されます》
「……名前をつけるって、責任重大ね」
シアが小さく目を伏せた。
エリンがふと振り向く。
その目は、どこか遠い記憶を追いかけるように淡く光っていた。
「……名前って、重い。でも……あたたかいものでもあるのね」
彼女のその一言に、皆の視線が静かに集まる。
ゼインが、ふっと笑った。
「でもさ、それって……つまり、新しい物語を俺たちが始めていいってことだろ?」
悠真は、ラグナ・リリスの艦首へと歩み寄る。
蒼く透き通る海。
遙か遠くに、見たことのない陸地が見える。
新しい大地。新しい空。そして、新しい名前。
「俺たちの旅の終着点であり……始発点でもあるなら」
そう言って、彼は呟いた。
「この世界の名前は――“アーセラム”にしよう」
その響きには、光と影の両方が込められていた。
“忘却”と“記憶”、“犠牲”と“救い”、“選択”と“自由”。
それらを受け入れた者たちだけが辿り着いた、新しい世界の名。
《“アーセラム”――命名を確認。世界構成座標を固定します》
瞬間、空が震えた。
音のない雷鳴のように、大地が鼓動する。
波が反射する光が幾何学的な模様を描き、世界がその名を受け入れていくのが見えた。
「始まるんだね、ここから――」
シアが、ゆっくりと目を閉じた。
「これが……俺たちの新しい旅の一歩だ」
悠真が微笑む。
エリンは、リオンの隣にそっと立ち、静かに言った。
「“アーセラム”……素敵な名前ね。もう、名前を奪われることはない。今度は、自分で選べる」
そして彼らは、静かに前を向いた。
かつてのすべてを知っていなくとも、これからのすべてを知ろうとする覚悟は、確かにそこにあった。
“アーセラム”
――それは、彼らが名付けた新たな現実。
そして、これから紡がれる物語の、幕開けだった。
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