第80話「真実の環、その名を告げよ」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
《第五階層“真実の環”へ突入。境界知識の照合を開始します》
エーリカのアナウンスとともに、ラグナ・リリスの前方に広がったのは、霧とは異なる、まるで銀の静寂でできた空間だった。
空も海も地平すらも存在しない、“思考そのもの”が実体化したような世界。
《この階層では、乗員各位の“認識の矛盾”が可視化されます。誤魔化しは一切通用しません。》
「つまり、“真実”しか通れないってことか」
リオンが静かに呟いた。
「違うわ」
エリンが言葉を継ぐ。
「“真実”がひとつだなんて思い込んでる限り、この空間には勝てない。“それぞれの真実”が問われるの。だからこそ危険なのよ」
艦内の照明が、ふっと落ちた。
次の瞬間、それは現れた。
——銀の輪。空間に浮かぶ巨大な環。
その中心に立つのは、少年だった。
その顔に、見覚えがある。
「ゼイン……?」
悠真が名を呼ぶ。
しかしその少年は首を横に振った。
《——名を問う。お前の名は、誰だ》
音ではなく、心に直接響く声だった。
だがそれは、問いかけなどではなく——裁きのような強制力を帯びていた。
リオンが前に出ようとするが、銀の環が彼を拒絶するように波紋を放つ。
「これは……認識の干渉?」
「いや、“自己の否定”だ」
エリンの声が震える。
「……この階層では、自分という存在そのものが“他者の目”によって暴かれる。自分ですら気づかなかった歪みや矛盾が——形を取って襲いかかる」
そのとき、銀の環の中で、ゼイン——否、**“もうひとりのゼイン”**が歩み出る。
「……本当の名前を、言ってくれ」
悠真の隣で、シアが囁いた。
「……その子は、きっと……」
彼女はまだ覚醒しきってはいない。
だが、わずかに目に力が戻ってきている。
悠真は一歩、前に進んだ。
「お前の名前は、ゼイン……いや、“ゼイン=コード”。忘れてなんかいなかった」
銀の環が、反応した。
空間に、淡い光の亀裂が走る。
《照合開始。対象:ゼイン=コード……記憶断片を復元》
映し出されたのは、記録のない光景。
——海辺の村。
——焼け落ちた塔。
——逃げ惑う子供たちの中で、ひとりだけ泣かなかった少年。
——そして、助けたのは《魔導潜水艦ラグナ・リリス》だった。
「……俺は……」
少年が膝をつく。
「俺は……“ゼイン”なんて、名乗っていい人間じゃない」
「いいんだよ」
悠真の声は静かだった。
「名前にふさわしい人間なんて、最初からいない。名乗って、誰かが呼んでくれて——それで、ようやく“存在”になるんだ」
その言葉に、少年の肩が震える。
《照合完了。“ゼイン=コード”の存在を確定。次なる認識対象を提示》
空間が再び震え、今度はリオンの背後に、何かが立ち上がる。
——それは、“剣を振るう自分自身”だった。
「次は……俺、か」
リオンの手が、無意識に剣の柄を握る。
だが、その顔には怯えよりも、覚悟の色が濃かった。
「見せてやるよ、“俺という真実”をな」
◆
ラグナ・リリスは、ゆっくりと“真実の環”を通過していく。
だが、それは単なる航行ではない。
それぞれの心が、記憶が、認識が——少しずつ、繋がっていく。
忘却の霧で失った記憶が戻るわけではない。
けれど、その喪失を抱えながら、彼らは進む。
《第五階層“真実の環”通過を確認。次なる空間、“審判の座”への転移を開始します》
最終層が、いよいよ姿を現す。
だが、その先に待つのは——
“存在することそのもの”が問われる、最終試練だった。
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