第79話「忘却の霧、その先に」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
《第四階層——“忘却の霧”に突入します。記憶干渉の影響を最小限に抑えるため、全乗員に精神同期フィールドを展開します》
エーリカの冷静な声が響いた瞬間、ラグナ・リリスの外殻に淡い蒼光が走った。
艦そのものが霧を弾くようにして、その“名もなき境界”へと進んでいく。
窓の外は白一色だった。だがそれは、単なる霧ではない。
空間そのものがぐにゃりと歪むような錯覚に、艦内の空気も張り詰めていく。
「ここは……記憶を奪う空間なんだろ?」
リオンが、息を詰めるようにして言った。
「正確には、“選ばれた記憶だけを奪う”。それも、本人にとって最も“痛みと価値を伴う記憶”を優先してな」
エリンが淡々と告げる。だが、その瞳の奥に、恐怖がないわけではなかった。
「シアのこと……もう忘れてしまいそうで、怖いんだ」
悠真の声が、低く、震えていた。
先ほどまで笑っていた彼女の姿。優しい瞳。
犠牲となったその決断——全てが、もう遠ざかっていくような気がしていた。
《精神同期、完了しました。だが、警告します。霧の深部に入れば、同期では防ぎきれないレベルの記憶崩壊が発生する可能性があります》
「進むしかないんだろ?」
リオンの言葉に、誰も異を唱えなかった。
ラグナ・リリスは、霧の核へと進んでいく。
◆
そこは、霧というより“思念の海”だった。
視界が突然、揺らいだ。
次の瞬間——悠真は、見知らぬ港に立っていた。
「……え?」
白い制服。見覚えのない街並み。
背中に重たい釣り道具を背負っている。
目の前の看板には、見覚えのある言葉——“東京湾北埠頭”。
「これって……俺の、元の世界……?」
だが次の瞬間、視界が砕けるようにして崩れた。
◆
気づくと彼は、艦の廊下にいた。
だが、記憶が——欠けている。
誰か、大切な人がいた気がする。
だが、名前も声も思い出せない。
「……誰を、忘れた?」
自問する。だが答えは出ない。
ふと、壁に何かが書かれているのを見つけた。
“シア=ファルネウス —— 忘れるな”
その文字に、胸が締めつけられる。
だが、それ以上は思い出せない。
と、背後から誰かが近づいてくる足音がした。
「悠真、無事か」
振り返ると、そこにはリオンがいた。
彼の瞳もまた、どこか不安定で——まるで何かを探し続けているようだった。
「お前も……何か、忘れてる?」
「わからない。けど、“忘れた”という自覚がある。それがこの階層の異常性だ」
リオンは壁の文字を見て、目を細めた。
「“シア”?……誰だ、それは」
悠真は、答えられなかった。
ただ、胸の奥が激しく軋む。
そのとき、艦内アラートが鳴り響く。
《警告:霧の深部にて、記憶構造の暴走反応を検出。乗員の人格崩壊が進行中》
エーリカの声が、いつになく硬質だった。
「くそっ、急ごう」
二人は駆け出す。
◆
中央制御室に辿り着いた彼らを待っていたのは——
座標も時間も失われた、空虚の空間だった。
そして、その中央に佇んでいたのは——
シアだった。
だが、その瞳は虚ろで、名前を呼んでも反応がない。
「やっぱり……ここにいたんだ……!」
悠真は走り寄ろうとするが、エーリカが叫ぶ。
《接触は危険です!彼女は今、記憶そのものの“核”と融合し始めています》
「それでも、俺は——!」
悠真は一歩、そしてまた一歩と進む。
そのとき、彼の胸に光が差した。
懐から落ちたペンダント。
かつて、シアが残したもの。
「……覚えてる。俺は、お前のことを……忘れたりなんて、してない!」
その叫びに、微かに——シアの瞳が揺れた。
霧が、ほんの一瞬だけ晴れた。
「ゆ……う……ま……?」
かすかに漏れた声は、まぎれもなく、彼女のものだった。
——そして、ラグナ・リリスのエンジンが再起動し、霧の層を突き破っていく。
◆
《第四階層“忘却の霧”、突破を確認。次なる領域“真実の環”へ移行》
シアはまだ意識が戻りきっていなかったが、その手を、悠真は強く握っていた。
「もう、二度と……お前を、忘れたりしない」
彼の言葉は、次の戦いに向けた静かな誓いだった。
——そして、最後の試練が幕を開ける。
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