第57話「観測戦域《リフレクト・ホロウ》」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
その瞬間、世界が裏返った。
いや、“観測”が反転したのだ。
《ラグナ・リリス》が終末回廊から外宇宙観測面へと侵入したと同時に、艦を包む視界が白と黒の織りなす反射構造に変貌した。
上下左右の概念が曖昧になり、遠近もまた波打つ。
その空間を埋め尽くすようにして、霧のような波動体が接近していた。
「来るぞ……!」
悠真の叫びとともに、スクリーンに映し出されたのは、幾重にも重なった“観測の拒絶体”。
《再観測体》——死んだはずの観測情報が不完全に蘇り、意思を持たずして蠢く“虚無の集合体”。
《敵性反応多数、戦域全域に展開。最短接触まで残り十五秒》
「全員、迎撃準備。各記録武装、リンク・オン!」
《リンク・オン、完了。観測干渉率、上昇中——》
艦内が振動する。
次の瞬間、まるで“空間そのもの”が砲撃のように押し寄せた。
◆
衝撃が走る。観測圧が空間ごと捻じれた。
敵は実体を持たず、“こちらの観測情報”をもとに現出する。
つまり“見る”ことが攻撃になり、同時に“見られる”ことが破滅の端緒となる。
《第一次迎撃フェーズ、展開》
艦の外装部から光の翼のような魔導構造が展開し、七つの記録武装が艦と同調。
エリンの《輝界の書板》が展開した結界陣が前方を覆い、敵性波を跳ね返す。
「このままでは押し負ける……セラ、上層フィールドを!」
《了解。観測式、同期開始。第二層、展開》
セラが操作する補助端末が走り、空間に記録された“本来あるべき観測座標”が上書きされる。
すると敵の波形が一部歪み、破砕音とともに二体が崩れ落ちた。
「いける……こいつら、理屈で倒せる!」
悠真が叫ぶ。
だが次の瞬間、別の方向から激しい振動が襲う。
《右舷、局所観測破壊反応!再観測体・群体種、侵入試み中!》
「リオン! そっち任せる!」
「言われなくても!」
リオンの《レムナント=クレスト》が機構を展開し、艦体右舷から放たれる魔力の波動を拳で殴り返す。
「ぶっ飛べぇっ!!」
霧の塊が爆発音とともに吹き飛び、再構成すら叶わぬまま霧散した。
拳に宿るのは、彼自身の意志。
記録を打ち破る暴力的なまでの“存在証明”。
◆
「左、狙われてる……!」
シアが瞬時に演奏開始。
《滅音の竪琴》から放たれる音波が、敵の波動パターンを乱し、構造を無力化していく。
「静かにしてろって言ったでしょ……?」
響いた音が静寂を呼び、周囲に展開されていた敵性波がその場で停止する。
だがそれと同時に、新たな波形が艦体を包み込んだ。
《敵性観測構造、変化確認。自律反応型・位相適応体へと移行》
「うわ……今度は適応するタイプかよ……!」
ゼインが唇を噛む。
だが、その目は迷っていない。
「だったら、こっちもやるしかねえだろ。最奥干渉、いけるか?」
《可能。終端刃、位相限定出力で展開可能。制限時間、八十秒》
「十分だ。全部斬る」
ゼインの手に出現した《リベレイト・エッジ》が空間を断ち割るように動く。
まるで剃刀のように正確な軌道で、観測情報の“接点”を切断し、敵の存在そのものを消去していく。
「ゼインのやつ……すげえな」
リオンがぽつりと漏らす。
だが、まだ終わりではなかった。
敵は観測体の構造を利用し、《ラグナ・リリス》本体の記録にまで干渉を試みてきた。
◆
《艦体記録領域に浸潤の兆候。主記録、エーリカのコアにも波及の恐れあり》
「待って、それって……!」
エリンの表情が強張る。
エーリカは即座に応答した。
《わたしの観測は……皆さんに託します。これより、自己記録保護処理に移行》
「だめ、そんなの……!」
「エーリカ、自己遮断は最後の手段だ! 他に手はあるはずだ!」
悠真が声を張ると、システムが微かに間を置いて反応した。
《提案:記録武装を艦全体と強制同期。擬似的な“七重観測防壁”を形成可能》
「それでエーリカを守れるか?」
《成功率は……67%》
「十分だ。やれ!」
◆
艦内に鳴り響く警告音の中、七つの記録武装が艦体と完全に同調。
それぞれの意思が《ラグナ・リリス》の中枢と直結し、光の柱となって艦を包む。
観測されること。
記録されること。
その“証明”を力に変えて、彼らは敵の浸蝕を押し返していく。
やがて、艦の外周に展開された七色の光壁が重なり、敵の波動を一気に退けた。
《再観測体、撤退反応。敵性波形、減衰中》
戦闘が、一段落する。
沈黙の中、艦橋にはほっとしたような呼吸が広がった。
「……やった、のか?」
エリンが問いかける。
誰もすぐには答えなかった。
皆、汗をにじませ、ただその場に立ち尽くしていた。
だが、ふとエーリカの声が響いた。
《皆さん、ありがとうございます。わたしは……記録を維持できました》
その言葉に、エリンの目に光が宿る。
「よかった……本当に……!」
◆
「これで終わりじゃないよな」
リオンのつぶやきに、悠真がうなずく。
「ああ。だけど……乗り越えた。この艦も、俺たちも。確かに前に進んだ」
艦の奥深くで、再観測体の残滓が揺れている。
だがそれは、確かに後退していた。
この戦闘は勝利ではなく、観測の“突破”だった。
《次の領域へ進行可能です。扉が——開かれました》
艦橋の前方、虚空に浮かぶ門が、静かに開いた。
それは未知の空間への招待。
そして、彼らの旅が次の段階へと進む合図だった。
「行こう。次の“記録”へ」
悠真の言葉とともに、艦が進路を定める。
——戦いは終わらない。
けれど、彼らの意志は、どこまでも強く、どこまでもまっすぐだった。
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