第55話「記録の源泉、語られる始まり」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
静寂――
だが、それは音が失われたわけではなかった。
すべての“音”が、記録という名の層に吸い込まれているのだ。
《ラグナ・リリス》の艦橋に満ちるのは、まるで心臓の鼓動を逆再生するような、低く、深い“響き”。
外界に広がるのは、空間でも時間でもない、“記録”そのものが結晶化したような領域。
それが、《起源の間》。
記録の最深層に存在し、観測者すら“記録される側”に変わってしまうという、存在の揺らぎに満ちた場所。
「……これが、記録の源泉……」
悠真は、ゆっくりと視界を巡らせる。
空間は不規則に波打ち、時に壁のように立ち上がり、また時に床のように沈み込む。
そこに浮かぶのは、数多の“記録された過去”――
自分たちが異世界に転移した瞬間、仲間たちと出会い、戦い、失ったもの。
果ては、それ以前の記憶さえも、まるでスクリーンのように再生されていた。
「全部……視られてる。俺たちのすべてが、ここに」
ゼインが呟く。
その隣で、リオンが拳を握る。
「視られてるんじゃない。“記録されていた”んだ。最初から……ずっと」
「けど、それって……誰が? 何のために?」
シアが口を開いた。
彼女の声には、いつもの冷静さと共に、微かな戸惑いが混じっていた。
《ラグナ・リリス》のAI、エーリカが即座に応える。
《記録の収集主体は不明。だが、解析の結果、極めて高密度な“観測AI群”による蓄積が示唆されています。いわゆる“観測者”の中枢です》
「観測AI群……でも、それだけじゃ答えになってない」
セラが前に出る。
その瞳は赤と青、二つの光を帯び、異なる層を同時に見ていた。
「記録は、ただ集めるだけじゃ意味がない。そこに“意味づけ”をしたのは……誰?」
その問いに、空間の中心が揺れた。
まるで呼応するように、《起源の間》の核が浮かび上がる。
それは、人の姿を模した白銀の光体だった。
だが、その存在は“誰か”である以上に、“何かの代表”であることを強く印象づけるものだった。
《確認。記録の継承者たち──受信者コード、整合確認。》
その声は、全方位から、しかし耳ではなく“脳内”に直接響いてくる。
《汝らは、“観測された記録”の末端にして、始まりを紡ぐ者たち。来訪は予定されていた。いかなる偶然も、ここでは記録である》
「……あんたが、この記録の管理者か?」
悠真の問いに、光体は小さくうなずくような仕草を見せた。
《吾は《ナレイター》──すなわち、記録された全ての意志を読み解き、物語を成す“語り手”である》
「語り手……?」
レーフィが首を傾げる。
すると、空間が反応するかのように波打ち、一枚の“映像”が現れる。
そこに映っていたのは、見覚えのある光景だった。
悠真が釣りをしていた、あの最初の世界。
突如現れた嵐、そして不可解な水の渦。
その瞬間、空間が捻じれ、彼が異世界へ転移する。
「……俺がここに来た、“あの日”……!」
「それ、私の時とも似てる……」
エリンもまた、映像の中で自身の過去を目撃していた。
《すべての移動は“観測条件の一致”によって引き起こされたもの。汝らは選ばれたのではない。“記録に最も適合した存在”として、引き寄せられたに過ぎない》
その言葉に、一瞬、艦橋に沈黙が落ちる。
「……じゃあ、俺たちは、“誰かの意思”じゃなく、“記録の都合”でこの世界に?」
ゼインの声が低くなる。
だが、《ナレイター》は即座に否定した。
《否。記録に適合するとは、“意志”と“観測”が交わった結果。お前たちの選択こそが、観測を可能にし、記録を開いた》
「つまり……自分で決めたってことか」
リオンが静かに言った。
「俺たちは、選ばれたんじゃない。“選んだ”んだ。記録に抗ってでも、ここに来るって」
その言葉に、セラが頷く。
「だからこそ、ここにいる。そして、記録武装が変化したのも……意思が変わったから」
《ナレイター》の光が、再び揺れる。
《汝らが“観測者”であることを証明した今、次なる段階を開示する。記録武装──それは単なる力ではない。真なる姿は“記録そのものと接続する鍵”である》
「鍵……?」
《然り。すでに一部は発現している。“ディープフォーカス”、“クロノ・シグナル”、“オーバーライド”……それらは、記録の異なるレイヤーに接続する“モード”である》
「じゃあ、次の段階って……?」
悠真の問いに応えるように、《ナレイター》の光が分裂し、七つの輝きとなる。
それはそれぞれの記録武装と共鳴し、艦内を満たしていく。
《《記録覚醒フェイズ・レイヤー2:エンコード・コア》、解放開始──汝らに、“真の記録干渉権”を授ける》
その瞬間、艦体が震えた。
エーリカの声が響く。
《艦の主機に、別系統の干渉が……これは、“書き換え”ではなく“上書き”です!》
記録武装が、変化を始めた。
悠真の《ディープフォーカス》は、その形状を保ったまま、蒼い輝きを帯びる。
それは“過去への干渉”を意味する色。
セラの《トゥルー・オーバーライド》は、紅と碧の光を完全に融合し、“多重時間観測”の状態へ。
ゼインの《イレギュラ・コード》は、艦そのものと一体化し、情報干渉を操る“ナビゲート・モード”へと移行していく。
「これが……エンコード・コア……!」
リオンの《エグゼ・クレア》もまた、雷光を超え、観測妨害の解体と再構築を司る“観測解錠型”へと進化を遂げる。
《記録フェイズ2──完了。最終観測領域、“オリジン・ストレージ”へのゲート、開放可能》
《注意:進行後、現実世界への帰還は不確定となります》
その警告に、全員が顔を見合わせる。
だが、誰一人として、立ち止まる者はいなかった。
「俺たちは、ここまで来た。“誰かに記録される”側じゃなく、自分で“物語を書く”側になるために」
悠真の言葉に、全員が頷いた。
「行こう、“始まりの記録”を超えて──未来を“観測”するために」
ラグナ・リリスは再び、深淵へと進む。
その艦影の周囲を、七つの記録が、まるで星々のように輝いていた。
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