第54話「記録、継承される意志」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
――魔導潜水艦は今、終末回廊を越え、さらなる深淵へと進みつつあった。
それはもはや、海というよりは“観測されざる時空そのもの”への潜航である。
外界の景色は現実と幻の境界があいまいになり、視認できるもののほとんどが重力の波と干渉する記録粒子の集合体でしかない。
だが、それでも《ラグナ・リリス》の艦体は静かに、しかし確かに進んでいた。
《現在座標、時空層第九階層:観測境界層周縁。残響帯への接触まで、あと11分43秒》
「エーリカ、現在の機関安定度は?」
《魔導収束炉の安定率91.2%、推進圧は目標値以内です。記録武装との同調も正常。全員、今のうちに武装の再調整を》
指示を聞いた悠真は、自身の手元にあるデータ端末を起動した。
「……《コード:ディープフォーカス》か。相変わらず燃費が悪いな」
苦笑交じりに呟きつつ、彼はふと自らの《記録武装》に宿るコアの光を見つめる。
――かつて《プロト=イデア》として発現したその力は、《終末回廊》での戦いを経て、“深層観測”に特化した形へと変化していた。
あの時は一時的な覚醒に過ぎなかったが、今の彼にはそれを制御する力がある。
「ねえ、悠真くん。さっきの“ディープフォーカス”って、前に使ってた“プロト=イデア”とは別物なの?」
エリンが控えめに尋ねる。
彼女の隣では、《記録武装:アナムネシス・レイ》がゆらりと揺れていた。
「ううん……根っこは同じだよ。変わったのは“形”と“焦点”かな」
「焦点?」
「うん。記録武装は、使い手の観測意志に応じて形を変える。俺が深く観たいと望んだ時、それに応じて《ディープフォーカス》へと進化した。いわば、“同じ武装の、異なる焦点モード”ってやつだ」
「へえ……」
興味深げに頷いたエリンは、自らの武装を見つめた。
「じゃあ、私の《レイ》も、前に一度だけ現れた“クロノ・シグナル”って……」
「うん。それも、同じ原理。あれは時間認識が極端に強まった時だけ出現する特殊モード……だったな」
その言葉に、セラがやや鋭い眼差しで振り向く。
「つまり、“記録武装”とは固定された武器じゃなくて、使い手の観測と意思によって“変容”する……そういうものなのね」
「そのとおりです。観測者としての資質が高まるほど、武装は進化し、あるいは分岐します」
エーリカの補足に、ゼインが小さく笑う。
「俺の《イレギュラ・コード》もさ。以前はただの演算補助だったけど、今は艦の情報層と直結できる。おかげで、さっきの侵入者の時空構造、ほとんど解析できたし」
「すごいな……」
そう呟いたのはリオンだった。
彼の手には、かつて《封剣:クレア=フェリオ》と呼ばれた記録武装がある。
だが今、その刃は雷を纏い、“観測抑制”を中和する特性を得ていた。
「《雷解》って名前、仮で付けたんだけど……もう少し正式なやつが欲しいな。進化版の称号みたいな」
「センスなら、セラに頼めばいい。彼女、命名センス良いから」
そう言ったのはレーフィだった。
彼女の記録武装《言霊鏡:フォルス・リート》は、既に第二形態に達している。
言葉の真意を読み解き、相手の精神の“発話されざる言語”さえ翻訳するそれは、戦場では予知に近い働きをする。
「リオンの新形態は、“エグゼ・クレア”とかどう? “クレア=フェリオ”の意思を受け継ぎつつ、実行するって意味で」
「おっ、いいじゃん。採用で」
一同に微笑みが広がる。
だが、空気はすぐに緊張へと戻る。
《残響帯接触まで、あと1分。全艦、観測防壁を最大展開してください》
その瞬間、艦内の光がゆっくりと暗転し、赤い警告色へと変化していく。
「来るよ。向こうが……また“こちら”を覗く」
ゼインの声に重なるように、ラグナ・リリスの前方に異様な歪みが出現した。
そこには“形を持たない目”が複数重なり合い、時空の壁を通して何かを“注視”していた。
《敵性観測存在群、確認。構造名:インフィニット・アイ。解析不能。観測干渉率72%》
「観測干渉が……高すぎる!」
悠真が叫ぶ。
「このままだと、こっちの記録が書き換えられる!」
だが、その時だった。
「なら、こちらも……観測を上書きする」
セラが《紅碧ノ鍵》を掲げる。
彼女の瞳が赤と青の輝きを宿し、その武装が別の形――《コードネーム:トゥルー・オーバーライド》へと変貌した。
「記録、解錠。過去、現在、未来――全てを同時に見据えろ!」
空間が激しく震え、干渉率が一時的に逆転する。
観測の力がぶつかり合い、《ラグナ・リリス》は突撃を敢行――そして、残響帯の境界線を越えた。
そこに広がっていたのは、星々の海でもなく、虚無でもなく。
それは、“記録”そのものが空間として構成された、名もなき《起源の間》だった。
「……ここが……観測境界層の中枢」
悠真が言う。
「ここで、全てが繋がる。俺たちが辿ってきた記録……武装の進化も、戦いも、その意味が」
彼の言葉に、エリンが小さく頷く。
「きっと、ここで見つかるよね。私たちが、なぜこの世界に呼ばれたのか」
そしてゼインが静かに言った。
「記録の継承者として、俺たちは過去だけじゃなく、未来も“観測”しなきゃならない」
リオン、セラ、レーフィ、シア――全員が、自らの武装を再確認する。
「“形が違っても、記録はひとつ”……か。カッコいいじゃん、悠真」
「……俺、そんなこと言ってないけどな?」
そのやり取りに微かな笑いが生まれた――そして、全員が再び前を向く。
観測の向こう側、最深域の最奥へと。
そこにはまだ、語られざる記録が待っている。
《次なる階層へのゲート、開放可能状態に移行しました》
「行こう。終わりじゃない。ここが……“本当の始まり”だ」
ラグナ・リリスは、ゆっくりとゲートを抜けていく。
その艦影を、時空の記録がそっと包み込むように消していった――
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