第19話「歪なる記憶と空白の少年」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
門の向こう側――歪んだ空の下、ラグナ・リリスは静かに着水していた。
浮遊する岩塊群の合間を縫うように、淡く光る川が空中を流れ、植物とも機械ともつかぬ“存在”たちが漂っている。
《この領域は……物理座標の概念が破綻しています。艦内機能の30%が低下中。緊急対応モードへ移行します》
エーリカの声が一瞬ノイズ混じりに揺れた。
だがその背後では、あの門を越えた者たちの誰もが、未だ揺れる衝撃の中にあった。
「……さっきの“少年”……何者なの?」
セラの声はかすかに震え、目線は今なお門の方を見つめていた。
だが、そこにはすでに扉は存在せず、ただ霧と亀裂の空間だけが残されている。
悠真は、セラの肩にそっと手を置いた。
「俺も……何か、知ってる気がする。でも、それが“思い出せない”んだ」
――奇妙な感覚。まるで、大切な記憶だけが意図的に“抜かれて”いるような。
「記録には、彼のような存在……記されてなかったはず」
エリンが端末を操作しながらつぶやく。
「いや、違うな……過去の“幻視記録”には似た影が出てた。『黒衣の管理者』って名だけが残ってる」
シアが端末を覗き込みながら、眉を寄せた。
《彼は“断片”のひとつ……かもしれません》
エーリカが補足するように続ける。
《ここには、選ばれなかった未来が蓄積されている可能性があります。“歪んだ記憶”の倉庫、あるいは——“断章の世界”》
「……断章?」
セラが反応し、そのとき、艦内アラートが鳴り響いた。
《生命反応検出。艦底付近にて反応数:1》
悠真がすぐに跳び出し、外へと出た。
霧の中、確かにひとり、地面に倒れている小柄な影があった。
少年。
いや、確かに“さっきの少年”に似ている……けれど、雰囲気がまるで違う。
「……だれ、だ……きみたち……?」
その少年は、蒼白な顔をゆっくりと上げ、苦しげに言葉を紡ぐ。
「ここは……どこ……? ぼくは……なんで……?」
悠真がそっと手を差し伸べると、彼は戸惑いながらもそれを握った。
「記憶が……ない。何も思い出せない。名前も、どうしてここにいるのかも……全部、真っ白で……」
セラが近づき、じっとその瞳を覗き込む。
「嘘じゃない……この子は、本当に“空っぽ”だわ。心の奥に、何も……感じ取れない」
だがそのとき、彼の首筋に浮かぶ微かな刻印に、悠真は目を見開いた。
「……それ、“門番”の紋章と似てる……?」
かすれた文様、けれどセラの紋章と同じ構造を持つそれは、光を当てるたびに別の形に見えた。
《断片情報照合中。該当データ発見。……彼は、“観測記録者”の素体である可能性があります》
「観測記録者……?」
エーリカの解析が続く中、少年が再び苦しげに呻いた。
「だめだ……また、誰かの“声”が……脳に、直接、入ってくる……っ!」
その瞬間、艦内全域に、共鳴するようなノイズが広がる。
《警告:艦外より高次情報干渉を確認。精神浸蝕の危険あり》
「エリン、シールド強化を! セラ、彼を守って!」
悠真が叫びながら、周囲の空間に目を走らせる。
霧の奥――そこに、“何か”がいる。
《ここではない未来を侵す者よ。警告する。記憶の棺を開くな》
あの“黒衣の少年”と同じ声。
けれど、今回は艦内すべてに響いていた。
「この子は記憶を奪われた……それも、故意にだ」
セラがきっぱりと告げる。
「そして、その理由はきっと……“門”の存在と関係してる。彼の中に何かが隠されてるのよ」
「だったら、取り戻してやらなきゃ。記憶も、存在も、ここで生きる“意味”も」
悠真の言葉に、少年の表情がわずかに揺れる。
「……信じて、いいの?」
「当たり前だ。俺たちは、戻らないって決めてここに来たんだ。だったら……君のことも見捨てない」
ふっと、少年の掌が光る。
そこに浮かび上がったのは、半壊した“封印紋”。
《彼の封印は不完全です。慎重に解除を……》
だが、その言葉が終わるより早く、艦外から再び警告のような轟音が響いた。
《敵性反応、複数接近中!》
「またか……!」
だが今回は、以前とは異なる気配だった。
シアが眉をしかめた。
「さっきの連中と違う。もっと……知性がある。こっちの動きを読んでる気配がする」
霧の中、シルエットが現れる。
それは人のようで人でなく、獣のようで獣でない、“観察する者”たち。
その背後で、無数の目が、ラグナ・リリスを見つめていた。
そして、声がする。
《観察は終了した。次は、“選別”だ》
選ばれる者と、拒絶される者。
そして、記憶を奪われた少年の“正体”とは。
物語は、さらに深く、霧の奥へと踏み込んでいく。
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