第13話「記憶の迷宮と黒き紋章」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
「君の名前、ほんとうに覚えてないのか?」
ラグナ・リリスの医療区画。
簡易的な検査ベッドの上で、少年は力なく頷いた。
「はい……。気がついたら、冷たい海の中にいたんです。誰かに呼ばれたような気もしたけど……それも、夢かもしれない」
「記憶喪失……それも、魔導的干渉を受けた可能性が高いです」
シアが言いながら、彼の腕に刻まれた黒い紋章に目を落とす。
それはラグナ・リリスの艦長である悠真のものと、ほぼ同じ構造を持つものだった。
ただし、中心部の“核紋”の意匠が異なり、闇のような色を帯びていた。
《艦長、その紋章の一部に、“プロトタイプ艦”に関係する設計情報が含まれている可能性があります》
「プロトタイプ艦……?」
《はい。ラグナ・リリス以前に開発された、実験的魔導潜水艦の存在が古文書に記されています。その乗員、あるいは継承者だった可能性が……》
悠真は眉をひそめ、少年にそっと尋ねた。
「君さ、自分が“ここ”に来る前の、最後の記憶ってなにかある?」
「うーん……あったような……」
少年は苦しげに頭を押さえたあと、ぽつりと言った。
「“深紅の塔”……という言葉が、浮かびました」
「深紅の塔……」
「それって、もしかして──」
エリンが声を上げようとした瞬間、艦内にアラートが鳴り響いた。
《外部より、救難信号を検出。識別不明の魔導通信。場所は……南西、海底遺跡“デル=ロッサ”周辺》
悠真たちは目を見合わせた。
先ほどの戦闘によって露出した遺跡群。
その中にまだ、誰かがいる──それも助けを求めている?
「行ってみるしかないな」
悠真はすぐに決断する。
少年もふらりと立ち上がり、言った。
「僕も……行きます。何か、思い出せる気がする」
「無理しなくていい」
悠真は優しく言ったが、少年は目を伏せて首を振った。
「でも……体の奥が、“ここに行け”って叫んでるんです。これは……きっと僕の道なんだと思う」
──少年の言葉に、誰も反論できなかった。
ラグナ・リリスは海底遺跡デル=ロッサへ接近する。
その入り組んだ石柱と崩れかけたドーム状の建造物は、かつてこの海域に高度な文明があったことを物語っていた。
「この遺跡、誰かが掘り返した形跡があるわ」
シアが観察しながらつぶやく。
《生命反応、複数検出。ただし……すべて微弱。生存確率は低めです》
「間に合うかもしれない。すぐ降りるぞ!」
悠真たちは再び《アクアギア》を装着し、外へと出た。
海底遺跡の中には、透明な膜に包まれた空間が存在していた。
その中には、壊れかけた魔導カプセルが並び、さらに中央には、意識を失って倒れている人物の姿があった。
「……女の子?」
黒く波打つ長髪、破れた制服。
その少女は、明らかに“こちらの世界の服”ではない装いをしていた。
悠真がそっと脈を測る。
「まだ……生きてる!」
彼はすぐに通信を開いた。
「エーリカ、転送装置を使って医療区画に搬送してくれ!」
《了解。対象を転送します》
淡い光に包まれて、少女の体は艦へと送られていった。
「こんなところに、俺たちと同じように“転移”してきた人が……?」
「しかも女の子……ね」
エリンの視線が、僅かに刺さる。
悠真は肩をすくめて笑った。
「何か言いたいことでも?」
「別に。ただ、あたしもそうやって拾われたんだなぁって思って」
そこへ、少年が遺跡の奥を見て立ち止まった。
「ここ……知ってる。昔、ここに“いた”気がする」
「記憶が戻ったのか?」
「いえ……でも、この空気、この色、この壁の刻印。全部、体が覚えてる……」
そのとき、遺跡の最奥から、突如音が響いた。
機械と魔導の合成音──それは明らかに、別の存在の目覚めを告げていた。
「何か来る! 急いで戻るぞ!」
三人と少年はラグナ・リリスへと撤退を開始する。
直後、遺跡の床が崩れ、黒い触手のような魔力が溢れ出た。
「これは……“瘴魔”だ!」
シアが叫ぶ。
魔導実験の失敗や、異界干渉によって生まれた魔性の存在──それが瘴魔と呼ばれる厄災だった。
《ラグナ・リリス、対瘴魔防御展開。艦内への侵入は防ぎますが、接近戦は危険です》
「エリン、後ろ! 来る!」
エリンが魔弾で瘴魔を撃ち払うが、数は減らない。
「悠真、指示を!」
悠真は冷静に息を吸い込み、叫んだ。
「全員、艦に戻れ! ラグナ・リリス、魔導障壁展開後、《海底殲滅術式:エシュラ・ノア》を起動!」
《了解。術式起動まで、カウント10》
仲間たちが艦に戻った直後、術式が発動した。
海底を覆う魔導陣が展開し、蒼き光が遺跡一帯を包む。
爆発のような輝きとともに、瘴魔の気配は完全に消えた。
「……遺跡、壊しちゃったかも」
「瘴魔ごとなら仕方ないでしょ。命が最優先」
悠真は艦内に戻ると、医療区画に運ばれた少女の様子を確認する。
「……う、ん……」
目を覚ました少女が、かすれた声で呟いた。
「……あたし、結城って人を……探してて……」
悠真は言葉を失った。
まさか──自分の名を、この世界で呼ぶ人間が他にもいるとは。
物語は、静かに次の扉を開ける。
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