第1話「深淵より、目覚める者」
興味を持って覗いていただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー3。
ゆっくり投稿していきたいと思います。
潮の匂い。
風のささやき。
海面に反射する陽光が、まるで宝石のように輝いている。
「……釣れねえなあ」
そうつぶやいたのは、大学三年生の結城 悠真。
趣味は釣り。
バイトのない休日は、こうして海に足を運ぶのが彼の至福の時間だった。
別に釣果にこだわっているわけでもない。
ただ、静かな水面を見つめながら、日常のざわめきから逃れるこのひとときが好きだった。
けれど——
「……ん? なんだ、あの雲……?」
水平線の向こう。
さっきまで晴れ渡っていた空が、にわかに黒い雲で覆われていく。
まるで絵筆で塗りつぶすように、世界の色が変わっていった。
「ちょっと、早すぎないか……?」
冗談抜きで、五分も経たないうちに海は牙を剥いた。
轟く雷鳴、叩きつける雨。
風が唸り、悠真の帽子をさらっていく。
逃げる間もなかった。
突如として巨大な波が立ち上がり、悠真の乗った小さな釣り船を呑み込んだ——。
* * *
……冷たい。
体が、重い。
息が、できない。
だが、水の中にいるという感覚は、なぜか希薄だった。
代わりに、奇妙な静けさと、規則正しい低音の振動が体を包んでいた。
そして——目を覚ます。
天井は、艶のある黒鉄。
鈍く光るラインが幾何学的な模様を描き、まるで生き物の脈動のように明滅している。
「……どこだ、ここ……」
悠真はゆっくりと起き上がった。
全身がずぶ濡れだったが、寒さはあまり感じない。
いや、それ以前に、酸素がちゃんとある。水中じゃない。息ができる。
彼の正面に、それはあった。
宙に浮かぶようにして設置された、黒曜石のような光沢を持つ《プレート》。
その中央に、うっすらと人間の手のひらを模した光が浮かび上がっている。
「これ……押せってことか……?」
無言の誘導。
拒絶の気配はない。
疑問と不安を抱きながらも、悠真はゆっくりと手を伸ばし、その光に触れた。
——その瞬間。
激流のような情報が、頭の中に雪崩れ込んできた。
記号。言語。設計図。動力理論。魔導式制御。立体構造演算。
「ぐ……ああああっ……!」
思考が焼き切れるかと思った。
だが、意識が飛ぶことはなかった。
数分。
いや、数秒だったのかもしれない。
嵐のような情報の奔流が収まったあと、悠真は息を吐いた。
「……これ、潜水艦? でも、普通のじゃない……魔力? 魔導? ……異世界……?」
脳に直接埋め込まれた知識は、彼に明確な答えを与えていた。
ここは、魔導潜水艦。
かつて、この世界のとある大国が極秘に建造した、超大型の移動型戦略拠点。
海底深くを航行しながら、情報収集・戦略行動・戦術支援・小規模国家の制圧すら可能とされる、規格外の存在。
そして今、この艦は——
《……起動シーケンス、完了。》
不意に、女の声が頭の中に響いた。
いや、違う。耳からではない。脳内に、直接。
《オペレーター認証完了。新たな艦長が登録されました。ようこそ、異界の来訪者。私はこの艦の統括AI、エーリカです。》
「……AI?」
《はい。あなたは、《ラグナ・リリス》の新たな指揮官として選定されました。》
唐突すぎる状況。
信じがたい話だが、頭の中に流れ込んだ膨大な情報が、それを現実として裏付けている。
ここは異世界。
魔力というエネルギーが存在し、科学と魔術が融合した文明が築かれている世界。
そしてこの艦は、そんな世界の“深淵”に封印されていた最後の遺産。
「……俺、どうして……」
《理由は不明です。ですが、あなたはこの艦を動かす資格を持ち、異界よりこの地へと来た——転移者です。》
転移者。
よくあるファンタジー小説の主人公みたいな設定だが、今の自分にとっては冗談では済まない。
「……帰る方法は?」
《現時点で、帰還手段は確認できません。ですが、異界接触の痕跡は残っています。この世界を探索することで、糸口は得られるかもしれません。》
帰る方法を探すために、この艦で異世界を巡る——そういうことか。
「ふざけてる……でも、動ける手段があるだけマシか……」
悠真は、目の前に現れたホログラム状のコンソールを見つめる。
まるでゲームのUIのような、視覚情報インターフェース。
その一つを指先で選ぶと、艦内の現在位置が示された。
場所は海底、おそらくこの世界の中央海域。
水圧と魔力障壁によって外部からは完全に遮断されており、今のところ安全は確保されている。
《艦内システムの90%が正常稼働中。補助施設の一部は眠っていますが、艦長の指示により再起動可能です。》
「……本当に、俺がこの艦の艦長……」
現実味がなさすぎる。
けれど、すべてがその事実を告げている。
ここは、魔導潜水艦。
そして、自分はこの艦の主。
——ならば。
「まずは、できることからだな……この世界を、生き抜くために」
覚悟を決めたその瞬間、コンソールの一点が明滅を始めた。
《外部魔力反応、探知。距離約12キロ。艦への接近軌道を検出しました。》
「……もう何か来たのかよ……」
新たな世界。未知の海域。
そして迫る、最初の接触。
悠真は立ち上がり、覚悟を込めて言った。
「よし……ラグナ・リリス、出撃準備だ」
——異世界の深海から、物語は静かに幕を開ける。
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