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正典  作者: 大自然の暁
プロローグ
5/15

吸血鬼 2

 彼らの『能力』が発動した。

 皆、仲間の無事をを確認した。

 

「うっ……、フェニックス、無事か?」


「……ギリギリ。」


「そ、それはよかったわ。本当に……。」


 ドラゴンフライは立ち上がって周りを見回した。

 『死神』は森の中で倒れていた。しかし、その森は先ほどのようなマングローブではなかった。

 周囲に生えているのはマングローブのような木ではなく、日本でもよく見られるような、ブナ、ミズナラ、カエデに似ていた。

 その周辺に吸血鬼の姿は見えない。


「嫌な気候だ。砂漠でも出てくれれば砂塵で形が見えてたかもしれないのに。」


「ちょっと! 文句言わないで頂戴! ランダムなんだからしょうがないでしょ!」


「文句じゃないさ、願望だよ。それで……何が起きたんだ?」


 その問いに対して、全てを答えられる人間はここにはいない。

 だが、分かることだけを話すことはできた。

 まず、話し出したのはキャッツスターであった。


「わたしが『Miniature Garden』を発動させたのは見れば分かると思うけど、皆も知っている通りこの『能力』には制限があるの。」


 『Miniature Garden』の制限。それは15立方メートル以下の空間内でしか発動できない、というものである。つまり、屋外では発動することができない。


「あの時はドラゴンフライが『MFC』をぶった切った所為で『能力』の発動条件が整っていなかったの。多分あそこで……。」


「ああ、おれだ。」


 キャッツスターが視線を送ると、カメレオンが返事をした。


「おれが『MFC』を修復した。」


「なるほど、素晴らしいコンビネーションだ。」


 ドラゴンフライは拍手した。


「ドラゴンフライとフェニックスは何かしたの?」


「俺はな、吸血鬼に『Way To Hero』を埋めたんだ。」


 その言葉にキャッツスターは少し考えたが、合点がいったように手を叩いた。


「ああ! なるほどね! 『Way To Hero』は絶対に……。」


「そうだ、絶対に()()()()()()。だから俺は今、吸血鬼の居場所を把握している。」


 ドラゴンフライは自身の右方向を指した。

 全員がその方向を見る。


「奴はあっちに居る。」


「おれの『MFC』は()()ある。今は使用できない。徒歩で行くしかない。」


 キャッツスターはため息を吐いた。


「そこがわたしの『能力』の強みであり、弱みでもあるのよね……。」


「いや、どうやらその必要がなさそうだ。奴さん、こっちへ向かってくるぞ!」


 その瞬間、剣の柄が飛んできた。しかし、その根元に吸血鬼が居ることは皆が理解していた。ただ1つ問題があるとすれば、誰一人として攻撃手段を持たないことだった。


「……私を……忘れてない?」


 彼女を除いて。

 突然、木が動いた。それは自身の根を触手の様にしならせ、吸血鬼を捕獲した。


「……トレント、……ぐっど。」


 彼女は己の『能力』で、吸血鬼に吐き出されて死んだスライムを、木に擬態するトレントという魔物に転生させていたのだ。

 それは、キャッツスターが『Miniature Garden』を使い、自身を守ってくれるという信頼に基づく行動だった。

 彼女は自身の命を守ることよりも、吸血鬼を倒すための道を用意した。

 トレントは見えない何かを必死に掴んでいた。


「ありがとうよ! フェニックス!」


 ドラゴンフライは吸血鬼のそばまで駆け寄った。

 そのまま、トレントに捕まっていて動けない吸血鬼に埋まった柄を握った。

 彼の剣はどんな物でも切り裂くことが出来る様に見える。

 しかしその実、切り裂いている訳ではないのだ。

 ドラゴンフライの『Way To Hero』は常に埋まっている剣だ。

 一見引き抜けているように見えても、それは地面に埋まっていたのが空気中に変わっただけである。

 常に埋まっているから、刃を見ることはできない。

 そして埋まるということは、埋まるための空間が必要である。

 彼の『Way To Hero』は、その刃を埋めるためにあらゆる物に空間を作り出す。

 その結果、万物を切り裂く絶対真剣が生まれたのだ。

 その剣は誰にも抜けない。

 その資格を持たない。

 今は、ドラゴンフライ自身でさえも。

 だが、抜けずともそれを振るうことはできる。

 台座ごと剣を振るえば、抜く必要はどこにもない。

 只、在るが儘の路を往け。

 彼はその剣を振るった。

 吸血鬼の体は確実に切り裂かれた。


「これで死んでくれると楽なんだがな。」


「……そう簡単には……いかないみたい。」


 『Way To Hero』で吸血鬼をバラバラにしたが、それと同時にトレントの根まで切ってしまった。

 吸血鬼は恐らく脱出したのだろう、トレントは辺りに新しい根を伸ばして吸血鬼を探していた。


「あーもう! こんなのどうしようもないじゃない!」


「うーん……。実は1つだけ可能性を思いついたんだ。」


「……どんな……可能性?」


「いや、実はずっと思ってたんだよ。」


 ドラゴンフライはバラバラになったトレントの根を見ながら言った。


「吸血鬼は『龍の逆鱗』を()()()()()()()()()()()()ってさ。」


「どこにって……それはあいつの体内でしょ? 透明なんだから当然見えないわよ。」


「それだと矛盾が生まれるんだ。」


「?」


 ドラゴンフライは手を花の様に開いた。


「だって吸血鬼は()()()()()()()()()()()()()()。あいつは見えないけど、カメレオンだとかタコみたいな擬態じゃないんだ。ただ透明なだけで、つまりは体内に『龍の逆鱗』があれば外から見えるはずなんだ。それに、『龍の逆鱗』は壊れない。だから仮に吸血鬼が体内に持っていたとしても、切れば取り出せるはずだ。」


「つまり……、どういうこと?」


 ドラゴンフライは続きの言葉を紡ぐ。

 それが希望の言葉か、はたまた絶望かは誰にも分からない。

 ただ1つ分かること。それは彼の言う通り、可能性だけだった。


「あいつは『龍の逆鱗』を持っていない。」


 少なくとも現在は、絶望の可能性の方が高いかもしれないが。

 それでも……、可能性がある。


「……勝てる……可能性が……ある。」


「ちょっと待ちなさいよ! 例え勝ったとしても『龍の逆鱗』が無いなら意味ないじゃない!」


「いや、あるんだ可能性だけが……。」


「キャッツスター、まずは聞こう。おれも理解できていない。」


「そうね……、聞きましょう。」


 ドラゴンフライは、唯一の可能性を語る。

 賭けとも言えるような小さな可能性を。


「吸血鬼は二体いる、可能性がある。そしてそいつが吸血鬼の再生をしていると思う。」


「二体!?」


「なるほど、それが可能性、か。」


「そうだ。この空間はキャッツスターの『Miniature Garden』によって、完全に外から遮断されている。」


「ええ、そういう『能力』だもの。」


 キャッツスターの『Miniature Garden』はその名の通り、箱庭を作り出す『能力』である。

 15立方メートル内の空間を歪めて、その中に新たな世界を生み出す。

 その世界には動物が存在せず、大地と、海と、植物のだけの世界。

 唯一入れる動物は、15立方メートル内にいた者だけ。

 その世界は、地球上に存在するランダムな気候を基に形成される。

 今回は温暖湿潤気候。その前は熱帯雨林気候。

 そして、その箱庭が外部に侵されない理由が存在する。

 『Miniature Garden』が発動している間、外部の時間は完全に停止している。

 箱庭は何れ楽園と成る。

 このキャッツスターの『能力』が可能性なのだ。


「再生には必ず絡繰りがあるはずだ! そしてこの『Miniature Garden』では外との繋がりは完全に断たれている。ならば、この場所にいるはずなんだ! 俺たちが戦っていた方とは別の、擬態ができる方の吸血鬼が!」


 ドラゴンフライは、興奮しながら続けた。


「つまり、『MFC』の中にそいつがいるはず! キャッツスター!『能力』を解除しろ!」


「分かったわ! 『Miniature Garden』!」


 周囲の景色が変わっていく。

 どんどんと機械的な物が見えてきた。

 そして気が付いた時にはすでに『MFC』の中にいた。


「この狭い空間内なら、直ぐに見つけられるはずだ。」


 彼らはフェニックスを中心として、陣形を組んだ。

 その時、キャッツスターから血の線が伸びていた。

 一瞬遅れて、ドラゴンフライは『Way To Hero』を使い、その触手を切り落とした。

 キャッツスターは急激に血を抜かれてよろめいた。

 吸血鬼の体が現れる。

 しかし直ぐに、色は消えた。


「なにっ!」


 ドラゴンフライが驚いたのも束の間、空中から蛇腹剣が生えた。

 吸血鬼は血液中の鉄分を用いて、武器を生成したのだ。

 その刃が彼らを襲った。

 しかし、その攻撃は突然現れた壁により防がれた。


「『MFC』、今度こそは守って見せよう。」


 カメレオンはそのまま『MFC』を操り、吸血鬼を捕捉した。


「捕まえた!」


「よし、そのまま逃がすなよ。」


 ドラゴンフライは壁の奥へと向かった。

 もう一体を探しに行ったのだ。

 捕まえた、と安心したカメレオンは、ある違和感に気づいた。

 その違和感は自身の腕から来るものだった。

 そこを見ても何も無かった。

 しかし、依然として異常は感じていた。

 彼はよく観察した。

 そして、発見した。

 彼の血管が膨らんでいる、ということに。


「!」


 カメレオンはそのことを伝えようとしたが、声が出ない。

 腕の感覚はもうなかった。

 麻酔だった。

 蚊に刺されても痛みを感じない。

 それは蚊の唾液に、麻酔の効果があるからである。

 吸血鬼もそれと同様なのだろう。

 痺れていった。

 何とかして伝えなくてはならない。

 しかし、彼の痺れに影響されて『MFC』も動かない。

 他のメンバーは皆、カメレオンに注意を向けていない。

 だが、一体の吸血鬼は拘束できているはずだった。

 ならば、今カメレオンに攻撃を仕掛けているのは、もう一体の吸血鬼だ。


「皆、何か分かったことはあるか?」


 ドラゴンフライは『MFC』内の至る所を触っていた。

 見えないのならば、触って確かめるしかない。


「……分からない。」


「わたしもよ。カメレオンはどうかしら?」


 皆の目がカメレオンに向いた。


(皆、気づいてくれ!)


「カメレオン? どうしたのよ。」


 動かないカメレオンを見て、キャッツスターは訝しんだ。

 そしてカメレオンへと近づいて行く。

 ゆっくり、慎重に。


(そうだ、それでいい。)


 だが、事態はカメレオンの想定外の方向へ向かった。


「いたぞ! もう一体、吸血鬼が!」


「!!」


 カメレオンの血管はまだ膨らんだままであった。

 これは吸血鬼の触手が入り込んでいる証である。

 もう一体いることはあり得ないはずだった。

 キャッツスターとフェニックスはドラゴンフライの言葉を聞いて壁の奥へと向かった。

 それを見て、彼は漸く気が付いた。


(逃げられている。)


 彼が捕らえていたいた方の吸血鬼はすでに逃げていた。

 そのことを感じることが出来ないほどに彼は弱っていた。

 その時、彼の視界が風の動きを捉えた。

 吸血鬼が動いており、そのために風が動いたのだ。

 その軌跡はまるで踊っているようで、勝利を確信したかの様だった。

 風の動きは段々とカメレオンの首元へと向かっていた。


(血を吸うつもりか。)


 フェニックスが近くにいない今、血を全て吸われてしまえば再生の余地もなく彼は死ぬ。

 吸血鬼は勢いよくカメレオンの首元を狙った。


(馬鹿め。)


 その体は何かに貫かれた。

 透明な何かが、透明な吸血鬼を刺したのだ。


(お前らはよく人の首を狙っていた。だからそこに罠を仕掛けておいた。)


 吸血鬼はその場を離れようとした。

 しかし、その所為でカメレオンの手首に刺していた触手が離れた。

 カメレオンの痺れはたちまちに治った。


「なるほど、刺している間だけ人を痺れさせる『能力』か。」


 吸血鬼が逃げる前に、カメレオンは自身の血を撒いた。


「これが早かったな。」


 吸血鬼は見える様になった。

 その見た目は、まるで心臓をそのまま取り出したかの様だった。

 だが、『MFC』に攻撃手段はない。


「ないならないで、作ればいい。」


 カメレオンは『MFC』の形を変形させた。

 『MFC』は銃などの複雑な形にすることはできないが、原始的な攻撃ならできる。

 カメレオンは人型を形成した。

 そして、思い切り殴った。

 吸血鬼は吹き飛んだ。

 ドラゴンフライ達の方へ。


「こいつだ! こいつがもう一体の方だ! そっちにいたのはおれが捕まえていた方の吸血鬼だ!」


「よく分からんが、何かされてた様だな。まあいい、『Way To Hero』!」


 ドラゴンフライは飛んできた吸血鬼に向かってその剣を振るった。

 吸血鬼の体は真っ二つに切り裂かれた。

 そしてその中から、『龍の逆鱗』が出てきた。

 それを手にしたのはドラゴンフライ。

 彼らは可能性を見事に掴んだのだ。

 そして一歩、人類の破滅に近づいた。





 マングローブの森を私と、父と、秘書さんで歩いていた。

 歩き始めて暫くするが、未だに何の変化も訪れていない。


「お父さん、これ何なんですか?」


「多分そういう『能力』なんだろ。俺からしたら、メグミちゃんが『能力』を持っている方が驚いたよ。」


「お父さんは持ってるの?」


「ああ、もちろん。だかここでは使えないようだな。」


「本当に持ってるの?」


「俺がメグミちゃんに嘘を吐くわけないだろ?」


 父に聞いても仕方が無いので、私は秘書さんに質問した。


「秘書さん、これ本当ですか?」


「ええ、本当です。」


「娘が俺のこと全然信じてくれない件について。」


「どうやら、世間でも五月蠅い父親は嫌われる傾向にある様です。」


「世知辛い世の中だよ、ホントに……。」


 父は嘆きながら先を歩く。

 その背中を見ながら、暗殺について聞くべきか迷う。

 聞いてもいいものだろうか。

 もし聞いてしまったら始末されそうで怖い。


「ああ、そうだ。メグミちゃんに言っとかないといけない事があったんだった。」


 父は振り返りながらそう言った。


「何ですか?」


「メグミちゃん、俺の子じゃないんだよね。」


 その口調は軽かった。

 まるで、買い物のリストに入れ忘れた物を言うかの様に、普段と変わらない声色で言った。


「……え?」


 オレノコジャナイ。

 私は一瞬だけ日本語が分からなくなった。

 一拍遅れて理解した。


「托……卵?」


「いやいやいやいや、違うから! 何でその発想になったの! 普通に孤児を引き取っただけだから!」


「ああ、よかったです。お母さんが不貞を働いたのかと勘違いしてしまいました。」


「よかったで良いのか?」


「勿論です。どちらかの遺伝子しか持っていないと気まずいですが、どちらの遺伝子も持っていないなら気は楽です。」


「そういうもん……なのか?」


「そういうものです。」


 父はため息を吐きながら頭を掻きむしった。

 しかし、直ぐに考えるのを諦めたかのようで、私に微笑んだ。


「メグミちゃんがいいなら良かったよ。」


「はい。」


「あともう一個言わないといけないんだけど。」


 まだあるのか。

 隠し事が多すぎるだろ。


「なんですか?」


「メグミちゃんの生まれだ。実は……。」


 しかし、その続きが紡がれる事は無かった。


「お父さん!?」


 父の腹から剣が生えていた。

 それは戦闘用というよりも、儀式で使うような装飾が施されていた。

 その剣を持っていたのは、秘書さんだった。


「そんな長い物、どこから取り出したんですか?」


「答える必要性を感じません。いや、もう秘書ではないんだし、演技をする必要はないか。」


 秘書の口調は荒っぽくなった。

 これが素か。


「あなた、誰なんですか?」


「答える必要はない、が名乗りたいから答えようか。」


 秘書は一拍おいて、自己紹介を始めた。


「私の名前はオリヴィア ミラーだ。宗教団体、『愛の果実』の信者で年齢は22歳。」


「『愛の果実』、新興宗教ってやつですね。」


 私は年齢には敢て触れなかった。

 そんなに若いはずがないからだ。

 オリヴィアの貫禄は到底22歳には見えない。


「違うぜ、『愛の果実』は昔からずっと続いている。」


「これだから、宗教は嫌いなんですよ。」


「ところで、こいつもうすぐ死ぬぜ?」


 オリヴィアは父を指した。

 父は息も絶え絶えで、いかにも死にかけの状態だった。


「その人? 他人でしょう? 育ててもらった恩義はあれども、絶対に助からないのにわざわざ助けに行く必要もないですよ。」


「ふーん。結構薄情なんだな。」


「けれど……。」


 私は覚悟を決めた。

 やらなくてはならないと心に誓った。


「仇は取ってやる!」


 オリヴィアは大きく笑った。


「いいよ! その殺意、心地がいい!」


 戦いの火蓋は切られた。

 私はすぐさま『H2O(エイチツーオー)』の水弾を撃った。

 オリヴィアは父に刺していた剣を抜かず、その『能力』を発動した。


「『Lunatic Sword』、月の狂気に飲まれろ。」


 その時、急に辺りが暗くなった。

 私は空を見上げ、納得した。

 月があった。

 その月は普段見る物よりも遥かに大きく、そして更に大きくなっている事を認識した。

 月が落ちてきているのだ。

 途轍もないスピードで。


「この月は私が死んでも消えることはない。」


「自滅する気なんですか!? それとも、他に何か作戦でもあって!?」


「見てれば分かるさ。」


 そうして()()()、なすすべがあるはずもなく月に殺された。





「……月が見える。」


 上を見ると月があった。

 そこで私は奇妙な感覚を覚えた。

 既視感がある。

 ()()()()

 私は一度あれを見て、死んだはずだ。


「私は死んだはず……。」


「ああ、その通り。私達は死んだ。いや、これから死ぬといった方がいいかな?」


「……ループしている?」


「ああ、その通りだ。時間が戻っている。これはお前と私の一騎打ち。」


 オリヴィアは月を見上げた。


「抜け出す方法は教えてやろう。そうじゃなきゃ意味がないからな。」


 オリヴィアは月を見ながら話していたが、その瞬間だけこちらを向いた。

 その目は確かな狂気を孕んでいた。


「私とお前、どちらかが自殺すること。それが月の消える条件だ。」


 どちらかが自殺するまで、周囲の生物を殺し続ける暗殺領域。

 月は人から正気を貪る。贄を捧げよ。

 月は再度、私達を殺した。





「ぐっ……。」


 私は立っていられずに、膝をついた。

 三度目だ。

 死のショックは私の精神を疲弊させた。


「おいおい、まだ精神は参ってないだろうな。まあさっさと死んでくれれば楽ではあるがな。」


 私は『H2O(エイチツーオー)』の水弾をオリヴィアへと撃った。


「意味ねえよ。これは精神の戦いなんだ。物理的な干渉は無駄だ。」


 それはオリヴィアに当たった。

 それにも関わらず、彼女は余裕な表情を崩さなかった。

 その態度は、この状況下でオリヴィアを殺すことに意味が無い事を私に教えた。

 オリヴィアは私の『H2O(エイチツーオー)』によって死んだ。

 月は私だけを殺した。





「はぁ……、はぁ……。」


 既に二回も死んでいる。

 死は想像した以上に苦痛だった。

 たったの二回だけだ。

 それでも死んだという事実は確実に私の精神を蝕んでいった。


「死ぬのって案外きついよな。私はもう狂っちまったから何も感じねえけど、たまに他人をこうやって死なせると、きつそうだなって思うよ。」


 そんな私とは裏腹に、オリヴィアは何事もない様に振舞って見せた。


「はぁ……、はぁ……、どうやら、あなたを自殺させるしかなさそうですね。」


 私はオリヴィアへと走り、彼女の腕を掴んだ。

 そして、彼女の剣で彼女の首を裂いた。

 オリヴィアは抵抗しなかった。

 これでは無理なんだ。

 私は死んだオリヴィアを足元に置き、月の消えない空を見上げた。

 月はまたもや私だけを殺した。





「自分の意志で自殺しなきゃダメなんだよ。絶対に死んでやるって確固たる思いを持たなきゃな。説明不足だったとは思うが、言っても信じなかっただろ?」


 私は逃げだした。

 月が落ちてくる範囲外まで。

 オリヴィアは追って来なかった。

 これでは無理だ。

 そうは分かっていたけれど、私の足は止まらなかった。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……。」


 私の息は切れていた。

 それが肉体の疲労から来るものなのか、それとも精神が参ってきたからなのか、はたまたその両方なのかは、私には分からなかった。


「なんで……、私がこんな目に……。」


 月は私達を殺した。





 これで何回目だったか。

 ああ、そうだ。

 五回死んだから、六回目か。


「おいおい、ただの女子高生にしては結構粘るな。少なくとも最短記録は超えたぜ。」


 私はあと、何回死ぬのだろう。

 何度も何度も殺されるのだろうか。


「まあ、頑張れよ。いつまでも自殺するのを待ってやるからよ。」


 その言葉で、私は漸く気が付いた。

 そうか、あと一回でいいのか。

 自殺してしまえば、もう死ぬこともない。


「あと、一回で……。」


「おお、そうだぜ! 死んじまえよ。私は絶対に自殺しねえよ。昔からずっとやってるんだ。私はよく22歳以上に見えるって言われるんだ。リセットした時間を数えたら多分30年くらいにはなってると思うぞ?」


 死ぬことに絶望しない人間に、どうやって自殺させるのか。


「いつまでも死に続ける事になるぞ。それは嫌だろ? 嫌じゃないならヤバいな。月は私の意思じゃ止められないから、私も延々と死に続ける羽目になる。」


 私は死のうと思った。

 もう、無理だ。

 死ななければ終らない。

 しかし私の体は、私の意志に反して逃げ出した。

 沼地に足を取られて靴が脱げたが、そんなことは関係なく走り続けた。

 どこにも行く当ては無いというのに。

 逃げ場など無い。

 頼れる人もいない。


「にげっ、にげない、と。」


 私は木の裏に隠れた。

 何から隠れているのかも分からずに。


「し、しに、た、くない。しにた、くな、い、しにたく、ない……。」


 私は膝を抱えて、蹲った。

 私は泣いていた。

 私はどこまでも独りだった。

 月は私達を殺した。





「ん? 泣いてんのか? そんなに怖いなら死んじまったほうが楽だろ。」


「う、うわああああああああ!」


 私は辺りに『H2O(エイチツーオー)』で水弾を飛ばした。


「悪あがきか? それとも狂っちまったか?」


 私の『能力』ではオリヴィアに勝てない。

 月は私達を殺した





 私はもう、何もしなかった。


「暇だし不死身になる方法を教えてやるよ。」


 月は私達を殺した。


「生きるって言うのは未来を消費することだ。」


 月は私達を殺した。


「つまり、全ての未来を消費しちまえば不死身になれるって訳だ。」


 月は私達を殺した。


「何が言いたいか分かるか?」


 月は私達を殺した。


「死ぬことってのは残りの未来を全て消費することなんだ。」


 月は私達を殺した。


「生と死は真逆の性質として語られる事も多いけど、私の解釈は違う。」


 月は私達を殺した。


「生きることと死ぬことは、どっちも未来を消費するって意味で同じなんだ。」


 月は私達を殺した。


「ま、だからと言っちゃあ何だが、さっさと死んでくれ。もう結構な数死んでるだろ? 時間は進まないから良いけど、そろそろ飽きてきたぜ。」


 月は私達を殺した。

 しかしそれも永遠に私達を殺し続けることはできない。

 終わりは近い。

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