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正典  作者: 大自然の暁
プロローグ
4/15

吸血鬼

 その日の放課後、私は帰り道を歩いていた。ユキネさんとは明日の朝、学校で起きている異常について話し合うことになった。宝石は一旦私が預かることになり、明日また学校へ持っていくことに決めた。


「この宝石は一体何なんでしょう……。」


 私は鞄の中にある宝石に意識を向けながら、ぽつりと呟いた。

 考えても仕方が無いことは分かっているが、気になってしまう。

 私は自分の性分に少し呆れたが、これもまた仕方が無い事なのだ。

 私はぼうっと歩いていると、見覚えのある場所へ着いた。


「あ、ここは壊れているんでしたね。」


 そこは昨日の戦闘で壊れた自宅だった。


「はぁ……、どうやらぼうっとしてたせいで間違えてしまったようですね。」


 私は途中の分かれ道まで引き返すことにした。

 その時、空間に穴が開いた。


「な、何ーッ! 急に空間がッ!」


 空間に穴が開いたのではなかった。

 見えていなかったものが見えるようになったのだ。

 それは車だった。

 近未来的なデザインの車だった。

 透明化を解除した車には4人の男女が乗っていた。

 その内の一人である大男が私を指さした。


「こいつが橘 愛美だ。」


「よしっ、じゃあ捕まえよう!」


 捕まえる?

 宝石を持っていることがバレたのか?

 私は鞄の中の宝石と、ペットボトルの水を確かめた。

 いや、攻撃するのはまだ早い。

 それにこいつらは宝石の話をしていなかった。

 ならば狙いは宝石ではなく私だ。

 大男ではない方の男が私に近づいてきた。


「こんにちは、お嬢さん。よかったら抵抗せずに捕まってくれると嬉しいんだけど。」


「分かりました。」


「ま、流石に抵抗しないわけ……え? 捕まってくれるんだ……。」


「別にいいですよ。」


 こいつらが油断して私に背後を見せたら撃つ。

 殺すかどうかは分からないが、とりあえず戦闘不能にはなってもらう。


「随分と物分かりがいいのね?」


 OLのような女が言った。恐らくは疑っているのだろう。

 私は大男を指した。


「いえ、その男性には流石に勝てなさそうなので。」


「アハハハハ、ドラゴンフライ、あなたなら勝てそうだって言われてるわよ。」


「はぁ、筋トレしようかな……。」


「ところで、どうやって私を運ぶ気なんですか? どうやらその車、4人乗りですよね。」


「カメレオン、やってくれ。」


「ああ。」


 ドラゴンフライと呼ばれていた男が大男に呼びかけた。

 すると車の形状が変化していった。後部座席が2人用から3人用へと。

 これがカメレオンと呼ばれていた男の『能力』か。


「随分とSFな車を持っているんですね。宇宙人ですか?」


「ハハハ、違うさ。俺たちは『死神』だよ。」


 古今東西、神を名乗る連中にまともな奴はいない。その上『死神』ときた。こいつらは間違いなく頭がおかしい。若しく厨二病か。


「大層な肩書ですね。」


「……そうでもない。……私達を……的確に……表している。」


 地雷系ファッションをした女がそう言った。

 どうでもいい。


「そうですか。どうでもいいですね。早く誘拐しないんですか?」


「じゃあ、後部座席の真ん中にのって。俺とカメレオンは前に乗るから、フェニックスとキャッツスターは後ろで挟んどいて。」


 どうやら運転するのはカメレオンらしく、ハンドルのある方へと座った。

 車の内部をよく観察すると、様々なボタンやレバーが付いていた。

 全員が車に乗り込むと、車は発進した。

 空へと。


「な、なんですか!? これは!?」


「『Multifunctional Flying Car』だ。」


「……略して……『MFC』。」


 『MFC』は空高くまで上昇すると、高速で走り出した。空に道があるように、車体は安定していて揺れ一つ無かった。

 カメレオンはその間、運転席でレバーのようなものを操作していた。それが上昇するための入力装置なのだろうことは容易に想像できた。

 しかし平面の移動だけでなく、立体的な動きは運転が難しそうだが、こいつは運転免許を持っているのだろうか。


「ところで、どこに行くんですか?」


「……ニューヨーク。」


 私は漸く理解した。

 私は父への脅しの材料なのだ、と。





 ニューヨークについた。

 恐ろしく速かった。

 車はどんどんと加速していった。

 最初はよく見えていた景色も、速くなるにつれて目が追い付かなくなった。

 正午になる前には着いていた。

 時差13時間を考慮すると、9時間弱で日本からニューヨークに行けることになる。

 『MFC』はしばらくの間ニューヨークの上空を飛んでいたが、丁度よさそうなスペースの路地裏を見つけると、そこへ向かって降りて行った。

 路地裏に着陸した『MHC』は、小さく分解されたあと、カメレオンの体内に入っていった。


「速すぎませんか?」


「カメレオンの『MHC』は一定以上のスピードが出ると、自動で物理干渉されなくなるんだ。だから空気抵抗も無視できる。」


「今のはだいたい音速だったのよ。」


「な、なるほど。」


 これは『能力』なのだろう。

 SF的なスーパー技術を持っている可能性も否定できないが、やはり『死神』の口ぶり的にはカメレオンの『能力』なのだろう。


「こっちだ。」


 カメレオンは路地の奥を指さした。

 私たちはそれについて行った。


「ところで皆さんの名前を知らないんですが……。」


「ああ、確かにな。俺の名前はドラゴンフライ。そう名乗っている。コードネームみたいで申し訳ないな。」


「わたしはキャッツスターよ。」


「……私はフェニックス。」


「おれはカメレオンだ。」


 全員まともに本名を言うつもりが無い様だ。

 まあどうせ皆悪いことしてるんだろ。

 そう思っていると、急にカメレオンが止まった。

 そして1つの扉を指した。


「ここだ。」


「何なの? ここは。絶対に堅気の商売してないわよね。」


「ああ、暗殺業だ。」


「俺はカメレオンの人脈に驚いているよ。」


 暗殺? 父は普通の会社員だったはずだが、誰かと勘違いしているのだろうか。

 私が理解を終える前に、カメレオンが扉を叩いた。

 すると向こう側からくぐもった声が聞こえてきた。


「合言葉は?」


「蜘蛛の巣、329。」


「!? お前はカメレオンか!?」


 その驚いた声と共に、扉が開いた。

 短く切りそろえられた黒髪と、印象に残りずらい顔立ち。

 間違いなく私の父がそこにいた。

 私は本当に父が居たことに驚いたが、それ以上に父の方が驚いていた。


「愛美!? 何でここに!?」


「人質だ。」


「ぐっ、何でこんな事に……。」


「ドンマイですね。」


 私たちは建物の中に入った。

 内装は探偵事務所のようなだった。

 私たちはソファに座り父と対面した。

 すると、秘書のような人が紅茶をだしてくれた。

 私はそれを一口飲み、この先の展望に目を向けた。


「何が目的だ。」


「いやーお父さん知ってるでしょ? 『龍の逆鱗』のこと。吸血鬼がどこにいるか教えてほしいなー、と。」


「お前のお父さんになったつもりはない。そしてなるつもりもない! 娘はやらんぞ!!」


 父が騒いでいるが、そんなことよりも聞きたいことがある。


「お父さん、暗殺業してるんですか?」


「あー、えーっと……。してると言えばしてるけど、してないと言えばしてないよ。」


「してるんですね?」


「……うん。」


「あのー申し訳ないんだけど、俺の質問に答えてもらっていいかな?」


「『龍の逆鱗』ってなんですか?」


 ドラゴンフライを無視して質問を続けた。

 幸いなことに、彼らは割って入るようなことはしないらしい。


「『龍の逆鱗』は、緑色の宝石みたいな見た目をしていて、それを手に入れた人間は何でも1つ願いが叶うと言われているんだ。古の時代では丸い形をしてたんだけど、今は6つの破片と1つのコアになっている。今ではその全てを集めて願いを叶える為に、世界中の人間が躍起になっているんだ。」


「なるほど。お父さん、厨二病は早くやめた方がいいですよ。」


「ひどい!! マナミちゃんが反抗期だぁ!!」


 口ではそう言いつつも、内心では今の話を信じていた。

 そして、その破片を今所有していることが途轍もなく危険だということに気が付いた。


「さて、そろそろ俺たちの質問に答えてもらおうかな。」


「ん? ああ、まだいたのか。……その前に、お前らの目的を聞いておこうか。」


「人類の滅亡だ。」


「なるほどね。というか、正確な位置を掴むのは無理だぞ。」


「え? どういうことなの?」


 父はニヤリと笑い、いたずらの成功した子供の様に、こう言った。


「実はな、吸血鬼は透明なんだよ。」


 それを聞いた『死神』の顔は明らかに引きつっていた。

 どうやら彼らが吸血鬼を倒すのは難しそうだ。





 『死神』は、橘親子から距離をとって、作戦会議をしていた。


「どうすんのよ! 透明化って!」


「困ったね。」


「困ったで済まさないでよ!」


「実際困ってるんだからしょうがないさ。『龍の逆鱗』は近くの破片やコアと引かれ合う性質があるから、吸血鬼のを取ってレーダーにしようと思ってたけど、それが全部無意味になったね。」


「……困った。」


「困った。」


「あんた達も困った困った言ってるんじゃないわよ! なんかないの!?」


「あるにはある。」


 全員がドラゴンフライを見た。


「あるんじゃないの。無駄に不安を煽るんじゃないわよ。」


「その解決法は面倒なんだよ。」


「言ってみなさいよ。」


「それは……。」


「それは?」


 ドラゴンフライは心底面倒くさそうに口を開いた。


「待つことだ。」


「え? それだけ?」


 キャッツスターの表情がポカンとしたものへ変わる。


「ああ、ただの待ちだ。吸血鬼が動き出すまで待つんだ。シンプルだろ?」


「それは……面倒くさいわね。」


「だから言ったろ。」


「……でも、……そうするしか……ない。」


「ああ。その通りっ……。」


 カメレオンが相槌を打った瞬間、その胴体を何かが貫いた。

 それは橘 愛美の水弾だった。

 彼女の目はまっすぐと彼らに向けられていた。

 事態を最初に理解したのはドラゴンフライだった。


「こいつ、『能力者』だったのか!」


 逃げるための『MFC』を最初に潰された。

 そのことを理解した時には、さらに水弾が迫って来ていた。

 一つとして同じ速度の水弾は無く、圧倒的な面での制圧がされた。


「キャッツスター!」


「わ、分かったわ! 『Miniature Garden』!」


 ドラゴンフライによって現実に引き戻されたキャッツスターは、自身の『能力』を発動した。

 一瞬にして辺りの風景が変化していく。

 屋内から、屋外へ。

 高温多湿な環境。

 蔦や苔が生い茂り、地面は沼である。

 そしてそこに生える特徴的な木。

 ここはマングローブだ。

 ただ1つ異変があるとすれば、周辺に植物以外の生命反応が見当たらないことだ。


「マングローブか、まあ攻撃を防ぐにはいい場所だ。」


「……カメレオンを……助けないと。」


 フェニックスは辺りを見回した。

 そばにはカメレオンの姿はなかったが、彼は残りの体力を振り絞ってその存在をアピールした。


「こっ……ここだ!」


「まだ生きてるみたいね。」


「ギリギリだ。」


 フェニックスはカメレオンに近づくと、その手をかざした。

 するとそこから炎が噴き出した。


「……『Reincarnation』……治った?」


「ああ、助かった。ありがとう。」


 カメレオンの傷はすぐさま塞がり、傷があったことすら分からないほど回復した。


「それで、どうする? ドラゴンフライ。……ドラゴンフライ?」


 カメレオンがドラゴンフライを見たとき、彼は笑っていた。

 不気味に思えるほどに口角は引きあがり、まるで彼自身が妖怪のようだった。


「何笑ってるのよ。気持ち悪いわね。」


「あの子は『龍の逆鱗』を持っている。」


「は?」


 突然の言葉にキャッツスターは一瞬だけ理解が遅れた。

 しかしその言葉の意味が分かると、叫んだ。


「なんですって!!」


「うるさいな。」


「うるさくもなるわよ!」


「……なんで……そう思ったの?」


 ドラゴンフライは興奮しながら説明した。


「あの子の『目』だ。『目』を見れば分かる。あの子は今、確実に『龍の逆鱗』を所有している! あの『目』は何かを守ろうとする決意の『目』だった! 自分の命以外の物を守ろうとする『目』だ! 何人も殺してきたから分かるんだ! ああいう『目』は何度も見てきた!」


「じゃあ、あの子を倒せば、『龍の逆鱗』を1つゲットできるって言いたいわけ?」


「違う、違う違う違う違う違う。2つだ、吸血鬼がいる! 間違いない! この空間には2つの破片がある!」


 それにキャッツスターとカメレオンは懐疑的な表情を示した。

 当然の反応だ。狂っているようにしか聞こえない。

 しかし、フェニックスは落ち着いた顔でドラゴンフライに問う。


「……本当に……いるの?」


「間違いない。いる。確信している。」


 フェニックスは静かにドラゴンフライの目を見た。まっすぐ、淀みなく、ただ一点を。


「……そう……それなら……『リーダー』に……従う。」


 彼女はリーダーということを強調して言った。


「リーダー? 俺たちの立場は同じはずだが。」


「……いいえ……あなたは……ならなくては……いけない。……そうでなければ……命を預けられない。」


「そう、ね。フェニックスの言う通りだわ。ドラゴンフライ、あなたがそこまで言うのであればリーダーになりなさい。」


「ああ。おれも同じ意見だ。お前にはそうなる責務がある。」


 ドラゴンフライは目を閉じた。

 己の覚悟と向き合い、この責任を背負えるかを考えた。

 もしも『龍の逆鱗』がこの場になければ、ただただ『能力者』と何の意味もなく戦うことになる。

 誰かが死ぬかもしれない。

 彼らには『MFC』で逃げるという選択肢もあった。

 選ぶのはドラゴンフライだ。

 彼は目を開けた。


「……分かった。俺が『死神』のリーダーだ。」


 ドラゴンフライは逃げるという選択肢を取らなかった。

 取れるはずもなかった。


「……それでいい。」


 誰もその選択に驚きはしなかった。

 皆、彼の気持ちに共感できるからだ。

 例え吸血鬼が居らず、橘 愛美が『龍の逆鱗』を所持していなかったとしても、彼らはドラゴンフライを責めはしないだろう。

 あくまでこれは例えばの話に過ぎないが。


「じゃ、吸血鬼と愛美ちゃんを探しましょ……う……か……。」


「キャッツスター!?」


 それは音もなく現れた。

 花だ。

 赤い彼岸花のような花。

 キャッツスターの首元から生える花。

 それはどんどんと大きくなっていく。

 よく見れば、それは花ではなかった。

 透明なホースの様なものに赤い液体が流れていた。

 いや、吸われていた。


「こ、こいつはッ! この能力はッ!」


 キャッツスターの体は見る見るうちに萎れていった。

 それに比例するかのように、キャッツスターの血液がそれを形作る。


「吸血鬼ッ!」


 吸血鬼は、キャッツスターから吸った血でその輪郭を現していた。

 一見すると彼岸花のように見えるが、その赤黒い色が人間の血である。

 血で作られた姿は、まさに冒涜的という言葉の通りだと見るものに思わせた。

 キャッツスターの体を用済みだと言わんばかりに放り投げ、吸血鬼は残りの面々に向き直った。


「フェニックスとカメレオンはキャッツスターを回収しろ。俺がこいつを引き付ける。」


「……分かった。」


 キャッツスターは吸血鬼の真下にいた。

 

「随分と不気味だが、ここで引くわけにもいかないからな。」


 ドラゴンフライは一歩前へ踏み出した。

 突然、ドラゴンフライの足元に剣が刺さった。いや、生えたと言う方が適切だろうか。刀身が全く見えないほど深く刺さっていた。柄だけが見えていた。


「『Way To Hero』、剣の錆にしてやろう。」


 ドラゴンフライはそれを引き抜いた。

 しかし、依然として刀身は見えなかった。

 刃が無いのだ。


「まずは、キャッツスターから離れさせないとな。」


 ドラゴンフライは吸血鬼に向かって走り出した。

 吸血鬼は、自身のホースを触手の様にして彼を襲った。

 彼はその剣を振るった。

 その、()()()()が全ての触手を切り落とした。

 そして、そのまま吸血鬼を一刀両断した。


「ふぅ、意外と早く終わったな。」


 彼は足元のキャッツスターを見た。

 その体に傷は殆ど無かったが、体が萎びて死にかけの重体だった。


「おい、フェニックス。これ治るのか?」


「……治る。……『Reincarnation』。」


 フェニックスから出てくる炎を浴びたキャッツスターは、萎れていたのが嘘のように水気を取り戻した。


「……血も……生まれたから……貧血には……ならない。」


「そ、そう、ありがとう。それならよかったわ。ところでリーダー? 吸血鬼を倒したのよね。流石だわ。」


「そう褒めんなよ、照れるだろ?」


 緊張が解れた様な雰囲気がある中、カメレオンは一人だけ真剣な表情をしていた。


「まだだ。」


「ん? さっき倒しただろ?」


「見ろ。」


 カメレオンが何もない空間を指した。

 何もなかった。

 吸血鬼を倒した場所なのにも関らず。


「死体が消えている、だと……。」


「吸血鬼はまだ生きている。また透明になった!」


 カメレオンは『MFC』を出した。

 その形は車というよりも、寧ろ基地のように見えた。


「乗れ! これにも光学迷彩が付いている!」


「オーケー!」


 全員が車に乗り込むと、車が透けた。


「外からは何も見えないが、内側からは見える。」


 カメレオンの『MFC』は多機能付き飛行車だ。

 その大きさや形を、ある程度の限界はあれど、自由に変えられる。

 色を変えれば迷彩にもなる。

 『MFC』を一言で表すのであれば、飛行要塞という言葉がしっくりくるだろう。

 堅牢で、透明で、飛行し、例え破損しても形を変えれば修理できる。

 ただ身を守るだけで攻撃は一切できない、だが身を守ることが目的であるならば心強い『能力』。

 殻を破れと人は云うが、籠る事で護れる物も有る。

 それが今、『死神』の盾となる為に発動されている。


「おおよその位置が掴めれば、俺の『Way To Hero』で奴を切り殺せる。草の動きでさえも見逃すな!」


 全員が四方を向き、全方位を警戒した。

 フェニックスは右後方の警戒をしていた。

 皆、静かに観察していた。

 ぽたっ、と何かが彼女の足に落ちた。

 水のような感触だが、どこか生温かい。

 

「……!!」


 血だ。

 血が垂れていた。

 空間を伝って血が垂れていた。


「……!!」


 誰の血だろうか。

 どこから垂れているのだろうか。


「……!!」


 なぜ声が出ないのだろうか。

 首には頸動脈という太い血管が存在している。

 吸血鬼は、フェニックスの首元に巻き付いていた。

 彼女は己の『能力』を発動させて危機を知らせようとした。

 しかし、彼女の炎は自身の体表面にしか作り出すことができない。

 誰も彼女の方を向いていない状況では、危険信号にはならない。


「……!!」


 吸血鬼は彼女の血を更に吸い、彼女の体はだんだんと痺れていった。

 吸血鬼の体は再び血液によって見える様になった。

 しかし、その色は急激に変色した。

 赤黒い血の色から、澄んだ水色へと。


「……。」


 突然だが、スライムという物を知っているだろうか。

 ホウ砂と洗濯のりを水で混ぜて作るおもちゃだ。

 近年のファンタジー小説では、弱い魔物の代表格としてしられる物。

 フェニックスの『能力』は『Reincarnation』である。

 この『能力』は読んで字のごとく、死んだ生命を転生させる『能力』である。

 その応用として、失われた生命力を転生させて傷を治すことが出来る。

 しかし、その『能力』の本質は生命の転生にある。

 生に触り、魔へと転ぜよ。

 彼女は吸血鬼に血を吸われた。

 つまり、その分の生命力が失われた、ということである。

 その生命力をスライムという魔物に転生させたのである。


「……ぐっど。」


 吸血鬼は彼女の首から離れ、苦しそうにもがき始めた。

 スライムは強酸だった。

 彼女は自身の傷を生まれ変わらせた。

 そして、『死神』の他3人は漸く事態を理解した。


「吸血鬼が入り込んでやがったのか!」


 吸血鬼は体内のスライムを全てフェニックスへ向けて放出し、その体は再び透明へと戻る。

 そのスライムはフェニックスに少しだけ掠ったが、行動に支障が出るほどではなかった。

 それを皮切りにドラゴンフライが走った。


「『Way To Hero』!」


 ドラゴンフライは『MFC』ごと吸血鬼を切り裂こうとした。


「やった……のか?」


 『Way To Hero』は手ごたえを感じさせない。

 故に持ち主自身にさえも、切ったかどうかの判別ができない。

 そして、切れてはいなかった。


「これは……吸われている!」


 ドラゴンフライは自身の手首から伸びる、赤い線に気が付いた。

 彼は咄嗟にそれを切り落とした。

 血が噴き出るが、それを無視して彼は剣を振るった。


「血を吸ったってことは体が丸見えになるってことだ。それなら、絶対に当たる! 見えればこっちの勝ちだ!」


 ドラゴンフライは吸血鬼の体に確実に当てるつもりだった。

 しかし、吸血鬼はその血を全身に巡らせなかった。

 一か所だけが赤黒くなっていた。

 圧縮だ。

 血液の圧縮だ。

 その『術』の名は。


【高血圧】


 圧から解放された血液が、まっすぐフェニックスの頭部へと向かった。

 途轍もなく速いはずなのに、彼らには遅く見えた。

 それは死ぬ間際での最後の足掻きなのだ。

 フェニックスが死ねば、彼らは抵抗すらできずに死ぬことを本能で理解しているのだ。

 体は動かない。

 あまりに体がスローすぎて動いている事を認識できない。

 全員、己の『能力』を発動するしかない。

 それだけが許されている。

 そして、全員が同時にその『能力』を発動した。

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