河童
6時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
ホームルームが無いので、各々帰る支度や部活などの準備をしている。私は部活に参加しておらず、ユキネさんとマナミさんも同様である。
「さあ、メグちゃん! 行こう!」
「分かりました。」
私達は荷物を纏め、校舎を出た。雨は依然変わりなく振り続いている。家までは明日の小テストの話だとか、最近読んでいる本(私は主に純文学、ユキネさんはオカルトやミステリー)の話だとかをした。
私の家に着くと、ユキネさんは門の前で立ち止まった。仁王立ちだ。
「……ユキネさん?」
「ふっ、なかなかに強い悪霊が住んで居るじゃないか。」
「えっもしかしてそういうの分かるんですか?」
ユキネさんは「フッ」と格好つけて、こう言った。
「分かんない。」
「だろうと思ったよ。」
「まあ、良いじゃん? こーゆーのは雰囲気だよ。雰囲気。」
「まあ……。」
どうせ怪奇現象など起こりはしないのだし、雰囲気だけそっちに寄せるというのは良いかもしれない。
「よし! それじゃあ、メグちゃんも一緒にやろう! 悪霊退散……悪霊退散……。」
「恥ずかしいので嫌です。」
「クソッ!」
「はいはい、早く入りましょう。」
門から玄関に向かい、いつも通りにドアを開けた。
しかし、そこはいつも通りの玄関ではなく、異常で満ちた恐ろしい空間だった。まず真っ先にやって来たのは、鼻腔を埋め付くすような生臭さだった。魚の生臭さに近く、だがそれよりも強く生理的嫌悪を呼び起こす臭いだった。次に目についたものは、何処かから玄関に繋がるような水の足跡だった。しかし、明らかにそれは人間のようではなく、けれども二足歩行をしているようだった。遅れて、非日常へと足を踏み込んだことを自覚した。
私はそれが洗面所から歩いてきたのだと直感し、そして遅れて恐怖が体に駆け巡った。
「な、何が……。」
「メグちゃん、これ怪奇現象だよね。」
「えっ?」
「怪奇現象かな?」
怪奇現象か、そうでないか。何故今そんな事を聞くのだろうか。だが、怪奇現象かどうかと聞かれたのなら、これは怪奇現象だと認めざるを得ない。
「これは……怪奇現象です。」
私がそう答えた瞬間、何者かに足を掴まれた。ぬめりとした感触がふくらはぎに伝わる。私はこの足跡の正体がこれなんだと理解した。そして私は成すすべもなく、引きずり込まれた。
水溜りの中へと。
「メグちゃん!?」
ユキネさんのその叫びを聞きながら。
藤原 雪音はパニックになっていた。
友人が突如として消えたのだから、それは当然と言える。だがすぐに危機感がやってきた。死が間近に迫ってくるのを実感したからだ。
彼女は玄関から家の中に入って行った。それは直感的に水が危険だと判断したからだ。家に入ってしばらくすると、彼女の目から涙が出てきた。彼女の心を支配したのは恐怖だった。それは自身の死が近づいたことへの恐怖ではなかった。橘 愛美は生きているのだろうか、まさか死んでしまったのだろうか、と。そのことだけが恐ろしかった。
「なんで……私はメグちゃんを助けられなかったの?私にはその力があったのに……。」
次に彼女を襲ったのは激しい後悔だった。彼女にとって友人とは何物にも代えがたい宝物である。その友人が目の前で消えてしまった。そのことは彼女が自身に失望するのには十分すぎる理由だった。彼女は、なぜ友人が消えたのに自分だけ安全な所に避難したのか、と己を恥じた。彼女は友人のいない世界で生きる意味を持たない。
藤原 雪音の心は折れてしまったのだろうか。
「……いや、まだ助けられるはず。こんな事をしたってなんにもならない! メグちゃんを助けなくてはならない! たとえ私が死んだとしても、メグちゃんは助けなくてはならない!」
先程の問の答えは否である。
彼女は諦めない。助けられるかどうかは考えず、ただ助けることだけに集中する。彼女自身が死ぬまで友人を助けるための装置と化す。友人を助けるためには手段を選んではいられない。
突如として黒い霧の様なものが集まっていき、人形を形成する。
「どうして自分にこんな『能力』が発現したのか、今まで分からなかった。でもたった今、理解した! この『能力』の意味が!」
藤原 雪音は発動する、彼女自身の『能力』を。
「『U・F・O』、メグちゃんを攫ったクソ野郎をぶち殺してメグちゃんを助ける、そのための『能力』!」
ここは、どこだろう。いや、水の中か。人間は水中で何分か活動することができる。プールだとかで何分も潜った経験は誰にでもあるだろう。
しかしそれは十分に息を吸った状態での話だ。今の私みたく、急に水中に放り込まれた人間は何秒も経たず、絶命する。私は運が良かった。運よく危険を察知し、息をほんのちょっぴりだけ吸えた。
だが運が良かっただけだ。その運を生かせなければ、何の意味もない。私の目の前には二足歩行の魚のような化け物がいた。その目は殺意に満ちていて、まず間違いなく殺されるだろう。私が運よく息を吸えても、溺死するかこいつに殺されるかの違いでしかない。若しくはこいつは私が溺死するのを楽しむかもしれない。
諦めて周りを見渡した。上の方に家のドアが見えた。どうやらあそこから出入りできるようだ。底の方はガラクタだとか人骨だとかが見えた。この化け物は人間を何人も殺しているようだ。
どうやらここが私の墓場らしい。
私が諦めていると、底の方からチラリと緑色に光る何かがあった。
あれはもしや先生の言っていた、宝石かもしれないな。
だんだんと意識が朦朧としてきた私を化け物はしばらく見ていたが、急に向きを変えて上へと泳ぎ出した。だがそんな事は関係なく、私は落ちていく、底へ、底へと……。
藤原 雪音はとにかく、不明な敵の攻撃を受けるべきだと考えた。敵の能力を突き止めなければ倒すこともできないと、彼女の好きな漫画に書いてあったからだ。
彼女は外へ出て、水溜りを踏みつけた。水溜まりはただの水の様に飛び散った。彼女は何度も強く踏みつけた。しかし、辺りに水が飛び散るのみであった。
(メグちゃんが消えたとき、一瞬だけ下に落ちたように見えた。なら、元凶はこの水溜り、私にはそれしか考えられない。)
彼女の踏みつけた水が、後方の壁へと付着した。
一瞬、その水から鱗がびっしりと生えた右腕が現れた。
その右腕は素早く彼女の左腕を掴んだ。
完全なる死角。
そして藤原 雪音を水の中へ引きずり込もうとした。
「これは魚……か? だったらまさに餌に食いついた、無様な魚野郎だぜ。」
河童が掴んだ左腕は藤原 雪音のものではなかった。その左腕は見る見るうちに黒い塊のように変色し、そして現れた右腕を逆につかみ返した。
「『U・F・O』、釣り上げろッ!」
魚の化け物――河童はその姿を現した。
「っしゃああ! フィッシング成功! そして死ね!」
彼女は『U・F・O』の右拳を河童の胴体に叩き込んだ。
私の意識は朦朧としていた。すでに体は痺れて動けずガラクタの上に寝そべり、ただこれから死ぬんだなという漠然とした気持ちしかなかった。そして、そのわずかな意識すらも手放そうとしていた。
その時、水の世界がドンッと大きく揺れた。まるで世界が何者かに殴られたような、そんな音がした。私はつくづく運がいいと実感する。水の世界が揺れた衝撃で、下のガラクタの隙間から空気の泡が出てきたのだ。おそらくそれは何十年も、何百年もそこにあったのだろう。それが今回の衝撃で出てきたのだ。
私はそれを一息にすった。ただ死ぬまでの時間が伸びただけかもしれない。それにおそらくこれだけの空気では水面まで泳いでいくことはできない。だが、その空気は私に勇気をくれた。生きる勇気だ。最後まで足掻けという世界からのメッセージだ。
私はさらに下へ泳いだ。上ではなく下へ。上に泳いでも意味はない。ただ途中で力尽きるだけだ。ならば、下へ行き、あの宝石を探すのだ。
(耀苑高校が探している宝石がなぜ水底にあるのか知らないが、あの宝石には必ず何か意味がある! それを手にすることが最大の足搔きとなるはずだ!)
私はガラクタをたどりながら下へと進んでいった。
藤原 雪音が河童を殴ると、その衝撃が空間に波紋のように広がっていった。
河童はよろめき、膝をついた。
そこへすかさず彼女は反応した。
「もう一発!」
しかし、彼女に殴られるすんでで、河童はすぐに自分の右腕を引きちぎった。
「な、なにっ!」
河童は、予想外の行動をされて固まる藤原 雪音を無視して水溜まりへと走り出した。
「っ逃がすかぁ!」
『U・F・O』が更に追撃を与えようとしたが、一寸早く河童が水溜まりへとたどり着いた。
「ま、まずい……、逃げられる!」
彼女は非常に焦った。逃げられたらもう一度同じ方法は通用しないことを理解していたからである。
だが、河童は彼女の予想外のことをした。それは彼女の予想よりも遥かに恐ろしいことだった。
河童は水溜まりの水滴を残った左腕で上へと放り投げた。その水滴は雨に紛れてすぐに見えなくなったが、その位置を把握するのは簡単だった。
なぜならば、その水滴から巨大な物体が出てきたからである。
「こ、これは……でかすぎる……。」
それは巨大な塊だった。様々なものが一点に集まりできた塊だ。ところどころ木のようなものや、布のようなものも見えるが、それらがもともと何だったのか、わかる人間はいないだろう。
さらに恐ろしいことはそれが1つだけではなかった点だ。4つの巨大な物質が彼女めがけて飛んできていた。
彼女がはっと正気に戻った時、すでに河童は逃げていた。
「くそっ、全部ぶっ壊すしかない! やれる! 私なら絶対にやれる! 私は出来る子YDK!」
彼女は自分の『U・F・O』が、実際どこまでやれるのか知らなかった。だからこそやれると信じて、自分に発破をかけ、力を貯める。
そして拳を振りかぶり叫んだ。
「うおおおおおっ! やってやるんだよおおおっ!」
彼女は感じ取っていた、これは壊せると。ギリギリ限界を出せば壊せると。
確かに彼女は壊せていただろう。彼女自身は知らないことだが、彼女のパワーは他に類を見ないほど強かった。
壊せていたはずだった。
河童の妨害がなければ、の話ではあったが。
彼女は別に闘争に明け暮れていたわけでもない、ただの女子高生である。だからこそ、妨害があることに気づけなかったのだ。河童は彼女の足をつかみ、水中へと引っ張り入れた。その後、河童は巨大な塊を回収し、周囲はまるで最初から何もなかったかのように静まり返った。
(もう、無理かもしれない……。)
藤原 雪音は諦めかけていた。そもそも彼女の作戦が失敗した時点で、すでに勝ち目はなかった。彼女はあの作戦で、河童の情報を2つ確認した。本来ならばその2つの情報を使い、河童を追い詰めようと思っていた。
だが水中に連れ込まれれば、その情報にも意味はない。河童は彼女の周囲をぐるぐるとまわり、まるでどうやって殺そうか考えているようだった。
(くそっ、メグちゃんだけでも助けられれば……。)
河童が彼女へと近づき、首を掴んだ。そして、首を潰そうと言わんばかりに思い切り握りしめた。彼女は『U・F・O』を出して攻撃しようと試みるが、息が続かずうまく繰り出すことはできなかった。
彼女の意識が消えかかった時、『何か』が河童めがけて高速で飛んできた。それは1発だけではなく何発も、しかし彼女に当たりそうなものはゆっくりした動きだった。
河童は胴体に2発それをくらい、警戒したのか離れていった。
彼女はその『何か』に押されて水面へと浮上した。
「ごほっ、けほっ、い、いったい何が……。」
彼女は水溜まりの上で咳き込みながら、周囲を警戒した。早くこの場から離れなければいけないことは分かっていたが、体が思うように動かず、その場でうずくまった。
「は、早く……水から逃げなくては……。」
どれだけ願っても体は動かない。
「メグ……ちゃん……を……助け……ないと……。」
彼女は友人の安否が不明のまま、自身も命の危機に瀕していることに深く絶望した。彼女にはたとえ自分が死んでも友人を助けるという、覚悟があった。
「メグちゃんだけは……絶対に助けなくては!」
ようやく動けるようになった彼女がそう呟くと同時に、水溜まりの中から素早いスピードで何かが出現した。
「な、なにっ!?」
それは彼女のよく知る人物であったが、ところどころに白くふわふわとしたものを纏っていた。藤原 雪音は涙ながらに彼女の名前を呼んだ。
「メグぢゃん……、よがっだ……。」
その人物、橘 愛美は罰が悪そうに微笑んだ。
「すみません、心配をかけましたね。」
その右手には緑色の宝石が握られていた。
私達はとりあえず家の中に入った。
お互いに無事とは言えないがとりあえず生きていたことを喜んだ。
しかし突然ユキネさんが口早に説明し始めた。
「メグちゃん! 服脱いで! あとシャワー浴びて!」
「え?そんなことはあとででも……。」
「あいつの『能力』に関係するの! それに予想が正しければ、河童はしばらく攻撃してこないはず!」
「……わかりました急いで浴びます。ユキネさんも一緒に行きましょう。」
「オーケイ」
二人でシャワーへと向かう途中で、ユキネさんは説明を始めた。
「メグちゃん、私はさっきあいつの『能力』に仮説を立てて、それを検証したの。」
「ほう、それはすごいですね。」
「でしょう? それでね、2つ分かったことがあるの。」
そういうと黒い霧のようなものが急に現れ、人型にあつまっていった。
「これは私の『能力』。『U・F・O』って呼んでる。分かったことの1つ目は、あいつのパワーが私の『U・F・O』よりも低いってこと。」
「なるほど……。」
「そして2つ目は、あいつは特定の水場からしか姿を現したり、水中に引きずり込んだりできないってこと。つまりすべての水を警戒する必要はない。」
「あっじゃあつまり……。」
「そう、体についた水をシャワーで流そうと思うの。」
「あ、それなら。」
私は雲を私とユキネさんに近づけた。
それが私達に付着した水分を吸い尽くした。
「こっちも聞きたいことがあるんだけど……。その雲みたいなのはなに? さっきよりも大きくなってない?」
私の周囲には雲がふわふわと浮かんでいた。
「これはあの水中で緑の宝石を拾ったんですが、その時身についた『能力』なんです。ほら、これです。」
と、言い私は緑の宝石を見せた。
「ああ、なんか持ってると思ってたけどそういうことなんだ。」
「はい、そしてこの『能力』は私の手に触れた水分を雲としてきた操ることができ、操っている雲に触れた水分もまた雲にできます。その水分は雨のように打ち出すことができ、打ち出された水分は解除するまで常に同じスピードで飛んでいく、そういう『能力』です。ただし、水が切れたら何もできません。」
「じゃあ、私を地上に出してくれたのもメグちゃんの『能力』なんだ。」
「はい、そうなります。そして今、体に付いてる水を吸い尽くしました。」
私がそう言うと、ユキネさんはさも当然のことかの様に言ってきた。
「なるほどねぇ。じゃあさ、名前なんて言うの?」
「え?」
「『能力』の名前。私の『U・F・O』みたいにさ。名前は大事だよ。かっこいいしね。」
「なるほど……、なんでユキネさんはその『能力』で未確認飛行物体にしたんですか?」
「違う違う、これは『Ultra・Fantastic・Oni』、略して『U・F・O』。」
「2つの意味で適当ですね。」
「もしかして煽られてる?」
私は少し考え、名前を決めた。
「決めました。」
「おおおおっ!」
「私の『能力』は!」
「『能力』は!?」
私は貯めに貯めてから宣言した。
「『H2O』だーっ!」
「おおおおおおおおお……お? 私のこと言えなくないか?」
「いいんですよ、こんなんで。」
「水の分子式じゃん。」
「違う違う、『The heavens had opened』、略して『H2O』。」
「ああ……まあいっか。」
ユキネさんは真剣そうにこちらに向き直った。
「あの化け物、あれを仮に河童と命名しよう。」
「異論はありません。」
「で、あれをどう倒すかなんだけど……。」
「まだ襲ってこないことを考えるとかなり警戒心が高そうですね……。」
「そうなんだよなぁ。それにあいつ、恨みは必ず果たすタイプの性格してるよ。」
「私達を逃がすつもりはないってことですか……。これは困りましたね……。」
「私の『U・F・O』を何発かぶち込めば倒せそうではあるんだけど、それが難しいんだよね。」
「ああ、近づいてこないからですか。」
「そ、最初に近づかれたとき倒せればよかったんだけどね~。それにあいつ水を上空に飛ばしてそこから巨大な塊を出せるんだよ。困っちゃうよね。……おえっ……。」
そのとき突然、ユキネさんがえずき出した。
「ユキネさん!? どうしましたか!?」
ユキネさんはその言葉に返事をせず、『U・F・O』を出現させた。そして体内に拳を突っ込んだ。
そして拳を取り出すと同時に血を吐き出した。その拳には沢山の刃物のようなものが握られておりそこで私も事態を理解した。
「引きずり込まれたときに飲み込んだ水ってことですか!?」
「ごほっ、たぶんそう。メグちゃん私の体内の水を吸収して。」
「わ、分かりました。」
私がユキネさんの体内に雲を入れると、血があふれて止まっていなかった。
血と水を吸いつつ、傷口に向かって血の雨をホチキスの針のような形状にした後、非常にゆっくり射出し、簡単な止血をした。
「ぐっ……あ、ありがとう。」
「ユキネさん、一応『H2O』で止血しましたが、動けばまた出血します。」
「大丈夫、私は『U・F・O』で自己回復ができるから。」
「そうなんですね……。」
「それよりも、河童の『能力』には明確な弱点があるね。」
血を吐いたのによくこんなに冷静に分析できるものだな。
私は密かにユキネさんを尊敬した。
「あいつは空間以上の大きさのものを水から出現させられない! だって私の体内に巨大な塊を出現させれば私は体を引きちぎられて死ぬ。やらないってことはできないってことだよ。」
「なるほど……。」
「そして向こうも私達、特にメグちゃんの『能力』を探っている。」
「ああ、これでばれましたかね? 」
「たぶんね。」
「河童は私達が作戦会議をする時間を待ってくれるでしょうか?」
私がそう言ったとき、家中に強い衝撃が響いた。
「どうやら、待たないっぽいね。」
「ああ、私の家が……。」
私は『H2O』で、瓦礫を弾き飛ばしながらそう嘆いた。
落ちてくる水はすべて『H2O』に吸収する。
「これは、あれだ。さっき言った巨大な塊だね。」
「物量で攻撃するつもりでしょうか? 無意味ですが。」
「かっけぇ。」
実際、雨が降っていて弾切れしないので、いくら物量攻撃をしたところで私には意味がない。先ほど嘆きはしたが、家が壊れることで水が入って来るので、私達の方が有利になるのだ。
そう、弾切れしなければ私は勝てる。
弾切れしないはずだった。けれども雲の大きさは徐々に小さくなっていく。
「やばいです。弾切れします。」
「え? 私まだ動けないよ? 今日雨降ってた……よね?」
「どうやら届いていないようですね。」
私が上を指さすとユキネさんは見上げた。そこには大きな膜が張ってあり、そこで雨が止まっているのが見える。
「おそらく河童はあの膜で雨を吸収しています。」
「それってやばくない?」
「はい。河童は完全に私の上位互換ですね。」
落ちてくる瓦礫の量は一向に減らなかった。それは水の膜から新たな瓦礫を放出しているからだろう。
「私の『H2O』であの膜を吸収すれば、形勢は変わると思います。しかし、『H2O』の雲は私の周り1、2メートル程にしか展開できません。従ってここからあの膜をどうにかする方法はありません。」
「……あの膜に触れればいいの?」
「え? はい……な、なんか嫌な予感がするんですが……。」
ユキネさんは『U・F・O』を発動させた。そして私を掴んだ。
「やっぱりそうなんですか……。」
「はっはっはっ、舌かまないでよ~。」
ユキネさんはそういうと、『U・F・O』に私を真上に投げさせた。
「いってらっしゃーい!」
「うわあああああああ!!!」
私は真上にまっすぐ飛んだ。その間にも瓦礫は絶えず落ちてくる。瓦礫を弾き飛ばしながら飛んでいると、もう弾切れが近づいてきた。瓦礫にあたってしまえば真っ逆さまに落ちてしまう。どんどん膜へと近づいて、私も雲を上に伸ばしていく。そして雲が膜に触れようとする。
「いけるっ!」
その一瞬前に、私からほんのちょっぴりだけ離れた膜から小さな水滴がたれた。
ギリギリ私が触れないような場所から、大量に。
「ま、まずい! 河童が来る! どこから来るのか分からない!」
小さな水滴が私の背後を過ぎた時、一瞬にして現れる。
「こ、これは……、銛だッ!」
銛、それは一度刺さったらかえしにより、抜けにくいように設計されている。その銛はまるで、河童の執念を表しているようだった。
「『H2O』!」
私は最後の水弾を3発、銛目掛けてゆっくりと発射した。その一瞬で、銛が私のお腹を貫いた。
銛のかえしに引っ掛かり、私の体は上へ飛ぶのをやめて、銛が出現した水滴と一緒に落ちていく。
「グッ……、だが、これでいい。」
突然、私と銛が勢いよく上に浮上しだす。
水滴は落ちて行くが、銛は私に引っ掛かって一緒に上へ行く。
それを持っている河童も同時に。
「さっき引きずり込まれたから……お返しで引きずり出す!」
水滴から河童を引きずり出す。
私は腹部からでた血液を雲にして、自身めがけて発射したのだ。
そして先ほど撃った3発の水滴は相変わらずゆっくりと銛の方、つまりは河童へと向かっていく。
「逆方向に放たれた2種類の弾の力を合わせれば、たとえゆっくりした速度でも、お前の顔面に穴を開ける位はできる!」
私の撃った水弾は河童の顔に直撃した。河童は素早く銛から手を放し、そのまま落ちていった。しかし、私は上まで行き、水の膜に触れた。
見る見るうちに膜が雲に変わっていく。
これで弾切れはしない。
「死ね、河童。」
私は『H2O』で得た水をスローで撃ち、足場にした。
そして新たな水弾を下へゆっくり放ち、地上へと向かった。