晴れ渡った空に雷が落ちるように
『暁の化身』がえぐられた。
エネルギーの何割削れたか、それは分からない。
だが、今までより確かに弱っていることは想像に難くない。
そこにムカデが覆いかぶさる。
終わりだ。
『暁の化身』はその残りエネルギーを全て食い尽くされて消え失せる。
雫 愛美は「明日から太陽なしかぁ~」と言いながらその残り火に背を向けた。
だから、見えなかった。
後ろでなにが起こっているのか。
ムカデがやけに静かだ。
あれだけの巨体が動けばかなりの音が響くはず。
だが、それでも、この場を支配するのは静寂のみであった。
雫 愛美は振り返る。
そうせざるを得ない。
誰だってそうしてしまう。
だが、それをしなければ絶望せずに死ねたのだ。
そこではムカデがボロボロになって死んでいた。
その長い体のあちこちから穴が空いており、そこから液体が流れていた。
まるで肉体が強制的に液体となったような、不気味な死骸。
そして、そこに『暁の化身』はいなかった。
「随分と」
「っ……!」
「随分と、追い詰められてしまった」
『暁の化身』が雫 愛美の顔面を掴んでいた。
正確には、彼女との間にある『Under The World』に。
だが、『暁の化身』は『能力』によって人間の形を保っているわけではない。
これが真の姿。
人型。
いや、逆なのだ。
太陽が人間に近い造形をしているのではなく、人間が太陽に近い造形をしているに過ぎないのだ。
言うなれば陽型。
そして『暁の化身』が力を込める。
『Under The World』にヒビが入っていく。
そのヒビが全体に行き渡った時、雫 愛美は死ぬだろう。
しかし、そこで視界の端に奇妙な物を見た。
死ぬ前の幻覚だろうか。
それとも走馬灯。
いや、現実だ。
現実にそれは存在している。
それは黒い塵のような物だった。
「『鬼霊術』」
藤原 雪音がその力を発動させた。
――
彼女、藤原 雪音にとって、友人とは自身が何よりも渇望した存在である。
彼女はとある辺境の田舎生まれである。
その地で彼女ら一族は鬼の血統として酷く忌み嫌われていた。
彼女は幼い頃、その地にある小さな家で両親とともに暮らしていた。
その家の周囲には一軒も家が建っておらず、ただ隔離されていた。
彼女ら一族は村に近づくことを許されてはおらず、ただそこで自給自足の生活を営んでいた。
彼女の両親は自分たちの一族が皆から嫌われていることを知っていた。
だからこそ、彼女の両親は幼い彼女を外に出したりはしなかったし、彼女が村人たちの目につかないよう努力した。
けれども、当時5歳の彼女は見たことのない世界を知りたがった。
彼女の両親は、そのことを聞かれるたび返事に困った。
真実を言うべきだろうか。
それとも嘘を言って喜ばせるべきだろうか。
彼女の両親は嘘を言う方を選んだ。
彼女の期待する顔を見て、真実を言う気にはなれなかったからだ。
どちらにしろいつかは真実を知って悲しむのならば、少しでも喜びが長続きする方を選んだのだ。
どちらが正しかったのか、それは誰にも分からない。
しかし、その選択は結果として彼女と両親に深い溝を生むきっかけとなってしまった。
彼女は見たことのない世界を夢想した。
幼い彼女の活力は狭い家の中で抑え込むことが不可能なほど大きかった。
彼女は両親の言いつけを破り、外に出てしまった。
彼女は村の子供たち5人が遊んでいるのを見つけた。
そして、興奮しながら訪ねた。「友達に……なりませんか?」、と。
それがどれだけ危険なことかすら彼女にはわかっていなかった。
結果として彼女は村の大人達に見つかってしまった。
彼女は捕まえられ、その場でリンチにあった。
殴られ、蹴られ、農具で体を滅多打ちにされた。
子供たちはそんな彼女を見て笑っていた。
しかし、彼女は死ななかった。
どれだけ苦しくても死ぬことはなかった。
『U・F・O』が発現したのだ。
『U・F・O』には自己再生能力が備わっている。
それがもともと備わっていたものなのか、彼女がそう望んだから生まれた能力なのかは誰にも分からない。
だが、彼女自身も『能力』の発現に気が付いていた。
ならば、手に入れた権能をただ行使するのみである。
彼女は『U・F・O』を発動した。
彼女の周りに黒い霧が現れ、人型となる。
そのまま村の大人5人と子供4人を『U・F・O』で殴り殺した。
彼女は血まみれのまま、家に帰った。
彼女の両親は娘がいないことに焦っていた。
そんなときに血まみれの娘が帰ってきたのだから、彼女に大量の質問を投げかけた。
「なぜ家から外に出たんだ?」「どこに行ったの?」「だれかと会ったりしたか?」「その血はなんなの?」
幼い彼女は次々と投げかけられるそれらを、怒られているものだと解釈した。
だんだん彼女には怒りが湧いてきた。
こいつらは私に嘘をついた。なんでこんな奴らに怒られなきゃいけないんだ。私がこんな目にあったのはこいつらのせいだ。
こいつらも同じ目にあえばいい。
彼女は怒りのままに家を飛び出した。
行くところもなかったが、村には行きたくなかったので山籠もりをすることにした。
彼女は『能力』に目覚めたばかりで、何でもできるという万能感に浸っていた。
しかし、日が沈むと共にそれは薄れていった。
『U・F・O』では空腹は解消できないし、寒さも防ぐことができない。
だんだん怒りも収まってきて、冷静に物事が見えるようになった。
彼女は両親が良心で嘘をついていたことに気が付いた。
『U・F・O』のおかげで傷も治ったし、やはり家に帰って謝ろうと決心がついた。
家に帰ると父親が死んでいた。
その死にざまは酷いもので、首と四肢は切断され、その残骸は壁に打ち付けられていた。
顔面は元の形状が分からなくなるほどに歪んでいたが、目だけはそうなる前に取り出されたのか綺麗なまま床に転がっていた。
なぜ彼女がその死体を父親だと断定できたかというと、父親の陰部が切り取られ、顔だったものの中心に埋め込まれていたからだ。
彼女はその場で嘔吐し、泣き出した。
彼女は急いで村へと向かった。
家には母親がいなかった。
母だけでも助けたいと、そう願った。
村にある中心の広場で母親は倒れていた。
周囲には誰もおらず、何もなかった。
母親はその身一つだけでごみのように転がっていた。
だが生きていた。
手足はちゃんとついていて、肌は所々赤くなっているが、命を脅かす程ではなかった。
この時の彼女には知る由もなかったのだが、鬼の血統を継いでいると忌み嫌われているのは父親の血統であり、記者であった母親は都会から取材に来た時に、父親と恋に落ちたのだ。
そのため、村人達は殺しまではしなかった。
ただ母親の精神は酷く衰弱していた。
彼女は母親を家まで連れて帰った。
汚れを落とすため風呂に入れ、着替えさせ、布団に入れた。しかしその間母親は一言もしゃべらず、目は虚ろなままだった。
次の日の朝、彼女は母親の部屋に行くと、そこには誰もいなかった。
急いで探すと、母親は台所にいた。
彼女はほっとした。
精神がまともに戻ったのだと、そう思った。
彼女は椅子に座って料理を待った。
彼女は母親の手料理が大好きだった。
母親は包丁を持ち、そのまま自殺した。
彼女は目の前で母親が死んだことにしばらく気づかず、母親が倒れピクリとも動かなくなってからようやく理解した。
彼女は嘔吐しなかった。
彼女は昨日と今日で、自分が作った死体と、他人が作った死体と、自殺した死体を見た。
死体に慣れたのだ。
代わりに湧いてきたのは怒りだ。
自分のした過ちとやるせなさにとことん腹がたった。
私が外に出なければ、私が子供に話しかけなければ、私が殺さなければ。
いや、村人全員を殺しておけばよかった。
後悔しても意味はない。
それはすでに過去のものであり、現在には両親が死んだという結果だけが残っている。
彼女は怒りを発散するために、村人を皆殺しにした。
それは報復しようという気持ちでも、村人が憎いからでもなく、ただの八つ当たりであった。
むかついているところに丁度いいサンドバッグがあったから殴った。
それだけのことだった。
その村は、地震によって滅びたとされた。
彼女は母親の妹――つまり叔母の家族に預けられた。
彼女はそこで小学生になった。
小学校で彼女はいじめにあった。
理由はない。
ただ、人をいじめる気質のあった子に目をつけられただけだった。
彼女は『U・F・O』を使い、いじめを止めようとは思わなかった。
彼女は叔母の家族からも煙たがられていた。
彼女は齢5歳にして人生を諦めていた。
自殺をする気力さえ残っていなかった。
自分のような化け物がまともに人と暮らすことは不可能だと。
中学に入ってからもそれは変わらなかった。
いじめっ子は同じ中学に入り、それからもいじめは続いていた。
ただ1つ学んだことは、いじめられてもからからと笑うことだった。
こんなの何でもないと、いじめの範疇ではなく、ただじゃれているだけだと笑うことだった。
どうせ暗い顔をしても、だれも助けてはくれない、と。
「逆に、そんなことで嫌な顔をするなんて友達失格だ」と先生は怒った。
「友達同士のじゃれあいで泣くなんて、こんな奴と同じ血が流れているのが恥ずかしい」と叔母は蔑んだ。
だから明るく、ただ笑顔を張り付けて。
彼女はそういう生き方を選んだ。
そうやって人生に適応した。
彼女は遠い町の、クラスの誰もいかない高校を選んだ。
叔母は高校の入学費だけは出した。
彼女は入学のその日まで、生活費を稼ぐためのバイトなどを探しながら過ごした。
そして入学式の日、彼女は橘 愛美と出会った。
それが彼女の人生におけるターニングポイントなのだろう。
運の無かった彼女の人生において、もっとも運が良かったことは、このクラスの担任が相当に雑な男であり、席をランダムで決めたことだろう。
そして橘 愛美と隣り合ったことも付け加えておこう。
橘 愛美に対し、彼女は張り付いたような笑顔を見せた。
しかし彼女は、藤原 雪音は橘 愛美の表情を見て、自分の笑顔が変わっていくのを実感した。
張り付いたようなものから、超自然的なものへと。
それは彼女が暫く見ていなかった表情。
彼女の両親だけがしてくれた表情。
「こんにちは、私は橘 愛美です。せっかく隣になったのですから、よければ……」
橘 愛美は笑顔だった。
ただ、それだけだった。
嘲笑でも、冷笑でも、もちろん藤原 雪音のような張り付けた笑顔でもなく、普通の笑顔だった。
そこに他人を傷つけるようなものはなく、穏やかで、優し気な笑顔だった。
そのままの笑顔で橘 愛美は話し続けた。
「友達に……なりませんか?」
橘 愛美は藤原 雪音がその言葉にどれだけ救われたかを知らない。
藤原 雪音はずっと昔から、家を無断で抜け出したその時から、ただ友達が欲しかっただけなのだ。
彼女のことを殴らず、暴言を言わず、物を隠したり、壊したりしない友達が欲しかったのだ。
人間では無理だと思い、怪奇現象を調べたことも多い。
再三いうが、橘 愛美は救っている自覚がない。
ただ普通に隣の人と友達になろうとしただけだ。
しかし、だからこそ、藤原 雪音はその言葉を信じられた。
彼女は言わなければならない。
肯定か、否定か。
否定などするはずもないが。
「うん……うん……もちろんだよ!私の名前は藤原 雪音!よろしくね!」
だからこそ、救われたからこそ、彼女はその友人を命を懸けてでも助け出したいのだ。
――
『鬼霊術』とは藤原 雪音が過去一度だけ父親から教わった術である。
鬼の血統は代々、霊を操る。
それは、先祖の霊であっても同様である。
黒い塵のような物は、先祖の霊が具現化したものである。
死んだ鬼は、その子供の『鬼霊術』に吸収される。
では、子のいない鬼はどうだろうか。
「藤原 雪音、二度目の復活」
そう、つまり自身の『能力』に引き寄せられて復活する。
彼女はその白の混じった赤い髪をなびかせながら『暁の化身』の前に立った。
塵を集めた黒腕を振る。
ただそれだけで大気は揺らめき、空間は歪んで見える。
そこからは、ただの力比べだ。
だが、満身創痍の『暁の化身』と、決して衰えることのない『鬼霊術』。
どちらが上か、そんな物は分かりきっている。
藤原 雪音の一撃は『暁の化身』を消し飛ばすが、『暁の化身』が攻撃しても側から再生される。
もとより、土台が違うのだ。
膨大なエネルギーを持つ『暁の化身』。
しかし無限ではない。
永遠でもない。
藤原 雪音は永久に戦い続けることが可能である。
敵うはずもないのだ。
たかが太陽風情が、鬼に勝るなど決してありえない。
そして、『暁の化身』が消えかける。
「まずいねー、『驚愕』にー、殺されちゃうー」
「いいことだと思いますけど」
「一緒にー、逃げた方がー、いいとー、思うよー」
「じゃあお願いします」
彼女らは逃げた。
『悪魔』は知っている。
『鬼霊術』が一体どういったものなのか。
決着。
藤原 雪音の一撃がついに『暁の化身』を消し尽くした。
『暁の化身』は死んだ。
つまり、霊となった。
『鬼霊術』は霊を操る術である。
彼女は黒い塵を生み出した。
そこから、炎が湧き出る。
「『鬼霊術・暁天』」
その炎は太陽の炎。
『暁の化身』は鬼に吸収された。
膨大なエネルギー、それすら藤原 雪音は手に入れた。
しかしそれでも祈りは天に届かず。
藤原 雪音の上空に、何かが現れた。
「こ、これは……!」
龍相、それは七体の怪物である。
鬼、河童、ワーム、麒麟、吸血鬼、ゾンビ、魔女。
その一体。
この場に現れたそれは龍相、魔女。
音楽と時空を司り、そしてもっとも性格の悪い龍相でもある。
管制室。
その戦いを見ていた彼らの心は統一された。
藤原 雪音を殺さなければ、『龍の逆鱗』は手に入らない。
だがそんな中、木城 瑠璃の肉体が緑色に光り出す。
正しくは、木城 瑠璃の持つ『龍の逆鱗』が。
それは魔女の因子を孕む。
『龍の逆鱗』を媒介として、転移してきたのだ。
そして、古崎 愛美の体を鷲掴みにし、空へと飛んでいった。
「お姉様!?」
誰もが見ているしかできない。
とてつもない威圧感。
『暁の化身』など比にもならない。
ただ、一人助けようとする少女がいた。
それでも思いだけでは役者不足だ。
彼女には力がない。
仕方がないのだ。
藤原 雪音は魔女を見上げていた。
魔女はただ遠く、青い空に消えて行った。
彼女には不思議な実感があった。
魔女がマナを持っていった。
ならば、魔女を殺さねばならない。
だが、それは後回しだ。
まずは余計な害虫を駆除しなければ。
藤原 雪音は管制室に足を向けたのであった。
吃驚仰天ってね




