『ストロベリーズ』 VS 『暁の化身』
『暁の化身』はその名に恥じぬ熱を見せている。
煌々たる火炎は巨大な塊として管制室を目指していた。
その歩みは遅く、だが確実に、何者にも阻まれる事無く進む。
それを遠目に見る8人の英傑が居た。
彼ら、彼女らは、無謀にもかの怪物に立ち向かおうと言うのだ。
それは勇気か蛮勇か。
これから英傑は己の勇気を証明しに行く。
故に、彼ら、彼女らは最後まで抵抗するのだ。
その身にイチゴ模様のコスチュームを纏って。
「……なあ、やっぱりこれ恥ずかしいんだけど。」
イチゴのスーツを着た東雲 銀時が周りに提案する。
ヒック・ヘンダーソンはイチゴの模様が描かれた仮面を被り、その服は燕尾服をひな型として、服の端など所々にイチゴの模様が描かれている。
先生は既に『火星人』の姿に戻っていた。そして、その身体を包むようにイチゴの布で覆っていた。まるでイチゴのてるてる坊主だ。
ジャスティスウィング、右左 平二はヒーローマントをイチゴ色に染めていた。その手にはイチゴのグローブを身に着け、その足にはイチゴのブーツを履いていた。
藤原 雪音は学校の制服をイチゴ模様にアレンジした様な服だ。短めのスカートと、ワイシャツのリボン代わりにネクタイを締め、その上からブレザーを羽織っている。イチゴ模様なのはスカートとネクタイとブレザーだ。
雫 愛美はメイド姿だ。落ち着いた雰囲気に比例する様に、イチゴの模様も控えめだ。そのロングスカートに結ばれたリボンと、髪留めがただ唯一のイチゴだ。
『悪魔』は黒を基調としたドレスだが、その間からイチゴ模様の布地が覗く。身体に巻かれたイチゴ模様のリボンは、黒との調和が取れ、まるでイチゴにチョコレートをディップしたかの様だった。
そして唯一、イチゴを身に纏っていない者がいた。
松坂 結梨だ。
だがそれは、イチゴを拒絶する事を意味しない。
「『変身』!」
彼女の服装が変わっていく。
それはアイドルの衣装の様だった。ひらひらとしたミニスカートはイチゴ模様に染まっていて、右肩に大きなイチゴを乗せている。上半身は茶色を基調とし、白いフリルが付いていた。
「『がらくた牛』、ジャンキー! ストロベリーバージョン!」
ストロベリーズ、完全爆誕である。
「私はー、好きだなー。」
「あんたが『Designer』なんて『能力』を持ってるせいだ!」
「でもー、あなた以外はー、納得してるよー。」
「それが一番納得できねぇ! あんたらそれで良いのか!」
皆、顔を見合わせる。
皆、服装はどうでも良いと思っている。
皆、イチゴでも良いかと頷き合う。
「納得してんじゃねぇ!」
「ま、落ち着けよ。まずは『暁の化身』をぶっ倒す事が最優先だ。」
先生はイチゴの布をはためかせながら言った。
「クソッ! ……まあ、いい。」
「作戦をー、始めよー。【愛慕】ー、【歓喜】ー。」
「あ、はい。『Wooden Sword』」
「HA! HA! HA! 任せ給え! 『Justice Wing』!」
雫 愛美の周辺に木の剣が8つ出現した。
それが、浮遊しだす。
全員がそれに掴まり、木の剣ごと、浮かぶ。
『Justice Wing』は天使の腕だ。
空間に不可視の腕が生え、それが木の剣を掴む。
天使の輪は見えないが、それでも天使は側にいる。
木の剣に乗り、『暁の化身』へと近く。
近くに連れて、熱が上昇していく。
『暁の化身』は周囲を熱で覆う。
しかしそれでも彼らは突き進む。
そして、熱が弾かれた。
彼らが乗る木の剣が熱を弾く。
『Wooden Sword』は非殺傷の剣だ。
誰も殺せないし、傷つけられない。
けれども、誰からも傷つけられもしない。
その剣を害しようとする『能力』は、弾かれる。
被害は無く、加害も無く、ただ平穏だけがそこに有る。
「それじゃあ、配置に着こうか!」
東雲 銀時は一人、そこにいた。
彼は『能力』を発揮する。
『Don't believe F』は恐怖を司る。
その『能力』に侵された者は恐怖に精神を支配される。
Fへの恐怖だ。
不信、不安、不明。
真の恐怖は虚実である。
そして、恐怖とは脅威だ。
『暁の化身』は恐怖を感じない。
だが、脅威は感じる。
己にとっての脅威を排除すべく、『暁の化身』は動き出す。
自身の炎を収束させる。
その炎は『暁の化身』を構成するほんの一部分に過ぎない。
けれども、人間を焼き払うのには十分過ぎるエネルギーだった。
「これは……、ヤバい……!」
炎が彼に届く直前に、木の剣が彼を守った。
その炎は弾かれ、四散する。
炎が消えることは無い。
それは『Wooden Sword』が非殺傷の『能力』である、という事もあるが、例え殺傷能力を持ち合わせていたとしても、それを消し去る事は叶わないだろう。
それはエネルギーの塊だ。
「おい! 想定よりエネルギーが強いぞ!」
「HA! HA! HA! 私の『能力』が通じるか怪しいものだな!」
「笑い事じゃ無いですよっ! 私達の命運はあなたに掛かってるんですからね! ああ! 帰りたい!」
脅威を排除する事は叶わなかった。
ならば、更なる火力を用いるのみである。
『暁の化身』は全く消耗していない。
先程防いだ攻撃も消えた訳では無く、『暁の化身』に還元された。
全くもって1ミリも消耗していない。
そして、次の攻撃を始めた。
「ヤバッ! 次が来る!」
『暁の化身』はその身体の0.1%を込めて、炎を放った。
これは先程の攻撃より、30倍程のエネルギーを誇る。
それが、東雲 銀時へと向かっていく。
「『Justice Wing』!」
木の剣に、炎の塊がぶつかる。
その瞬間、超強力な反発力が生まれた。
目に見えない力場が彼らを守り、そこだけが安全となった。
しかし、それも長くは続かない。
「ッ! 私の『Justice Wing』が押し負けるッ……!」
炎の勢いは収まらない。
変わらず、強大なエネルギーを放出している。
『Justice Wing』も変わらない。
変わらず、しかし押されている。
変わらないからこそ、彼らが勝つことはない。
東雲 銀時は『悪魔』へと叫んだ。
「【警戒】! もう良いか!」
「だめー。まだー、たったのー、0.1%ー。」
「クソッ!」
彼らが勝つ為にはここで耐え切らなければならない。
まだ、足りない。
けれども耐えきる事は不可能だ。
皆がそう感じ、諦めかけた、その時。
「私が行こう。」
藤原 雪音が動き出した。
そんな藤原 雪音に対し、先生は叫んだ。
「藤原、待てッ! 配置を離れるきかッ! それにお前が消耗したらここで耐えれても勝ちは無いぞ!」
「問題ないよ。私は【驚愕】なんだろ? 【驚愕】、させてやるよ。」
藤原 雪音は東雲 銀時の真上に居た。
そして、木の剣から飛び降りた。
その瞬間、熱波が彼女の皮膚を焼き、焦げていく。
それが爛れ落ち、中から新たな皮膚が再生する。
高温により、彼女の体内にあるタンパク質はその殆どを変性させ、しかしそれでも彼女は再生する。
顔の皮膚が剥がれ、目玉が零れ落ち、歯茎は抜け落ち、髪の毛は焼け落ちた。
けれども再生する。
そして、東雲 銀時が乗っている木の剣を掴んだ。
「お前……ヤバいな……。」
彼女の身体は健康な人間のそれと何ら変わらなかった。
唯一異変があるとすれば、服を着ていない事だけだ。
「はぁ……、服も再生すればいいのに……。」
『悪魔』が『Designer』を発動させる。
服は元に戻った。
「助かるよ、【警戒】。」
「いいよー。」
藤原 雪音は眼前まで押されている炎を見た。
そして少しばかり、木の剣の外側へ手を出す。
掌の表面薄皮が一瞬で消滅する。
藤原 雪音は『U・F・O』を発動させた。
黒い霧が溢れ出す。
それが人形になろうとするが、崩れる。
「【激怒】の奴を見て思い付いたんだ。あの、崩壊を見てな!」
黒い霧が炎へと向かっていく。
人形でなくとも、『U・F・O』のパワーは健在だ。
塊で無い分、強度やパワーは多少減少している。
だが、それでも尚余りあるパワーを『U・F・O』は持っている。
彼女は木の剣を押す事は出来ない。
『Justice Wing』とは比べ物にならない程、強大なパワーであるが故に、殺傷能力を持ってしまう。
それは『Wooden Sword』が弾く対象となる。
だからこそ、直接炎を攻撃する。
「炎が……消えない……?」
けれども消えぬ炎が、黒い霧とぶつかる。
炎は四散するが、それもまた『暁の化身』に還元される。
だが、炎とぶつかった黒い霧は熱により、消滅していく。
黒い霧が消え、そのフィードバックが藤原 雪音にくる。
人間を焼いた臭いが周囲に広がる。
傷が治らない。
藤原 雪音の再生力は黒い霧によって行われる。
黒い霧が消えていったのであれば、彼女の再生は遅くなる。
今回は耐えられるだろう。
しかし、次回は無理だ。
『暁の化身』の攻撃が終わる。
だが、次が来る。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……。ヤバいな……。」
藤原 雪音の顔に汗が滲む。
熱は感じない。
ただ、焼けている。
皮膚も、内臓も、あらゆるものが。
『暁の化身』はそんな事お構い無しに、炎を溜めた。
全体の20%だ。
先程の200倍だ。
「ッ! 【警戒】!」
「まだー、20%ー。」
炎が収束する。
膨大なエネルギーが一点へと集まる。
それはもはや炎と呼んでいいか分からない。
だが、それは確かに東雲 銀時へと放たれた。
藤原 雪音は『U・F・O』を霧状から人形にした。
そして、木の剣を思い切り蹴った。
「な、なにーッ! 木の剣を蹴った、だとーッ! 馬鹿なッ! なぜッ!」
藤原 雪音の『U・F・O』は、空中では力を十全に出すことは出来ない。
だが、反発力があれば、地上と同程度のパワーを実現できる。
人形にしたのは、強度を上げるためだ。
炎が到達した。
『U・F・O』は脚から反発力を受け取り、炎を殴った。
『U・F・O』には再生の力がある。
それは自己再生だけに留まらず、他者をも再生させられる。
それが例え、呪詛であっても。
「あれは……、私の呪詛ッ! まさか、質量の呪詛が復活している!」
『U・F・O』の拳に呪詛が刻まれる。
超重量の拳が、炎を殴る。
だが、無意味であった。
それは炎では無かった。
炎よりも細く、速く、しかしそれもプラズマだ。
雷が放たれた。
『U・F・O』が雷に打たれ、藤原 雪音の身体が痺れる。
痺れるだけで済むはずがない。
即死だ。
動きを止めた『U・F・O』に炎が巻き付き、消し去った。
藤原 雪音は木の剣から落ち、その間に身体が灰になっていった。
だが幸いにも、『暁の化身』の攻撃は終わった。
「おい! 【警戒】! 【驚愕】が死んだぞ! どうする!」
「……次のー、攻撃がー、100%ならー、作戦を決行できるー。そうじゃなければー、皆死ぬー。」
『暁の化身』は攻撃の準備を始めた。
炎が収束する。
先生は『悪魔』へと尋ねる。
「【警戒】! あれは何%だ!?」
『悪魔』は初めてその顔に焦りを見せた。
それは間違いなく朗報では無い。
「……あれはー、50%ー。」
足りない。
50%では足りない。
100%だ。
彼らが目指すのは100%。
まだ、足りない。
「ふむ、私の出番、と言うわけですね?」
だが、ヒック・ヘンダーソンが動き出す。
「『Crazy Circus』」
『Crazy Circus』は6秒間の間、激怒させる『能力』だ。
彼はその『能力』により呪詛を操るが、それはあくまでも副次的な効果である。
『暁の化身』は怒りを覚えた。
初めての怒りだ。
6秒間だけ続く怒りに身を任せ、その炎を十全に用いる。
「100%ー。」
「よしっ! 【愛慕】! 【歓喜】! 封じ込めろ!」
『暁の化身』が持つ全てのエネルギーが一点に集中する。
その炎は黒く光る。
黒炎が、東雲 銀時に向かっていく。
今度は、木の剣が受け止めた。
ジャスティスウィングは耐えられない。
しかし、もう一点に集中している。
「『Wooden Sword』!」
雫 愛美は木の剣を大量に生成した。
ジャスティスウィングはそれを持ち、黒炎を囲んだ。
球体になる。
それはまるで黒い太陽だった。
『暁の化身』を、封じ込めた。
更に小さく、丸め込める。
だが、そう上手くはいかない。
「ぐっ……、『暁の化身』が膨張しているッ! 耐えられない!」
木の剣が押し返される。
まだ、拮抗できている。
ジャスティスウィングの体力が尽きるまで、時間はない。
「『Don't believe F』!」
東雲 銀時は更に『能力』を発動させた。
『暁の化身』の攻撃目標が変わる。
東雲 銀時は先程までは自身が攻撃目標になるようにその『能力』を発動していた。
その方がより強い効果を発揮できるからだ。
今度は違う。
黒い太陽の中心に、Fを出現させる。
炎は中心に集まっていく。
「ようやく俺の出番か。」
「うんー、【嫌忌】ー、頑張ってー。」
『Parasite』は寄生した対象のエネルギーを吸収する。
寄生する為には、虫の卵を埋め込む必要がある。
その卵は一匹しかおらず、大きさは掌程度。
卵は殻の表面から吸収する為、『暁の化身』を小さく纏める必要があったのだ。
依存し、ただ利益を貪れ。
今、『暁の化身』は直径1メートルほど。
十分だ。
「『Parasite』」
強大なエネルギーが先生を襲う。
全てを吸い尽くす事は不可能だ。
先生の体では保たない。
高エネルギーにより、破壊される。
だからこそ、『悪魔』がいる。
「【警戒】! エネルギーを触手に集めたぞ!」
「分かったー。『Demon Realm』ー。」
先生はその触手を『悪魔』へと伸ばす。
『悪魔』はそれを両方の掌で包み込んだ。
その、包み込んだ部位がエネルギーごと消滅した。
これが今回の作戦だ。
先生が取り出したエネルギーを『悪魔』が消滅させる。
しかし、まだ全てのエネルギーを消滅させられた訳では無い。
次のエネルギーを取り出そうとした時、ミシッと嫌な音が響いた。
それはまるで木が割れるような音で。
皆が黒い太陽を見た。
それを取り囲む木の剣に、ヒビが入っていた。
「早すぎる……! 【嫌忌】! 急げ!」
「分かってる!」
『Wooden Sword』は非殺傷の剣だ。
誰も傷つけないから、誰からも傷つけられない。
今、木の剣は黒い太陽にダメージを与えている。
それは反発力による物だ。
黒炎を反射し、それが黒炎とぶつかる。
それにより、ダメージが発生する。
相手にダメージがあれば、当然木の剣にもダメージが与えられる。
皆、こうなる事は予期していた。
しかし、あまりにも早すぎた。
まだ、エネルギーを殆ど吸っていない。
この状態で『暁の化身』を開放すれば、全員死ぬ。
「【警戒】! 二本目だ!」
「了解ー。『Demon Realm』ー。」
どんどんと、先生はエネルギーを吸収していき、『悪魔』はそれを消滅させる。
確かに、『暁の化身』は弱っていった。
しかし、ただ一つ誤算があった。
『暁の化身』が持つエネルギー量は桁違いであったのだ。
「これで……、最後だ。最後の触手だ。俺の触手はもうない。」
火星人の触手には限りがあり、先生はそこにエネルギーを貯めていた。
しかし、『暁の化身』がもつエネルギーを見誤った。
もう、弱体化は狙えない。
先生は32本あった触手を全て失い、頭だけの姿となった。
もうこれ以上は戦えない。
そして、木の剣が壊れた。
「ふぅ……、人間にしてはよくやったじゃあないか。」
それは『暁の化身』だ。
人型となり、出てきた。
体を動かすたびに熱波が広がり、周囲を焼く。
『暁の化身』は消耗している。
しかし、それでも人間を焼き殺す事くらいならば叶う。
もう、誰も近づけない。
「『がらくた牛』のジャンキーですっ! 最後の掃除は任せてください! さっきまで役立たずでしたからねっ!」
松坂 結梨を除いて。
彼女はその手にイチゴ模様のマイクを握り、歌い出す。
『音楽の力』、だ。
魔女として、『暁の化身』へと立ち向かう。
『魔女会』最強は誰かと聞かれた時、メンバーは答えに困るだろう。
彼女達は条件によって強さが変わるメンバーが多い。
その性質上、一概に誰が最強かは決められない。
では、最も『強者狩り』が得意なのは誰かと聞かれれば、まず間違いなく全員がこう答えるだろう。
松坂 結梨だ、と。