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正典  作者: 大自然の暁
『楽園』
10/15

砂漠の王女

 藤原 雪音と真瀬 愛美は『闇市』の北区に着いた。

 なぜそれが分かったか、それは地区の間に巨大な壁が存在していたからだ。


「西とは随分違うんだね!」


「東西南北で管轄が違うんだ。例えば西は智恵ちゃんって暴力的なお婆ちゃんが統治してる。統治って言っても基本的に罪を犯した人の殲滅をしてるから、西区は商品の鑑定だとかもされずに雑多な物が売られてる。けど北は違う。」


 藤原 雪音は辺りを見渡した。

 そこにでは西区の様に数多くの店が建ち並ぶのではなく、ほとんど何も無かった。

 何の建物もなく、無機質な地面が広がるのみであった。


「北区は最も栄えていると言えるんだ。何故かって言うと、税収が『闇市』の中でトップなんだ。ここは裕福な人間がよく使うような地区で、だからこそ『情報屋』居るとも言える。」


「でも、何もないよ? 何でここが税収トップなの?」


「あれを見て。」


 藤原 雪音は更に北を指した。

 真瀬 愛美がよく目を凝らすと、遠くに黒く巨大な壁が見えた。


「北区にある建物はこれだけなんだ。」


「あれなんなの?」


「オークション会場。」


 北区は、オークション会場と『情報屋』だけのある地区である。

 それでも税収がトップであると言う事実は、そこで出品される品々が庶民では手が出ない程の高額である事をありありと想像させる。


「あそこまで歩かなきゃいけないの? 大変だね!」


「いや、もうここはオークション会場だよ。」


 そう言うと藤原 雪音は1万円札を20枚ほど地面に落とした。

 それが地面に触れた一瞬、空間が歪んだ様に見えた。

 それが過ぎ去った時、そこには無機質な地面や壁は存在していなかった。

 そこは廊下だった。

 床には赤いカーペットタイルが敷き詰められていた。

 それには植物と象をモデルにした模様が刺繍されていた。

 周囲には豪華な装飾を施された壺だとか、ラベンダーの花を題材にしたのだろうという絵などが飾られていた。

 最も驚くべきことは周囲に照明足りえる物品が無いのにも関わらず、廊下中はまるで昼間にカーテンを開け放ったかの様に明るかった。


「な、なんかすごいね!」


「20万は入場料としては最低額だけどね。」


「ほわぁ。」


「やぁやぁお嬢さん達、よく来てくれたね。」


「!」


 突然、彼女達の後ろから男の声が響いた。

 二人が咄嗟に後ろを向くと、そこには誰も居なかった。

 あるのは大きいとも小さいとも言えない様な机と、その上に乗ったスピーカーだけだった。

 男の声はそのスピーカーから出ていた。

 そして藤原 雪音はその声に聞き覚えがあった。


「お前は!」


「そうさ、私が『情報屋』さ。」


「このスピーカーが!?」


「ははは、やはりマナミ君は天然だね。」


「私の名前知ってるの!?」


「当然さ。『情報屋』、だからね。」


 『情報屋』は得意そうな声色で言った。

 そんな中でも藤原 雪音は『情報屋』について疑っていた。

 『情報屋』が自ら接近してくるなんて聞いた事が無かったからだ。


(絶対に『龍の逆鱗』関連だろうな。)


「さて、君達の知りたい情報を僕は知っている。」


「いくらだ?」


「橘 愛美に会いたいならパリに行くと良い。」


「は?」


 『情報屋』は情報を話した。

 まだ買ってすらいない。

 『情報屋』の取り扱う商品は当然、情報だ。

 情報は知ってしまえば対価を払う必要はない。

 だからこそ基本的に前払いが『情報屋』の使い方のはずであった。よ


「……なんで私達に話す? 目的はなんだ?」


「ははは、それは僕の個人的な理由さ。僕は今こうやって『情報屋』として仕事をしている訳だが、当然の様に僕にもプライベートがある。つまり、『情報屋』とは違う顔を持っていると思って欲しい。だからこそ『情報屋』としての損得のみで動くこともあれば、そうしない時もある。今回がたまたまその時だっただけさ。気にしないでくれ、宝くじに当たったようなものだ。だから目的はと聞かれても困るんだよね。僕は僕の目的の為に、君たちに僕の目的を明かせない。例えどんな対価を支払おうと話すことはない。少なくとも、君達にはね。でもそれが僕の目的に繋がる事でもあるって事だけは言っておこうかな。」


「長い。」


「ははは、じゃあ最後に一つ忠告を。」


 一息置いた後に『情報屋』は言った。


「太陽に気を付けてね。」


 その言葉を最後に、スピーカーは何の音も出力しなくなった。


「なんだったんだ……?」


「いきなり現れて言いたいこと言って消えたね。」


「太陽……ねぇ。」


 藤原 雪音と真瀬 愛美は二人して首を傾げ、結局分からなくても良いかという結論を出した。

 彼女たちはあまり頭を使うのが得意ではなかった。


「取り敢えず目的は果たしたし、帰ろっか。」


「そうだね! アヤノとカンザシを拾いに行こう!」


 次の目的地が定まった。

 華の都、パリだ。

そして、その為にはこの場から脱出しなくてはならない。

今、このオークション会場には『龍の逆鱗』を狙う刺客が大勢集まっている。

 そして、その内の一人が彼女達を見つけた。

 彼女達が帰ろうとした時、足元に違和感を覚えた。

 何かを踏んだ様に感じたのだ。

 先程まで、それは赤いカーペットタイルだった。

 それが砂に変わっていた。

 二人は砂を踏んでいた。

 明らかな違和感。

 室内であるにも関わらず、そもそもここは地下であるにも関わらず、砂が彼女達の足元に広がっていた。

 その砂が、彼女達の足に食い込んだ。


「んなっ!」


 藤原 雪音が足を動かすと、更に砂が食い込んだ。

 その砂は床に散らばってはいなかった。

 空中に散らばっていた。

 その場で固定された様に、砂は彼女達の肉を抉る。


「動かない方がいい。」


 その時、幼げだがどこか威厳のある様な高い声が響いた。

 二人が顔をそちらに向けると、案の定幼い女の子が立っていた。

 だがその顔つきはまるで幼女のそれではなく、大人の様な雰囲気を纏っていた。


「その砂は力を受け付けないからな。」


「お前は誰だ!」


 幼女は右目を瞑り、その奥で思案した。


「……まあ、教えてしまっても構わんか。私の名は木城 瑠璃。そして『Another World』のジェラカィンキ・リェーセュイノだ。私が誰かと聞かれたのなら、そう言うべきだろう。」


「『Another World』?」


「なんだ、知らないのか。」


 木城 瑠璃は少しがっかりした様な表情を浮かべたが、直ぐに立ち直った。


「私の要求は一つだけだ。」


「『龍の逆鱗』を渡せ、だろ?」


「……その通りだ。」


「えっと、申し訳ないけど渡さないよ。」


「そうか、じゃあ殺して奪うまでだ。」


 木城 瑠璃はそう言うと、懐から砂を取り出しばら撒いた。

 その砂は徐々に減速していき、最終的には空中で静止した。


「『Lazy Desert』、これでお前たちは身動きが取れない。」


「『U・F・O(ユーエフオー)』」


 藤原 雪音は『U・F・O(ユーエフオー)』で地面を殴り、下への逃げ道を作った。

 二人はその穴から下の階へ落ちた。

 そこは先程いた廊下に酷似した場所だった。

 しかし、一つだけ違う所があった。

 彼女達の目の前には、笑顔を模した仮面を被った男がいた。


「どうも、どうも、皆様方。私の名はヒック。道化師のヒックとお呼びください。私は皆様ご存じ、『Another World』の者でございます。一つ、余興を準備いたしましたので、どうか楽しんで頂ければ幸いでございます。『Cursed Circus』」


 その瞬間に、真瀬 愛美の視界から藤原 雪音が消えた。


「ユキネちゃん?」


 周りには仮面の男も居なくなっており、真瀬 愛美だけが廊下に一人立っていた。

 真瀬 愛美は仮面の男が立っていた場所へ駆けつけた。


「なんだ、ヒックの奴め。一人残っているじゃないか。」


 その時、彼女の後ろに木城 瑠璃が下りてきた。

 二人が対峙する。

 木城 瑠璃は懐からナイフを取り出した。


「……ユキネちゃんはどこ?」


「さあな。」


「知ってるでしょ? 無理やり言わせてあげる。『Demolishing Restart』」


 真瀬 愛美が『能力』を発動させた。

 彼女は一瞬にして木城 瑠璃の前方2メートルへ移動した。

 そして、その手に持つナイフを振るった。


「妙な技を使うか。」


 木城 瑠璃は砂を空中に投げ、『Lazy Desert』によりそのナイフを防いだ。

 金属が擦れるような音がなり、ナイフの刃がボロボロになった。

 真瀬 愛美はナイフを投げつけ、再度『Demolishing Restart』を発動させた。

 木城 瑠璃がナイフを払い落そうとすると、腕を振るった先に突然砂が現れた。


「な、なにっ!」


 そのまま砂が彼女の右腕を貫通させた。

 だが、彼女の『能力』が使われている砂は彼女に害を及ぼさない。

 真瀬 愛美は『Demolishing Restart』を発動させた。

 その瞬間に木城 瑠璃の頬に切り傷が生まれた。

 木城 瑠璃は辺り一面に砂を撒いた。


(な、なんなんだ? こいつの『能力』は……。いや、狼狽えるな! 私は何としてでも勝たねばならんのだ!)


 木城 瑠璃の『Lazy Desert』は砂に作用する『能力』である。

 彼女が手で触った砂は、逆の慣性を示す。

 つまり、動いている砂は静止しようとし、静止している砂は動こうとする。

 怠惰の裏返しは勤勉である。

 砂が静止するのには時間がかかり、一見静止している様に見えても少しだ動いている。

 そして、ようやく上階で彼女がばら撒いた砂が完全に静止した。

 空中にあった砂が、勢いよく加速し始めた。

 砂のマシンガンが真瀬 愛美を襲う。

 真瀬 愛美は『Demolishing Restart』を発動した。

 その瞬間、彼女を襲った砂が彼女が立っている床を貫通させた。

 真瀬 愛美は無傷であった。


(ならば……。)


 『Another World』に所属する全ての生物は、ある一つの機能を持ち合わせる。


(次元間移動!)


 彼女らは次元の狭間を通り、別の場所へ移動することが出来る。

 そして木城 瑠璃は真瀬 愛美の背後に移動し、その周囲に砂を撒いた。

 砂の牢獄だ。

 出る事は出来ないが、しばらくすればその全てが内側にいる人間を撃ち殺す。

 いわば死刑囚の牢獄。


(次元間移動のクールタイムは5分と少し。だが、奴はもうお終いだ。)


 真瀬 愛美が『Demolishing Restart』を発動させた。

 しかし、何も起こらなかった。

 そして、砂が彼女に向かって射出された。

 砂が射出されるのを見ながら、木城 瑠璃は思考した。


(こいつの『能力』は恐らく行動を省略する様なもの。だが、それにしては妙な行動をしていた。『能力』を使用して私の首を刎ねれば良いのに、それをしない。しないというのは出来ないということだ。つまり、未来で起こり得る行動しか出来ないということだ。あくまで行動の省略。時間停止じゃない。)


 木城 瑠璃は先程、砂が打ち込まれた床を見た。

 真瀬 愛美は既に蜂の巣になって絶命していた。


(そして、これは私の『能力』によって打ち込まれた砂だ。これも行動の省略だけではこうはならない。つまり、こいつの『能力』は他者の行動も省略する? いや、そうか! この『能力』は!)


 木城 瑠璃はようやく気が付いた。

 だが、無意味だ。

 真瀬 愛美の前ではあらゆる行動は無意味となる。

 『Demolishing Restart』の『能力』が始動した。

 世界が崩壊する。

 世界の裏から時間が現れた。

 全ての物体がシャボン玉の様に丸くなり、時間の中を浮遊しだす。

 そして、それら全てがある一点へと収束する。

 それは真瀬 愛美が『能力』を発動した点であった。

 世界が修復される。

 だが、元の世界とは違っていた。

 真瀬 愛美の近くにある全ての砂が射出し終わっていた。

 当然、彼女は無傷のままである。


(こいつ無敵か!?)


 木城 瑠璃は砂を撒いた。

 そして、砂の壁で真瀬 愛美から体を隠し、更に『Lazy Desert』を発動させた。

 壁の奥、真瀬 愛美は砂壁へと駆け出し、それに当たる前に『Demolishing Restart』を発動させた。

 真瀬 愛美の背後に無数の砂が現れた。

 全ての砂が射出し終わったのだ。

 そして、その奥から更なる砂が現れた。

 その砂が彼女へ向かって射出された。

 彼女はその砂を回避しようとし、左へ飛んだ。

 しかし彼女は完全には回避しきれず、右腕の上腕辺りが抉り取られた。

 木城 瑠璃はその隙を逃さず、更に真瀬 愛美の左方へ砂を撒いた。

 そしてそのまま真瀬 愛美の右方へ駆けだした。

 真瀬 愛美は自身の右方へと回り込んできた木城 瑠璃に対して、靴に隠し持っていた暗器のナイフで蹴り上げた。

 靴の先から出現したナイフが、木城 瑠璃の顔面を切り裂く。

 それと同時に先程撒いた砂が彼女を襲った。


「『Demolishing Restart』」


 真瀬 愛美は砂が当たる直前に『能力』を発動させた。

 砂が彼女の前方に転移した。

 その瞬間に、木城 瑠璃の掌から砂が飛び出してきた。

 その砂が真瀬 愛美の腹部を貫く。

 真瀬 愛美は逃げる様に後方へ飛び、しかし体力が尽きたのか膝をつく。


(こいつの『能力』は時間遡行か。)


 木城 瑠璃は遂に気が付いた。


(だが、戻せる時間には制限があるようだな。そして、何度も同じ時間を戻り続ける事も出来ない。恐らくは2回程度までだ。連続して攻撃を避ける事がない。)


「私の『能力』に気が付いたみたいだね。そう、私はタイム・トラベラー。」


「……巫山戯た『能力』だ。私が嫌いなタイプだ。」


「あなたを倒せる『能力』だもんね!」


「ふっ、そうか。出来るものならやってみるがいい。」


 木城 瑠璃は掌を上に向け、その上に砂を置いた。


「お前は慣性の法則を知っているか?」


「動いているものは動き続けるってやつ?」


「合っているが、正確ではない。」


 木城 瑠璃は掌の砂を見た。


「慣性の法則とは! 外部から力が加えられない限り、静止していない物体は等速直線運動を続け、静止している物体は静止し続ける! そして!」


 砂が螺旋状に動き出す。


「私の『Lazy Desert』は! 逆の慣性を示す! つまり、静止していない物体は静止しようとし、静止している物体は等加速度運動を行う!」


 砂の螺旋がだんだんと速くなっていく。

 砂は加速する。


「何が言いたいの?」


「お前の『能力』が良いヒントになったと言う訳だ。」


「え?」


 突然、砂が消失した。

 それと同時に、真瀬 愛美の右肩から胸の中心を繋ぐ様に、肉が抉られた。

 肉だけではない。

 肩甲骨、鎖骨、肋骨、胸骨の断面が露出した。

 そのどれもが血で紅く染まり、周囲には濃厚な血の臭いが拡がる。

 心臓は無傷であったが、右肺が二つになり、その片方が地面に落ちた。

 遅れて、真瀬 愛美の体が仰向けに倒れる。

 その衝撃で心臓が完全に体外へ排出された。

 木城 瑠璃は真瀬 愛美の死体から『龍の逆鱗』を回収しようと近付いた。


「こ、これは……!」


 そして、真瀬 愛美の心臓を見た。

 その心臓は緑色を呈していた。

 無機質で生命を感じないそれを心臓だと断定出来たのには理由がある。

 それは強く、確実に拍動していた。


「まだ生きている、だと……!?」


 木城 瑠璃は慎重に真瀬 愛美の体に近寄り、心臓を持った。

 そしてその心臓を真瀬 愛美の体から引き剥がした。

 しかしそれでも尚、心臓は拍動を続けた。


「これが『龍の逆鱗』、か……。」


 『龍の逆鱗』に寄生された心臓を手に、木城 瑠璃は胸中で恐れを抱いた。

 だが、彼女達『Another World』は引き返す事は出来ない。


「全ては大義の為だ。」


 木城 瑠璃は覚悟を決める為に呟いた。





 木城 瑠璃は手に持った心臓を見て困り果てた。 


「この心臓、どうやって運べば良いんだ……。」


 結局、ポケットの中に押し込んだ。

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