30、レアンドロの真実、解けゆく誤解
応接室でゼマンの入室を待っている間にゾフィアが紅茶の準備を進める。
扉がノックされてどうぞと声をかけるとゼマンが入ってきた。
「王太子妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」
腰を曲げ軽く会釈して挨拶する様は立派な紳士だ。
「ありがとう、ゼマン閣下」
「ああ、こういった私的な場ではどうぞ俺の事はルディと呼んでください」
ルディは人懐こい笑顔をリリエに向けた。
「でも……」
「ああ、レオには許可取ってありますから大丈夫ですよ」
リリエは手回しの良さに少し驚く。
「……そういえば殿下とは幼少の頃からのお付き合いでしたね。殿下の幼い頃の事を教えて頂きたいわ」
「ああ……、あいつでは説明不足になる事もあるでしょうからね、補足の意味も込めて幾らでもお話しさせてもらいますよ」
「ルディさんは、その、レアンドロ殿下のご事情を全て知っておられるのですか?」
「ああ、はい。大概の事は共有してますよ。感情が希薄な事とかでしょ?」
「ええ……」
「ああ、大丈夫ですよ。王太子妃殿下に付けた侍女達は外に秘密を漏らすような者達ではありませんから。生え抜きの者達を選んでいますのでご心配なく」
リリエはルディの察しの良さと、婚姻に際してとても細やかな配慮がなされていたという事実にも驚いた。
「そういうの、レオが全部差配したんですよ?」
「……そうなのですか?」
「それに、この3ヶ月リリエ嬢と絶対結婚するんだっつって、駆けずり回ってたんですよ?」
ルディはこみあげる笑いを噛み殺しながらリリエに言った。
「……殿下が?」
そっとゾフィアがリリエとルディに紅茶を差し出す。
二人は出されたカップに手を伸ばしてそれに口を付けた。
そしてルディが笑う。
「レオの親友として、その奥さんであるリリエ夫人に言ってもいいかな?」
「……ええ、いいわよ」
「ヴァルタリアから帰ってきたレオは真剣な顔して俺達にリリエ嬢と結婚したいから、力を貸してくれって言ったんだよね。反王派に教育されたリリエ嬢にケチがつくのは目に見えてたから、その辺を封じ込めないといけなかった。だから俺、予め情報操作して市井にモトカリオンの子孫はそれはそれは絶世の美女で慈愛に満ちた少女で~……って噂を流したんだよね」
「あのフィーバーぶりは何かおかしいと思ったけどやっぱり作為があったのね」
「あそこまで盛り上がった世論をひっくり返すなんて難しいからね」
「レオは集めた証拠は全てリリエ嬢から提出されたものだと言って、反王思想どころか王家への忠義を行動で示しただろうって反対派を封じ込めたんだよね」
「世論を味方につけて、私の忠義を証明したのね……。でもそれだけじゃ足りないはずよ?」
ルディは紅茶を含んだ後、そっとカップをソーサーに戻した。
「お父様の件があったのに、それはどうねじ伏せたの?」
ルディは紅茶と一緒に添えられたクッキーを摘まんでリリエを見た。
「それに関しては、証人と証拠を何重にも重ねたんだよね。ヒヤヒヤしたけど何とかなったよ」
リリエはずっと疑問に思ってた事をルディに訊ねる。
「……ね? この3ヶ月の動きって完全に貴方達の書いた画だったんじゃないの?」
ルディは微笑む。
「なんでそう思うの?」
摘まんだクッキーを一齧りした。
「だって、あまりにも短時間で全てが解決してるもの。私も証人として召喚されるものだと思ってたのに、そんな事すらなかった。それは必要がないレベルまで証拠が固まっていて、反対派を封じ込めるだけの支持を既に得ていたという事だわ」
「御明察。その通りだよ」
全て彼らの思う通りに進んでこの場にいるという事が何となく納得いかなくて悔しい。俯いて手の平をぎゅっと握った。
「ヴァルタリアから定期的に連絡は上がってたから動向は掴めてたんだよ。それにね」
「なに?」
「レオが一目惚れしたって言った時点で、俺達は全力でリリエ嬢を迎えるって決定したから」
リリエは小首を傾げた。
「一目惚れ?」
「うん。感情の希薄なレオが一目惚れしたなんて言い出したんだ。応援しない訳にはいかないよ」
最初に会ったのは助けられたあの時だが、レクスに扮したレアンドロはそんなそぶりは見せなかったように思う。
その疑問が表情に乗っていたようで、ルディはちょっと可笑しそうに笑った。
「最初からリリエ嬢と結婚したいって決めてたみたいだよ。そもそもあいつが誰かに感情を傾けるなんてあり得ない位の奇跡なんだよね」
リリエはその言葉に照れ臭さを感じたが、一方で少しの不信感も持った。
そんなリリエを察してかルディはやっぱり笑う。
「……あいつさ? 感情が希薄な分興味のない人間には本当に感情が何も動かないからさ、人の好意に対しても鈍感で今まで何人も居た婚約者候補全員にお断りされてるんだよね。だからさ、リリエ嬢とは会わずに婚約決まっちゃったんだよね」
「……私にまで断られたら後がなかったのね。道理でおかしいと思ったわ。普通婚姻式まで全く顔を合わせる事がないなんて在り得ないもの」
「リリエ嬢との婚約は王家としては反王派の封じ込めには必須事項だったからね。リリエ嬢に断られていたら本気で困ってたと思うよ」
本当にこの婚約はリリエの意思は尊重されなかったのだと思うと呆れてしまった。
「……レクスとしてリリエ嬢に会いに行ったのはさ、その辺の意思の確認をしたかったみたいだよ?」
「え?」
ルディはもう一つクッキーを摘まむ。
「意思確認もなく、婚約者に決められたわけじゃん? リリエ嬢に他に想う人がいたり、自由を望んでるならあいつの方から婚約破棄するつもりだったみたいだよ」
「…………」
確かにレクスには聞かれた。自由を求めないのかと。
「で、定期連絡でリリエ嬢とデートしたとか送ってくるから俺達としてはこれは応援しなきゃってなったんだけど……、この一週間レオの様子がおかしいんだよね。で、どうしたのか聞いてみたらリリエが怒って口きいてくれないって言うからさ~? やっぱ正体明かさなかったの怒ってるの?」
ルディがまるで昔からの友人の様に気安く聞いてくるのでリリエもここはもう本音を言う事に決めた。
「そりゃ怒るわよ。私レクスには振られたと思ったの。だから好きな人を忘れて別の人と結婚しなきゃいけないのねって、それはそれは悲壮な気持ちで婚姻式までの3ヶ月、過ごしてたのよ? もし正体を明かしてくれてたらこんな気持ちで婚姻式まで過ごさずに済んだわ。私もっと幸せな気持ちで過ごせてたでしょう?」
ルディは苦笑いをした。
「そりゃリリエ夫人の言う通りだね」
「私もルディと呼ばせてもらうから、貴方もリリエと呼んで。……本当に時間を返して欲しいわ。あれだけ覚悟して振り切らなきゃって自分の気持ちを整理してやっと婚姻式に臨んで、はい俺が王太子殿下でしたって言われたって腹が立つだけよ」
「リリエの気持ち、すっげえわかるんだけどさ? あいつを擁護させてもらうけど、この3ヶ月レオのやつ、不眠不休で駆けずり回って反対派の奴らの動き封じたんだよ? 俺らも手伝ったけど、それ以上に頑張ったのはレオだ。ヴァルタリアから早馬で休みなく走って帰ってきたと思ったら、そこからも休みなしで奔走してた。……俺達もああ、本気なんだなって感心したんだ」
リリエは顔に出てしまったその複雑に入り混じった感情を隠す為に俯いた。
「……私だって、わかってるの。……レアンドロ殿下がヴァルタリアから去ってたった3ヶ月、しかも予定通りに婚姻できた時点でどの位頑張ってくれたのか……」
「……うん、だったらさ? さっき俺に言ったみたいに素直に怒りを伝えてやってくれないかな? あいつホントに困り果ててさ。まあ、俺としてはあんな狼狽えてるレオ面白いからこのままでもいいんだけどさ」
茶目っ気たっぷりにルディはそう言うとクッキーをまた摘まんで食べ始める。
ああ、甘党の親友はルディだったのかと、リリエはくすりと笑った。
言葉が足りない典型的な男子、レアンドロ




