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21、高貴なる囚われ

 現か夢かわからない境界線の間をリリエは彷徨う。

 知らない場所にいるようだけど、ここはどこなのだろうか?

 意識は宙を漂う様に何の感想もなく、ただ目の前のぼんやりとした風景を眺める。

 しばらく何も考える事が出来なくてただその風景を眺めていたら、その小さな部屋の扉が開かれた。

「あら、女王陛下、お目覚めになられたのね?」

 女王陛下って誰の事だろう……? なんとなくそんな風に思う。そしてそれを発したのはお仕着せを来た聞き覚えのある声の女性……、これはエルザ先生だ。

 そう思った途端に思考が回り始めて、意識を失う直前の事を思い出す。

 リリエは起き上がろうとするが全く起き上がれない。

 何とか身を捩る事と軽く両腕が上がったくらいだ。

「しばらくは動けませんわ。かなり強い薬を使いましたから」

「……え、える……ざ、せんせ…い?」

「ええ、私ですわ、女王陛下。貴女は全ての女性の希望なのです。この国は軍人ばかりが重用される。しかし女王を戴くことでその考えは必ず変わる」

「……わたし、じょおうになんて、ならない……」

「いいえ、貴女は女王になります。だって私は如何に王妃が脆弱な立場であるかをお教えしてきたはずです。そして貴女にはそれを踏み越えるだけの才覚をお持ちですもの」

「……私は……」

 扉が再び開かれて新しい人物が入ってきた。

「そこまでにしておきなさい。女王陛下はまだ意識が混濁しておられる」

 その新しい人物は、クラメツ先生だ。

「……くらめつせんせ……も?」

「はい、我らの女王陛下。私も貴女の有能な駒となるべく、反王派に与しております」

「……ど……して……?」

「我らの聡明な女王陛下であればもうお判りでしょう? この国の武断政治に不満を持つ者がもう我慢の限界を超えてしまっている事を」

「……でも、ぶりょくで……せいあつ、されてしまうわ……」

「……ですから、我らはこのヴァルタリアに目を付けたのですよ。貴女を育むこの地こそが我らを野蛮な者達から救ってくださる。そう、貴女を旗印にして」

 回らない頭で考える。

 つまりはヴァルタリアを謀反の先頭に立たせようという事なんだろう。

 確かにヴァルタリアの軍事力は強い。他領と大きく違う点は重装備兵を多く配置できる所。鉱山のお陰で腕の良い職人が集まっているから良い武器が手に入る。そうすると傭兵ギルドも栄える。

 ヴァルタリアには優秀な傭兵がたくさんいる。

 だからいざ軍事的な衝突があっても強いだろう。でもそれは国を相手にする事を想定しての強さではない。

 実際国と事を構えるのであれば周辺の他領を取り込む必要がある。鉱山地帯のヴァルタリアでは兵糧の問題がどうしても出てくるからだ。

 まさか、それが終わっているのだろうか……?

「女王陛下? 我らは貴女の優秀な駒だと、申し上げましたでしょう? 陛下を戴く段取りは、恙なく整えてございます。貴女はただ御輿に乗りさえすればいい」

「……わたしは、むほんなんて……」

「しかし御父上はどうでしょうか? ……まあ今は良いでしょう。薬の効果が薄れた頃にまたやってきます。さ、エルザ女史」

「はい、クラメツ様。では女王陛下、後程」

 二人は部屋を出ていく。

 その後錠前の落ちる音がするとコツコツと二人の足音が遠くなっていく。

 リリエは体を動かす。

 先ほどよりは体を動かせたが、捩る事が出来た程度で、まだ起き上がれそうにない。

 仕方がないので辺りを見渡す。

 まだ頭はぼんやりしているけれど自分の置かれた場所の観察位は出来そうだ。

 部屋に窓はない。

 リリエが今横たわる場所は石造りの寝台だ。

 濃い紫色のビロードの敷物が敷かれて、石の冷たさは感じない。

 紫は王家の重要な儀式の際にもマントの色などにも使われる高貴さを象徴する色だ。

 きっと敢えてこの色を選んだのだろう。

 そして高級な羽毛の枕に薄い羽根布団。

 暖かで柔らかな感触が心地いいのに居心地悪く感じるのは、この場所のアンバランスさのせいだろう。

 監禁しているのに丁重に扱う……。彼らはこの矛盾に気が付かないのだろうか?

 体を捩っているとやっと何とか動けそうな気がしたので、起き上がってみる。

 起き上がったけれどグワンと体が左右に揺れるような感触が襲う。実際には体は揺れていないだろうけれど、その感覚に耐えられなくて、もう一度横になる。

 はあ、と一つ溜息を吐いて右腕を額に乗せてせめて思考だけはする。

「……きっと、お父様を盾に取られるのね……」

 反王派はきっといざとなればリリエの父であるヴァルタリア城主に全ての責任を擦り付ける気でいるのかもしれない。

 でもそれに反論出来る確かな証拠である裏帳簿が無くなったから、こんな強硬手段に出たのかもしれない。

 額の腕を下ろして周りを少し観察すると、部屋の一番奥には小さな祭壇の跡がある。

 祭壇には何か文字が刻み込まれているようだけれど、これは原住の民が昔使っていた文字なのでリリエには読めない。

 と、いう事はここは原住の民の巡礼地の宿場跡の一室という事なのだろう。

 巡礼の宿場には出入りしていたけど、建物の中を散策したことはなかったので、こんな一室があった事をリリエは知らなかった。

 今わかる事は先生の内、ヘルムート先生、クラメツ先生、エルザ先生が反王派なのは確かだ。

 そしてここは巡礼の宿場跡地。つまり人が来てくれる可能性は低いと見ていいだろう。

 豪華な燭台に大きい蝋燭が3本立っている。

 そのどれもが大体同じ長さで溶けているし、まだまだ長いので、新品かそれに近い蝋燭を使ったのだろう。という事はここに閉じ込められてからはそんなに時間は経ってないとリリエは判断した。

 きっと自分がいなくなったとわかったら、まずは誘拐を疑われるだろうから、領の関所は全て封鎖される筈。

 その封鎖が解かれるまではきっとここに閉じ込められるのだろう。

 そして封鎖が解かれたらまた眠らされて偽装されて、反王派のアジト辺りに連れていかれる。

 と、リリエは予想した。

 自分ならそうする。

 リリエにとって予想のつかない出来事が起きない限りはその線で間違いない。

 「……だったら私が粘ればいい。粘っている間にきっと助けが来る」

 そう小さく呟いた時、父親でも誰でもなく、一番最初に浮かんだ顔はレクスだ。

 その事実にリリエは驚くけれど、納得もした。

 レクスだけはきっと自分のこの窮状を理解して適切に動いてくれると確信出来る。

 それを思うだけでこの苦境を絶対乗り切ろうと勇気が出たし、仄かに暖かい感情が胸に吹くのも感じた。

 リリエは他の誰にも感じた事のないこの感情の正体に少しだけ思い至ったけれど、すぐに打ち消した。

 だって、そんな事あってはいけないから。

 それに今はそんな事に思考を取られている場合でもない。

 幾分、腕は自由に動くようになってきたので体を再び起こしてみる。

 まだ少しだけ体が左右に揺れてるような感覚は残っているけれど、動けないほどではない。

 ゆっくり体を起こして慎重に座ってみると、揺れる感覚は少しずつましになってくる。

 そして今度はそっと立ち上がってみる。

 十分に立っていられた。一枚板の天板の木製のテーブルがあって、そこにはソファまで用意してある。

 そのテーブルの上にはフルーツまで用意されている。

 この部屋のこういった用意されたもの全てに違和感と不快感を持ってしまう。

 この『造りつけられた』感じがきっと彼ら反王派のリリエに対する心情そのものなのだろう。

「……私、お飾りの女王様って事なのね……」

 そう一言呟くとその声は意外と大きく響いてしまう。

 その事に一人何となく慌てていると、複数人の靴音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。

ヴァルタリアは鉱山地帯なので食料には恵まれてないので、こういうフルーツは高価なもの。

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