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15、綻びから覗く真実

 扉が閉められて、やっと気を抜くことが出来たリリエはソファに座り込んだ。

 そしてレクスに着席を促しながら問うた。

「ありがとう、助かったわ。でもどうして私が執務室にいるってわかったの?」

 レクスは着席して人懐こい笑顔で答えた。

「副団長が教えてくれたんだ。リリエ嬢が珍しく急ぎ足で執務室に乗り込んでいったって」

「マハチェク副団長が?」

「あの人ね、いつもリリエ嬢の事気にしてるよ? リリエ嬢に挨拶されるの嬉しいって言ってた」

「そうだったの? そんな風に思ってくれてるなんて気が付かなった……」

「話しかけられたら照れ臭いんだって。損するタイプだよね」

 ヴァルタリア騎士団のマハチェク副団長はリリエが話しかけるといつもむっつりと黙り込んでしまったので、リリエは嫌われているものだと思っていた。

「いつもとは違う様子で執務室に向かって行ったって。リリエは優しいから派兵に心を痛めているんじゃないかって心配してたよ」

「そうなの……」

 意外な人が自分の事を気にかけてくれていた事にリリエは驚いた。

 自分の全面的な味方はイグナツとチェスラフだけなんだと思っていたが、その二人以外にもこの領城内で自分を好意的に見てくれている人がいた事に少しだけくすぐったい気持ちで思わず頬が緩んでしまう。

「後でお礼言ってあげてね。きっと喜ぶ」

「うん、そうするわ」

 レクスは少しだけ真剣な表情になってリリエに訊ねた。

「何かわかったことはある?」

 リリエはティーテーブルの天板の裏側に手を伸ばす。

 そしてイグナツの帳簿を取り出しそれをレクスに手渡した。

「これは?」

 レクスはパラパラと帳簿を捲った。

「イグナツが領城で卸された品の記録と実数の不一致を帳簿につけてくれていたの」

「……これは重要な証拠になるね」

「ええ。もう6年も前から行われていたみたい。あのね、レクス」

「なに?」

「全ての事が6年前、私の婚約が決まった時から始まってるんじゃないかしら?」

「……鉱山の出入り業者のグロックナー商会に替わったのも6年前だね」

「領城の出入り業者のズラティー・リンク貿易商会に替わったのも6年前なの」

「……リリエ嬢?」

「なに?」

「レアンドロ殿下は王都のさる大物をマークしてるって言ったよね?」

「ええ、そう言ってたわね」

「その大物って、モトキス王国宰相、ヴィテテフ・スヴァトプルク・チェルニーなんだ」

 リリエは驚く。

 宰相という王に近しい立場の人間が反王派だと目されているというのは大変な事だ。

「リリエ嬢と初めて会ったあの日も、宰相の使いの跡をつけてきて、あの場面に出くわしたんだ」

「……やっぱりそうだったのね。あんなところに人がいるのなんて本当に珍しいもの」

「6年前、リリエ嬢が婚約者候補にあがっていた時、宰相一派は反対の立場だったんだ」

「そうなの?」

「うん、でも婚約が決定してからはそれは成りを潜めた。あれだけ反対してたのにこの件について今は何も言及してこないんだ」

「そもそも婚約に反対していた理由ってなんだったの?」

「色々言ってたみたいだけど彼らの一番の主張はヴァルタリア領が力を持ちすぎる、だった」

「……それって今でも通る理由よね?」

「そう。だからこそレアンドロ殿下が宰相に疑念を持つきっかけにもなったんだ。宰相が何も言わなくなったのは手段を変えたからなんじゃないのかって」

「……宰相からしてみれば、決まってしまった時点でこれ以上強硬に反対しても自分の立場を悪くするだけだもの。だったら他のやり方を考えるでしょうね」

「そう、そしてヴァルタリア領の不正が始まったのも婚約がきっかけ、そのヴァルタリアに宰相が何か介入している痕跡がある。……うん、繋がって来たね」

「……後はイグナツの帳簿とヴァルタリアの財務帳簿を照らし合わせる事よね?」

「うん、少なくともそれでヴァルタリアの不正は発見出来るね」

 リリエはレクスの手元にあるイグナツの帳簿を見つめる。そして長く沈黙した後、レクスを真っすぐ真剣な眼差しで見つめた。

「私、お父様の部屋に忍び込んでみるわ。財務帳簿を保管してあると思うし、過去の記録1冊でも持ち出せれば充分な証拠になる」

 レクスはリリエのその真剣な眼差しを受け止めて同じ様に真剣に答えた。

「……ねえ? リリエ嬢、わかってると思うけど……、それはヴァルタリア領主……つまり自分の父親を告発する事になるよ? ヴァルタリア領主は最悪……死刑だってあり得る」

 レクス真剣な眼差しを受け止める。

 領主が不正を行った場合、領主権はく奪の上に蟄居を命じられるのが一般的だ。でも、王家の裁量次第では死刑だってあり得る。

 リリエはレクスの綺麗なセレスティアルブルーの瞳をじっと見つめた。

 長く見つめ合った後、リリエは目を伏せる。

「……そうね。でも、お父様の不正で領民が苦しんでいるのは確かだもの……。正されなきゃいけないわ……」

 リリエはもう一度レクスの綺麗な瞳を見つめ、はっきりと宣言する。

「……覚悟は出来たわ。大丈夫」

 それを受けたレクスはこくりと頷いた。

「……大変な決断をさせてしまったね」

「元はと言えばお父様が不正なんて働くからいけないのよ。何もレクスが気に病む事は無いわ」

 リリエは出来るだけ明るく笑う。何故ならレクスに責任を背負わせる気なんてなくて自分で決めた事で、その結果も全部自分の決断のせいだと理解しているから。

「………………あの、さ?」

 今度はレクスが目を伏せて手元にあるイグナツの帳簿を眺める。

「なに?」

 レクスは顔をあげてリリエを見ていつもの人懐こい笑顔を見せた。

「………………何でもない。ねえ? 領主の執務室に本気で忍び込むの?」

「ええ、お父様が王都の別邸に行ってる今がチャンスだと思うの」

「……だったら、夜だね。見回りさえかいくぐれば後はわざわざ夜執務室に入る人間はいないと思うんだよね。基本的に領主の執務室なんてこの領城内で一番みだりに入ったり出来ない場所な筈だから」

「そうね。なら、確実にお父様がいない今夜がいいと思うわ。……お父様は前触れなく突然帰って来る事が多いの」

「そうか。なら決まりだね。今夜忍び込んでくるよ」

「どうしてレクス一人で忍び込むことになってるの?」

 また、人懐こい笑顔を見せたレクスはイグナツの帳簿をティーテーブルの上にそっと置いてリリエの手前に寄せた。

「だって、俺、隠密行動割と得意だし」

「一人でなんて行かせないわ。だって、万が一誰かに見つかったら、レクスだけでは言い訳が何も出来ないもの。でも私がいれば私が処分されるだけで済む。だってレクスは王太子付きの護衛騎士なんですもの。私の命に従って一緒に忍び込んだなら、その罰はレアンドロ殿下の裁量に委ねられる事になる。レアンドロ殿下も密命を遂行中の時に起きた事なら手心を加えて下さるでしょ?」

 リリエはにっこりと笑ってレクスを説得する。

 それを受けたレクスは目を見開いてややあって、大きな溜息を吐いた。

「俺は、リリエ嬢には一生口喧嘩では叶いそうにないや」

「そうかしら? 筋道立てればわかる事じゃない」

「筋を通してしまうから勝てないんだよ」

 リリエはイグナツの帳簿をティーテーブルの天板の裏の隠されたスペースに再び収納した。

「とにかく、今夜決行ね。私、イグナツの所に行って、執務室の鍵をどうにか入手出来ないか聞いてくるわ」

「……イグナツも大変だな、そんな危ない橋一緒に渡らされて」

 レクスは少し苦笑いをする。

「大丈夫。イグナツとチェスラフは私の一番の味方だから」

「そうみたいだね。二人にくれぐれもリリエ嬢をしっかり守る様に念を押されちゃったよ」

 少し困ったように笑うレクスを見て、イグナツとチェスラフがどんな風に言い含めたのか想像が出来て、リリエは笑ってしまった。

マハチェク副団長は実はリリエの母親に憧れてて、日に日に母親に似てくるリリエに同じような憧れる気持ちを持ってる。決して恋とかそういうのではなく、推しって感じ。

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