11、王妃の微笑み、少女の想い
リリエは自室の応接にレクスを招いてソファへの着席を促した。
レクスはリリエの求めに応じ、帯剣していた剣を外して、脇に置き着席した。
「で、レオポルト先生の様子はどうだったの?」
「……レオポルト先生は正直な所怪しいと思う。一番怪しい点は私の授業で財務に関する肝心な部分をぼかしてる所よ。今までそんな風に見てこなかったからわからなかったけど、こうして先生達を盤面から覗くように見れば、動揺がわかるものなのね」
リリエは小さく溜息を吐く。
「嫌な役目をさせてしまってるね。ごめん」
レクスは少し眉尻を下げて微笑んだ。
「ううん。お父様に不正があるなら糾さなきゃいけないし、私もただ黙って反王派にやられるばっかりじゃ腹の虫が治まらないもの」
「……恐らく、なんだけど。ヴァルタリア領主は反王派に与していないと思うんだ」
「そうなの?」
「うん。これもまだ確証はないんだ。だけど反王派に属する名簿の中に名前が出てきた事がない。だから搾取されてるだけの可能性もないとは言い切れない」
「……だったらいいけど。さすがにお父様が縛り首になる所を見たい訳じゃないから」
「リリエ嬢はヴァルタリア領主が苦手?」
リリエは少し考え込む。
「……そうね、苦手かもしれない。何を考えているのかわからない上に、一緒に住んでるのに遠い感じがするの。一度も二人きりで過ごした事がないからかしら? だから、よく知らないと言った方が正しいのかな……」
「そっか。うん、わかるよ、その感じ。俺も両親は遠かったから」
「そうなの?」
「うん。ほら、俺は感情が希薄でしょ? だから母親は怖かったみたいで、関わろうとしなかったんだ。そりゃそうだよね。泣いたりぐずったり我儘いったりしない無表情の子供なんて怖いよ」
レクスは人懐こい笑顔で言った。
「……私はレクスの事怖くないわよ?」
「ホント? それなら嬉しいよ。小さな時、たまに会った婚約者候補の女の子達にはどんなに笑顔を作っても怖いって泣かれちゃったから。あの頃は今ほど上手に感情表現出来なかったんだよね」
感情はコミュニケーションの基本だろう。人間は感情に共感しあってその関係を形成している。
レクスにはその土台となるものが希薄なのだから、きっとこんな風に社交性を身に着けるのには相当な努力が伴った事だろう。
そのレクスの頑張りを思うと、リリエは少し自分の王妃教育の辛さと似てるなと思う。
でもきっとこんな感傷すらレクスには希薄な事で理解出来ない事なのかもしれない。
「……ねえ、レクス?」
「ん?」
色々と声をかけたかった。
だけど、そんなものに意味があるとは思えない。
きっと今自分がかけたい言葉は感情に根差すもので、きっとレクスには遠い事だろうから。
それを押し付ける事はしたくない。
だから、にっこりと笑ってレクスに小指を差し出す。
「あのね、またデートして欲しいの。約束」
初めて楽しいと感じた、と言ってくれた。
だったらレクスと心を通わせる方法はこれしかない。
これしか、今の自分の想いを伝える方法をリリエは思いつかなかった。
レクスは一瞬驚いて、でもすぐに微笑む。
「うん。約束」
レクスも小指を差し出してリリエの小指に絡めた。
二人は視線を合わせて微笑み合う。
リリエにとってこの約束は小ささな灯火のように感じた。
吹けば消えそうだけど、大切に守りたい様な。
そして、それがレクスにとっても同じだといいなと少し思う。
ノックが鳴る。
リリエはどうぞと声をかけると、ベルキがいた。
ベルキはレクスを一瞥した後リリエに視線を戻して告げた。
「そろそろパーティの時間です。準備を始めてもようございますか?」
「ええ、お願いするわ」
リリエとレクスはソファから立ち上がった。
ノエリアの誕生日パーティが開催される。少し肌寒くなってきた11月という季節。領城の大広間が主会場となる。
先ずは着席スタイルでの食事で賓客をもてなす。
領主は王都に出掛けていて不在なので、上座は今日の主役であるノエリアが座る事になる。
「皆さま。今日は私の為にお集まり頂きまして、ありがとうございます。お酒もお食事も存分にご用意がございますので存分にお楽しみ下さいませ」
ノエリアが葡萄酒の入ったグラスを高く掲げた。
それに合わせる様に、招待された賓客達もグラスを掲げる。
「乾杯」
その言葉を合図に皆がそれぞれのグラスに口をつけ、パーティが開始される。
この食事の時間では、先生達と会話を持つのは難しい。
食事が終わって、ホールに移って詩や音楽を嗜む時間に話をする機会が出来るだろう。
リリエは声をかけてくれる周辺領の領主の妻や娘達。
彼女達とにこやかに話をして、恙なく食事の時間は終わる。
レクスを伴って大広間を出、音楽ホールにやって来る。
今日の催しの予定に舞踏は入っておらず音楽を嗜むだけだ。
「まあ、こちらの騎士様はどなた?」
そう声をかけて来たのは隣の領、ヴァルタリアの東に位置するヘルムシュタット領の三女、ロジーナだ。
ロジーナはリリエより一つ下の13歳。レクスはどうやら好奇心が旺盛な彼女の興味の対象に入ってしまったようだ。
「ああ、彼はレアンドロ殿下が派遣して下さった護衛騎士のレクスよ」
「まあ! 王子殿下が? わざわざ護衛騎士を派遣して下さるなんて殿下はさぞリリエ様の御身を案じておられるのでしょうね。愛されているのですね、リリエ様」
リリエの内心は苦笑いがこみ上げたが、ここは王妃の仮面を被って見せた。
「そうですね。殿下の愛を感じます。ですが殿下が案じておられるのは何も私の身だけではないのです。私を守る事で国に余計な火種を生まずに済みます。ひいては民に要らぬ心配をかけずに済むという事です。殿下はきっと、私だけではなく国民全てを愛しておられるのでしょうね」
これが模範解答だ。
王の愛は独占するものではない。
王の愛は国民全てに向けられるべきものだ。
だから、愛されているという言葉に浮かれてはいけない。
「まあ、リリエ様は御立派ですのねぇ」
私達の後ろから声をかけて来たのは北に位置するローゼンクラッツ領のカタリナだ。
彼女はリリエの1つ年上。去年成人したばかりだ。
「もう王妃の心得を体現なさっているのですね。しかし少し気が早いのではありませんの? 本当に婚姻が成立するとも限らないのではなくって?」
カタリナは昔からこうしてリリエに何故かつっかかって来る。
これにも苦笑いがこみ上げたが、やはりカタリナに王妃の微笑みを向けた。
「ふふ、未来のことは神のみぞ知る、ということでしょうか。でも、皆さまに見守っていただいている以上、恥ずかしくないように努めるのが務めだと思っていますの」
「お立派なご姿勢ですわ。でも、お相手あってのことですもの。どれほど努力しても、最後に微笑むのが誰なのかはわかりませんわね?」
カタリナが優雅に笑んでリリエに言った。
「そうですわね。でも、微笑むべき時に微笑めるように、日々を積み重ねることが大切だと私は思いますの」
余裕のあるリリエの態度にカタリナの口元が一瞬歪んだが、それに気が付かないロジーナがキラキラと目を輝かせてリリエを見、言った。
「リリエ様は王子殿下に嫁ぐ為、たくさん努力なさっているのですねっ! 素敵ですっ!」
「ロジーナ嬢? そんなに大きな声を出してははしたないよ?」
今度はリリエ達の正面から声がかかって声の主はリリエの前に立った。
「あら、アルクセイ様、ごきげんよう」
彼は西に位置するブルンスヴィーク領の次男、アルクセイ。何かとリリエに声をかけてくれる。概ね、この3人にはパーティに招き招かれする同年代の謂わば幼馴染といった所だろう。
「でもカタリナ嬢の言う通り、まだ婚姻が決まるかわからないよね。だって、まだ顔も合わせた事ないんだろ?」
「まあ、それを言うなら、顔を合わせる前から好意を持ってくださるなんて、素敵なことではありませんこと?」
アレセイがどんな意図でこの質問をリリエに向けたかわからないけれど、カタリナが隣にいる以上、うかつな事は言えないので笑顔で尤もらしい返答をしておく。
「……君は本当にそれでいいのか?」
「リリエ嬢」
後ろに控えていたレクスがリリエに耳打ちした。
「先生達がちょうど揃ってる。話を切り出すチャンスだよ」
その言葉を受けて、ホールの端の方で先生達が揃っているのを見つけて、にこりと笑い一礼した。
「ごめんなさい。私、少しご挨拶に回らなければ。それでは皆様、お楽しみくださいませ」
話を打ち切ってアルクセイ、ロジーナ、カタリナに背を向ける。
きゅっと唇を引き締めて、リリエは先生達の輪へと向かった。
カタリナみたいな嫌味いうキャラ書くのホントに苦手




