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九章 名古屋高校運動会

 朝早くに起き、周りを見てみると一面汚かった。

 寝相が悪いようだ。(なんでこの状態で寝ていられるんだ。)

 すずさんが布団から、上半身を飛び出して寝ていた。

 鈴谷さんはうずくまって寝ている。

 (二人とも就寝への執着があるようだ。布団を取ろうとしても強く握ってくる。)

 やるべきことを終え二人を起こそうと思った時、どこからか呼ぶ声が聞こえた。

 しかも天上や上の方から。ただどこにも人の気配がない。「気のせいか。」

 用便から部屋まで速歩きで戻り、二人を起こした。

 「もう朝ですよ。出発まであんまり時間がありませんよ。」

 「まだ寝てたいです。」寝返りをうちながら、うめいた。

 「ほらすずさんも。」とすずさんを揺らす。動きもしないし何も言わない。なら...

 すずさんの顔を表に出し、顔を近づけた。そして取りも直さず額をすずさんの額にくっつけた。すずさんは笑って夢を見ているようだったが目を開けた。

 「うわ〜。」目があった瞬間驚いてそのまま後ろに転げた。

 「大丈夫ですか。」ベッドを回って溝を見てみると頭を打ったのか伸びてしまった。

 漸く鈴谷さんも目を覚ましすずさんの伸びも解決した。

 「驚くでしょ。そんなに顔近づけたら。」

 「中々起きないんだから、こうしたら起きるかなと思ってやってみました。ごめんなさい。所で二人とも今日は何の夢を見たんだい?」

 「十くんが白いスカートを履いた女性と話している夢。」(白いスカートを履いた女性と会ったこともないよ。)

 「私は自分が猫になり、十ちゃんに遊ばれる夢。」(どんな事考えてたらそんな夢見れるんだ。)

 「なにそれ。」すずさんが手を当てて笑う。

 「笑い話はそこまでにして、そろそろ出発の時間だよ。特に鈴谷さんは運転しないといけないんだから早く。」

 手を握って体を持ち上げてもらうと、十ちゃんの肩に傷跡があるのが見えた。(ただそんなこと言ってもはぐらかされるだけだもんな。今は言うのやめとこ。)

 「全員荷物はあるよね?忘れ物ないよね。エレも元気出し、出発だ。」

 

 「エレは偉いな。大人しく寝れて。」頬をなでながら言う。

 「猫ですもん。」至極当たり前なことであった。

 「では名古屋まで、鈴谷さんお願いします。」

 「わかりました。」

 暫く車に揺られ三時間名古屋近辺に到着した。

 「今度はちゃんと起こしてね。でも、」小声で続きを話そうと耳元に話しかけてきた。

 「私嬉しかったですよ。こんなに近づいたの初めてだし。もし良かったらもう一回起こしてね。」と囁いた。

 「でも、鈴谷さんには内緒ですからね。」私も小声で言う。

 そんな事を話している内にある高校の前を通った。よく見てみると、グラウンドで丁度運動会を開いているのが見えた。

 「近くの駐車場に止めて行ってみる?」

 「少し寄って見ましょうか。」学生の誘導に従い停めた。

 「エレはお留守番しててね。はい猫缶開けておくから食べてね。」すずさんが後部座席に乗せ待っているように伝へた。

 (エレが返事したように見えたな。気の所為だと思うけれど。」

 車から降り門の前に着くと「どなたでも入場できます。」と書いてあった。

 早速入ってみると午前の部がもう少しで終わりそうなところだった。

 十一時も暮れ太陽が南中していた。

 {次は中学三年生による全員リレーです。入場お願いします}とアナウンスが流れる。

 私達は木蔭から篤と凝視していた。

 会場全体が始まりの合図を、張り詰めた空気の中で待っている。

 「バァーン」振動が耳に届くような銃声が会場に響いた。

 いよいよ始まった。途中まではすべての組が殆ど拮抗して走っていた。

 リレーは展開が早くもう後数名を残すだけだった。

 その中を声一つ挙げずに真剣に見ている。

 「あっ」

 会場全体が一気に醒めた。

 一人の子がコーナーゾーンで転んでしまったのだ。

 「大丈夫かな。助けに行ったほうが良いかな。」すずさんが立ち上がろうとすると、鈴谷さんが黙って止めた。

 立ち上がろうとするが、痛みのあまりに膝を抱えてふんぞり返っている。

 そんな中もリレーは流れ続ける。

 助けようにも助けられない状態になっていた。

 その時一人の男の子が客席からレーンに入り、肩を貸しながら一緒に走っていた。

 その瞬間、辺りから歓声と拍手が夕立のように降り注いだ。

 他の組はすでにゴールしているにも関わらず、さっきまで泣いていた顔が笑顔に変わり最後のゴールテープを切った。

 「この友情には、心に来るものがありますね。」鈴谷さんが涙を零しながら言った。

 「そうですね。相手を思いやる気持ちと、一緒に楽しもうという友情が繋いだ行動でしょうな。」泣きはしなかったが、大いに感動した。

 自分ではこの時気が付かなかった。鈴谷さんとすずさんに言われて漸く気がついたほどだった。

 「十ちゃんどうかしましたか。大丈夫ですか。」私の顔をまっすぐ見て言う。

 「大丈夫かってなんでそんな事言うんですか。」

 「だって十くん今、泣いてますよ。」

 「え。」そんな事はまずないと思っていた。

 けれど改めて頬を触ってみると濡れた感覚がした。

 (何故私は今泣いているのだろう。別に何も泣くようなことはないのに。)そう心で思っているとあることを考えた。

 悲しくて泣いてるんじゃない、感動で泣いているんだ。

 (私は感動で泣けるんだ。)心一杯にそんな気持ちが湧き上がってきた。

 「とりあえずハンカチで拭きますね。」

 「それはありがとうございます。」

 「私も右側を拭きますね。」

 「なんですずさんまで?」

 二人が手を差し伸ばしてきた。

 「二人にやってもらわなくても、自分で拭えますから。」

 二人の手をどけてハンカチをポケットから取り出した。

 涙を拭いて再び試合を楽しんだ。

 午後の部の最中また誰かが呼ぶ声がした。

 今度は少し近くから。

 木々の茂みの方から。

 その先には駐車場で出入りする音が聞こえた。

 ただやはりそれらしき人は見つからない。

 (今は気にしていてもだめだな。)と顔を会場の方に向き直した。

 奥で風が木々を揺らした。

 

 「それにしても、あのリレーはすごかったね。今でも鳥肌立っちゃうもん。」思い出しながらすずさんが言う。

 「本当ですね。良いものが見れてよかったですよ。」共感するように私は言う。

 「午後の部もどのクラスも大奮闘してましたね。」鈴谷さんもうなづいて言う。

 「うちの高校も運動会ってやったの?」

 「十くんは知らないよね。5月の終わりらへんにもうしたんだよ。」

 「じゃあ、まだ私は此処にはいないか。」そんな前にやってしまったのか。

 「ただ来年もあるからね。十くんの頑張ってる姿見たいな。」横を覗きながら話してきた。

 (そう言われると恥ずかしいな)

 「まぁ、時が経てばいずれ見ることになるでしょ。」

 「その時は私も応援に行きますからね。家族だもの。」

 「家族ね。こんなに一緒に生活していたらもう家族か。」家族だと認識するまでに時間はいるが、家族だったら良かったのにと熟思う。

 「私は?」見境もなく驚異的に難しい質問をしてきた。

 (この回答によって人生が決まりそうなほど深刻だな。ただ家族ではないな。すずさんにもお父さんがいる。この関係は家族というよりかは友達かな。)

 「私にとっては重要な友達だよ。」恐る恐る返答すると。

 「へぇー。そうなんだ。」

 (この受け取り方はあんまり吉ではないな。)

 「そ、そろそろ車で旅館の方に向かいましょうか。あまりにも運動会に夢中になりすぎてしまいましたね。」

 話そらされたみたいな顔をされたが、今はこうするしかできないだろう。

 

 湯の風旅館に着く頃には、太陽が沈みかけていた。

 「やっと着いたね。」

 「今日も感動するようなことばっかり。とても楽しかったですね。」頭の中にはずっと情景が浮かび上がってくるばかりだ。

 (夕闇空があんな遠い。けれどまだ距離的に半分は残っている。)

 「何、そんなに気を引き締めてんの。」

 「まだ旅は半分しか経ってないんだなって思って。」かなり疲れたような声で言う。

 「そうだね。でも私はずっと楽しんでるから、すぐに時間が過ぎていってるように感じるよ。」浮かぶ戯言を楽しみながら旅館に入る。

 

 旅館のロビーにて

 「申し訳ありません。只今空き室が一部屋のみになっておりまして。」深々と頭を下げる女将。

 「そこで良いので三人泊まれますか?」

 「はい。一応泊まれますが、二人用の部屋ですので窮屈になってしまいますが。」

 「全然構いませんよ。」快諾すると、花菖蒲と書かれた鍵を貰った。

 荷物を引きずっていくと今までよりたしかに広くはないが、閑散としていて私としては何の問題もなかった。

 「今日は人も多いですし、こっそり三人で入ることはできませんね。」肩を落としながら呟いた。

 (元来より男と女に分かれて温泉は楽しむものだと言いたい。)

 「では六時には暖簾の前に集合ですね。」そう言って別れて、久しぶりに人が多くいる温泉に入りに行った。

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