七章 贈り物と神戸に
夢を見ているようだ。
「パッ(水の中。)雲を抜けると青空にうごめく大きな雲でできた、龍がとぐろを巻いていた。本当に夢か。冷たさや風が現実世界のように感じる。」
下に大きな街が遙かまで広がっている。
「街だ。東京だ。」そこで眼の前が真っ暗になってしまった。
雲を抜けたと思ったら布団の中にいた。
両側を見ると二人共寝ていたが、逆さまになったり移動をしていたりしていた。
「皆寝相が悪いな。」
立ち上がりながら朝の日光を浴び、浅く深呼吸をした。
(ちょっと街でも散策してくるか。)
外出着に着替え旅館を出ると、夏の温暖かい空気があった。
流石に朝早すぎたので町中のお土産屋は開店していなかった。
そんな中で一軒だけ空いている店が遠くに見えた。
行ってみると扇子が棚に載せられ売られていた。
「二人に似合うの買ってあげるか。」
蝦蟇口財布の口を開け、青紫色と茜色の蝶々の絵柄の扇子を手に取り、古着屋の老婆から買い取った。
「お前さん、此処らへんの人間じゃないね。」老婆が私を呼び止めて、話しかけてきた。
「はい宮崎の方から来ました。」
「遠くから態々こんなところまでかい。女性への贈り物だね。良い紳士じゃないか。大切にするんだよ。」
一通りの言葉を戴き店を出た。
眼の前には朝焼けに当たり、山々が黄金色に輝いていた。
旅館に戻ると鈴谷さんたちが部屋で起きて待っていた。
「も〜、どこに行ってたの?」この時昔の鈴谷さんを思い出した。今も昔も全然変わらない姿だと深く思った。
「そこら辺を散歩しに。心配かけたね。まだ寝てると思ったよ。」
「本当に心配したんですよ。」
「朝のこの時間だけは混浴ができるそうなのでまた三人で入りにいきましょう。」心配の声を遮るかのように、すずさんが呑気に話してきた。
その瞬間に出会った当時のことを思い出した。すずさんもあの時から大きく変わったと思っていたが、この夏で変わったのは私の方だったのかもしれないな。
(しょうがないな。)
「今しょうがないなって顔しましたか。嬉しくないんですか?」鈴谷さんが首を傾げて目を合わせてくる。睨んではいないのに寒い風が背中をなでた気がした。
「鈴谷さんに圧かけられると心が引くな。」(思いがけない状況に混乱してしまったが、その反応の仕方は流石に失礼だったかな。)
「あっ。ごめんなさい。私そんな怖い顔してましたか?本当にすみません。」急に我を取り戻したかのように慌てて辯解する。
「そんな怖い顔はしてませんよ。もう大丈夫だから。」と言っても中々表情は泣きそうな儘だった。
かなりしょげてしまったな。
そんな気持ちを一気に晴らしてくれたのは、早朝の青空とじんわり染み込んでくる温かさだった。
「何時入ってもいい湯だな。」
(誰と入るかは別としてだな。ただもうすずさんと鈴谷さんとお風呂に入るのは慣れてしまったかな。)相変わらず、すずさんと鈴谷さんは仲良く話している。先程の表情も和らいで良かったと内心、愁眉を開けられたと思っている。
「でも今日一日なにしましょう。休憩がてらの散歩といっても、此処らへんで歩いて観光できる場所といえば...」
そう悩んだ鈴谷さんが今日の観光する場所を持ちかけようとしている。
すずさんが「桑瀬神社があるよ。」と言い何故か温泉にスマホを持って入っていた。
「ほら、この神社。文化遺産にも登録されてるよ。」こんなところにまで文化の遺跡が残っていたとは、と少し驚いた。
「じゃあ、朝ご飯食べたら行ってみようか。」今日は心弾むような日にしようと、気分から変えていかなければ。
朝の夢が気になりつつも、存分に旅を楽しみたかった。
朝ご飯はご飯に味噌汁・そして少しの野菜を食べた。慾はなく、丈夫な身體を持って...。
これでは宮沢賢治だ。
食べ終わった後、私達は私服のまま旅館を出て川沿いをどんどん聢り遡って行って、二km程先にある桑瀬神社に向かった。
「結構な山道ですね。」苦しそうな声で鈴谷さんが言う。
「鈴谷さんはいつも車で街まで来るから、帰りは山登らないんだね。」続けて
「十ちゃんとすずちゃんは毎日のように登ってるんですもんね。すごい...。」息が不定律になり、心臓が悶えている音を感じた。
「大丈夫冬ちゃん!背中押してあげようか?」すずさんが鈴谷さんの後ろに回って背中に手を伸ばす。
「ありがとうございます。」顔の強張りもなくなった。
(鈴谷さんのあんな疲れている顔始めてみたかも。それに今冬ちゃんって。それにしても宮崎と違って、山の奥なのに夏のような暑さが入ってくるんだな。)
傾斜の激しい山道を進み、参道に漸く到着。そのときには全員が疲れていた。
「このベンチに座りましょう。」三人が腰を掛け、木漏れ日の日差しを見つめていた。
(山の中の景色は見慣れてるつもりだったが、此処まで切立った山中からの景色はまるで、谿に落ちているような気分だ。)
木漏れ日がきれいに一列に並んでまるで、神社までの参道を案内しているかのようだった。
休んでから本殿まで着くと、木板が刺さっていたり、木々が生い茂りすぎて傷んでいた。
「誰も手入れをしていなかったんですかね。」
「そうですね。少し周りの枝をどかしてあげましょう。」
三人がかりで枝を当たりの方へ、どかしてみると本殿の縁がきれいに残っていたままだった。
「アメ・ノ・ミナ・カ...」石碑に書かれた片仮名を読もうとすずさんが目を凝らす。
「天之御中主神。古事記に出てくる最初の神様だよ。この神社はなかなか珍しいね。天之御中主神は何をしたかもわかっていないから。祀っている所はそうそうないよ。」
つい興奮気味に言ってしまった。
「凄いね。十くん。なんでも知ってんじゃん。」
「十ちゃんは私より若いですけど、圧倒的に勉強を重ねてきましたからね。東京にいたときの模試なんかでは偏差値を六十後半と偽ってきましたが、本当は全教科平均百はゆう超えてますから。ただその時はまだ心が閉じていましたから。」自慢気に私のことを話してくれた。
「心を閉じていると、何か一つのことに没頭できるんだね。」
(私も久しぶりにサッカーやってみようかしら。)
「明日一日中、車運転できそうですか?」十分休んだんだから大丈夫だと信じて聞いてみた。
「よく考えたら十ちゃんも車運転できますよね。」急にこの人は何を言い出すんだ。
「それはできるけど法律上違反になっちゃうではないか。」
最終的に私が神戸まで運転することになった。
「神戸から名古屋までは鈴谷さんお願いしますよ。」
「わかりました。」仕方なさそうに言ってきた。
「それにしても十くんが車を運転できるなんて全然知らなかった。というか運転していいの?」
とても驚いた様子で事情を聞いてきた。
「私が運転できるのは、教習所で普通に免許取れちゃったからなんですよね。体格からすでに成年していると思われて、選考をスルーされたので免許取れたんですよ。ただ警察に調べられたら普通にわかっちゃうのでバレないようにってことなんです。」
「それ本当にやって良いんですか。」真剣な眼差しで聞いてきた。
「怪しい行動しなければ大丈夫ですよ。」私の方を三日月型の口で笑いながら見つめてきた。
「冬ちゃんが今日は不良に見える。」
「そういう系の小説好きだもんね。」私が読んでたのを擧げたら、その小説に嵌ってしまったのがきっかけだけれど。
「そ、それは。言わないでください。」恥ずかしそうに私の口を抑えた。
いつも通りの賑いを取り戻し、神戸についた。