六章 世界と三人の秘密
山口・広島を超え四国の玄関しまなみ海道の始まり、尾道に到着。
けれど如何せん腹が減ってしまった。
「渡る前に尾道駅の近くの店でご飯でも食べませんか?」
「いいですね。丁度お昼時ですし。」
「じゃあ、どこにする。私は朱鷺っていう広島名物料理屋を見つけた。」
「そこに行きましょうか。エレのご飯も買わないとね。」エレはこっちを見るだけで泣きもしないし表情一つ変えない。不思議な猫だな。
「結構雨降ってきちゃいましたね。」突然の大雨で、急いで食べて戻ってきた三人
「そうですね。もう後はこのまま四国に入って高知県の木の香温泉まで行ってしまいましょうか。ただ雨雲も神様の表情ですよ。」悟ったように言った。なんでこんな事を言ったのだろうか。自分でもよくわからない。でも天気は神様の表情や気分次第。それだけは心によく出てくる。
「明日になっちゃうけど、此処寄ってみない。」
すずさんが元気よく自分の携帯で調べて見せてくれた。
「海沿いを走って仁淀川を通ると桂浜に着くの。明日は此処に行かない?」(デートスポットにも良いと評価のところに書いてあったな。)
「此処なら天気も良さそうだし、良い案だね。」
「そうと決まれば今日のところはもう宿の方に向かっちゃいますね。」
「「お願いします。」」
暫く話しが進み色んな話をした。
「なんで鈴ちゃんは十くんのメイドをしてるの。まだ十八じゃん。」
「それは...ですね...」息を詰めらせたように言うと、私の方を助けてほしそうな目で見てきた。
「言っても言わなくてもどっちでも私は構わないよ。どちらにせよいつかは忘れてしまうのかもしれないけれど、一応話しといたほうが良いのだと思う。」
「?」
「私は坊っちゃんに拾われたんです。私の父が借金を抱えてて、私は八歳の時に拾われ養護施設に入れられました。ただ十五を過ぎると親の元か、新しい親のもとに行かなければなりませんでした。それが嫌で施設を抜け出したんです。路地裏で頭を抱えて悩みました。このまま戻ったとしても私は絶対に幸せになれない。でもこのまま此処にいても今の自分には何もできないような気がして。でもそんな時通りすがった坊っちゃんが私を見つけてくれたんです。あの夏の雨の日。」
〜回想〜 {}回想 「」現実
{あの子どうしたの。裸足だよ。服もぼろぼろだし。}(周りの声)
{どうしよう。どうしよう。}(鈴谷さんの心の声)
「息を切らして路地裏に座り込んだ私は、もう何をしたらよいのかわからない状態に陥りました。」(鈴谷さんの天の声)
「そんな時。」
{大丈夫ですか?}優しい声で気にかけてくれた人が近くに寄って来る。
「顔を上げると、坊っちゃんが立ってたんですよ。」
{こんなところでお一人ですか。}
「私は正直戸惑いました。こんなボロボロの人間を年下の子に心配してもらえるなんて、私はこの時思いました。自分には守ってくれる人がいる。でも守りたいものがないのだと。それで坊っちゃんと一緒に濡れながら坊っちゃんの家に来ました。坊っちゃんはご両親の仕事の関係上、別居状態にありましたから、私が言ったんです。」
{私にあなたのお世話をさせてください。}
張り詰めた声ですがるように願った。
「坊っちゃんは快く引き受けてくれました。そこからは二人暮らしになって、ご両親にも了承を得て暮らしていました。最初は手探りで家事も坊っちゃんとの関係もうまくはいきませんでした。ただそんな毎日がのべつ幕無しに続いてほしいって願ってたんですよね。だって幸せだったんですもの。」目を潤わせ、喉を鳴らしながら話を続けた。
「私と話す人は皆おどおどする。鈴谷さんと合った時も鈴谷さんはおどおどしていたよ。誰もが私を気味悪がりましたよ。親からも。でも鈴谷さんは私におどおどしていたんじゃないんですよね。心配から安心に変わったことにおどおどしていたんですよね。」(今更わかっていたとは言えない。だけど伝えなければ気持ちも晴れないのかな。)
内藤さんが大粒な涙を歔欷しながら絶え間なく流していた。
しばらくして「そんな事があったんですね。」と啜り泣きながら返事を返した。
「その出来事から、鈴谷さんとずっと一緒に過ごしてきたんだよね。思い返してみると、意外と時間が立つのって早いものなんですね。幸せな時間と同じですよ。」
「はい。私は今までも、今も、これからもずっと幸せです。」私は微笑みながら、遠くの窓の奥を覗いた。
空が心地の良い雲混ざりの青空に変わっていた。
(こんな奇跡ってあるんだな。どこまでもどこまでも続く空。空は何も変わってなかったのかもしれないな。観測史上初とか異常気象とか人間は騒いでいるけど、空は今までもこれからもずっと変わらないんじゃないかな。)
今までよりも強く感じた。
その瞬間私の体の周りに雫の形をした魚が周り始めた。
「十くん。」「十ちゃん。」二人の声が聞こえたと思ったら、そこには二人はいなかった。それとともに轟音が耳に響いた。
大きな音が鳴ったと思ったら、強く風が吹き荒らしていたのだった。
あたり一面が雲よりも高い空の上。
鉄床雲の上に向かって吹かれている。
しかも向かっている先は普通の雲ではなく緑の草原が雄大に広がった雲だった。
「此処は一体どこなんだ。」途轍もない疑問の中戻りたいという一心で叫んだ。
「すずさ〜ん。鈴谷さ〜ん。」
大きな声で叫んでも地上には届かない。
何故此処にいるのかを知った、瞬間車の中に戻っていた。
慌てて鈴谷さんが路肩に車を止めてくれていたお蔭で、パニックに陥らないで良かったと熟思う。
一度車から降り深呼吸をした。
「一体何があったの。」
「空のことについて考えてたら、魚たちが出てきて雲の上の草原に降り立って...。」自分でも意味のわからないことを倩と並べていることぐらいは分かる。
「ちょっと待って。雲の上の草原って。」
「私にもわからない。ただ、。」
「ただ?」
「滅茶苦茶綺麗だった。」(その情景だけはくっきりと繊細に覚えている。)
全員がキョトンとした顔で見てきたが、私は真剣に今起きたことを話した。
「まぁ、無事なら良かったですよ。」
「本当に心配したよ。」
全員が安堵の雰囲気を醸し出し、「じゃあ、出発しましょうか。」とまた高速に乗り始めた。
急に車内が静かになった。
私にとっては落ち着いた環境で心地は良かった。
そのまま木の香温泉に、着いたときには四時ぐらいだった。
「今日は驚いたことばっかりだ。」旅館についたらすぐに布団の上で横になった。
鈴谷さんとすずさんは先にお風呂に行ったらしい。
(少し横になってゆっくりしとくか。)
一方その頃
「此処の温泉も心地いいね。」水音をたてながら胸をなでおろす。
「山口の温泉ともまた違った匂いがするね。」
「十くん大丈夫かな?」体育座りでお風呂に入りながら、先程のことを思い出した。
「どうでしょうね。雲の上の草原なんて信じられませんけど、十ちゃんが嘘をついてるようにも見えなかったから...やっぱり本当に!」顔を見合わせて話す。
「多分。ねえ、彼処に五右衛門風呂あるよ。」少しは話しの転換につながることをしようと思ったのだろう。
「一緒に入る?」大人のお姉さんが誘いをかけてるように見える。
「桧のいい匂い。」枡は一人用であるため、二人ではかなり狭い。
「少し気になってたんだけど。すずちゃんはさ、家族と仲良いの?」
「すずちゃん。いや、二人ともすずだからわかりにくいね。」
「じゃあ、冬子でいいよ。私の名前鈴谷冬子っていうの。」
「じゃ、冬子ちゃん?冬ちゃん?」
「どっちでも良いよ。」二人の笑い声が露天風呂に響いた。
誰かいるかも気にせず続けて「私の家族はねとっても仲がいいよ。お母さんが六歳の時死んじゃったから、今はお父さんと二人暮らしなんだ。」名残惜しそうな雰囲気で続けて。
「そうだったんですね。私も母を早くに亡くしてて、お父さんが育ててくれたけど、結局施設に入れられたから捨てられちゃったのかな。まぁ、仕方ないよね。会社も倒産して私を養ってはいけないと思ったんだと思う。今じゃあんまり覚えてないな。」
「私のお母さんは、川で一人取り残された子供を助けに行って、その子は助かったんだけどそのまま死んじゃったんだ。今でもずっと気になるのが、なんで私よりもあの子を助けたんだろうなって。」
暗い声で落ち込んだように言った。
「それは、多分、あの娘のお母さんを悲しませたくなかったんじゃないかな。自分の子供が溺れたなんて聞いたら、そのお母さんはとても悲しい気持ちになる。それをすずちゃんと照らし合わせたんじゃないかな。」
寄り添う形で何とかすずさんは明るくなり、
「ありがとう鈴谷さん。おかげで歌ってみたくなったよ。」唐突過ぎる発言に鈴谷さんは混乱してしまう。
「え、。」
急な音楽への転換に驚いていると「お母さんとの一番の思い出は一緒に歌を歌ってくれたこと。一緒に歌って、一緒に笑って。そんな毎日思い出したら歌いたくなっちゃってさ。」前向きな姿勢を崩さずに生きているすずさんをみて鈴谷さんは優しく微笑んだ。
「あ、笑った。」
「笑ってませんよ。」
四十九院くんの夢の中
{どうしましょうか。このまま此処に置いてく?}「母」
{いやメイドといっしょにどこか遠くにやろう。}「父」
{それもそうね。}
「そんな。こんなことになるとは。やっぱり私は...。」(暗い憂鬱の部屋の中で涙ぐんだ瞳で親を見つめている。然し親の姿や顔がぼんやりとしか見えない。元よりいないのと同じだったもんな。)
目を開けると疊の新鮮な匂いが近くに感じる。
「夢だったのか。いや違う。実際に見たし聞いた。」涙を腕裾で吹拭んだ。
そのまま天上を見上げ、寂寥を感じていた。
そして頭を手で抱えながらもう一度布団に倒れ込んだ。
「少し目を覚まそう。このまま忘れたい。」そう言うと徐に立ち上がり、温泉バッグを持って部屋を出た。
「少しでも忘れられるかな。」淡く遠くの方を向きなら、違うことを考えようと奮闘する。
温泉は鉄の扉で閉められていた。
さてまずは体を洗い流しましょうか。
シャワーヘッドを掴み、肩から暑い温水をかけ流した。
「こんなに落ち着けるとこは...」一瞬目眩がして、椅子に座り込んでしまった。
そのまま体を洗い終わり、足早に露天風呂の方へ駆けて行った。
「此処は川がよく見えるのか。」谿に屹立するように建てられた。
露天風呂は川沿いに建てられていた。その御蔭か静謐に包まれていた。聞こえるのは川の飛沫の音だけ。
そんな中、浸かっていると女湯の方から笑い声が聞こえた。
(鈴谷さんたちも入っているんだな。この度で仲良くなってもらえて良かった。鈴谷さんも女の子だ。女性の友達が恋しいのだろう。)
「それにしても重い話ししてんな。」思わず言葉が出てしまった。
「え」
「十くん!」隣の女湯から大きな声で私を呼ぶ声が響いた。
「なんだい。」何とか誤魔化そうと慌てて取立てる。
「今のもしかして聞いてた?」虚辞を言うわけにはいかない。ただ本当のこと言うのも...
「殆ど聞いていました。」
それから暫くして、返事が二人からも聞こえなかったので湯船から上がったのかと思うと「なんで聞いちゃうのよ。」と男湯のドアを開けて二人共が来た。
「女将さんに聞いたけど、今日は私達しか泊まってないみたいだから一緒に入ろう。」
(そういう問題ではないだろう。屈託すぎるのも考えものだな。)
「私もいいですか。」鈴谷さんが顔を、恥ずかしそうになりながら覗かしていた。
「冬ちゃんも来なよ。」そう言うとタオルを越しに巻き直した。
「では、私は十ちゃんの隣に。」
嬉しそうに笑って私の隣に浸かった。
「で、さっきの話の続きだけどする?」(もう知っている話だが、もう一度聞いてみるのもありだな。)
「いや大丈夫です。もう痛いほどわかってるから。」すずさんが「もう大丈夫だから」と、心で叫んでいるのがなんとなくわかった。
「今日も星空がきれいですね。月も出てますよ。」鈴谷さんが話しの転換をしてきてくれた。いいタイミングでしてくれたと、心伝えに禮を言った。
「見知らぬ街に燈が灯りだしてる。」叙情的にすずさんが言った。川の奥の街明かりが山を乗り越えて見えていたのだろう。私は川の音だけで十分だ。
「明日は名古屋か。」思い出したかのように私は吐露した。
苦笑いをしながら「そこまで行けるかどうかわかりませんけど。」鈴谷さんも疲れているんだろうな。
よし。此処で私は唐突だが決めたことがある。「今日は二泊しよう。皆も疲れてるみたいだし。明日はこの近くの散策ぐらいにして明後日に出発しよう。」いきなり思い立ってそのまま言ってしまった。
「そうですね。」
下腹部を見ないように言ったのに気付いた。
急いで下半身を隠し今起きた忸怩たることを忘れたいと願った。
「今見たものは忘れてください。」
「そうですよね。」(なんで「恥ずかしかったの?」と言うような目で見てくるんだ。)
{クスクス}三人以外に他の人の声も聞こえた気がした。昨日も聞こえた。
結局何も憩えない儘夕食を食べ終わってしまった。
最終的にこの日の夜は、妙に早く終わってしまった。




