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五章 三人の馴れ初め

 一時間も経ったら、大淀まで着いた。

 此処で最初の到着地宮崎まで来た。

 だがまだ県を跨いですらいない。

 大淀川の上空は、巻雲と巻層雲が少しあるだけで晴れ渡っていた。

 よく見てみるとかもめが雲の間をすり抜けて、雲の海を泳いでいるようにも見える。

 奥の日向灘を覗いてみると、高積雲が段々状に重なってこっちへ向かってきていた。

 雄大で勢いよくこっちに向かってきている。

 まるで私達を飲み込もうとしているかのように、迫力のある姿で。

 まだ昼には早い。

 まるで異国の砂浜の隣を進んでいるかのような感覚は離れていった。

 ただ開放的な自由な海原だけは目に焼け残っている。

 大分の臼杵についたときにはまだ早めの昼時だった。

 天台に登って見ると、大きな阿蘇が煙を焚いていた。

 反対側を見てみると、薄雲の先に佐田岬半島がでっぱているのがよく見える。

 此処まで広くどこまでも続く空を見た私は、もはや満足感に浸っていた。

 二人も海浜の近くまで行き、空を眺めていた。

 「山と雲と花はよく映える。」恍惚している中私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 「お昼ご飯食べましょうか。」遠くから鈴谷さんとすずさんが手を振りながらこっちに向かってきた。

 

 旅はまだ始まったばかりだというのに、空は中々表情を変えない。

 車に乗り込み出発したが、一人・一匹旅の仲間が増えた。

 いつの間にか入ったのだろうか。

 黒猫が椅子に座ってこちらを凝視していた。

 とりあえず助手席に乗せ出発した。

 車内は猫の名前決めで大騒ぎ。

 「私は無難にクロでいいと思うな。」

 「私は猫の宅急便からジジっていうのがいいと思うな。」確かにそう見えなくはない。

 「私はエレって呼びたい。」(エレ。ハワイ語で黒色を意味する。だからこう名付けたいと思うな。)

 「「それ良い名前。」」

 「「流石「坊っちゃん」「十くん」」

 「「え」」

 「十くんって今言った?なんで愛称なのよ。」ムスっとしながらすずさんを見た。運転してるのだからよそ見はしないでほしい。

 「十くんが名前で読んでいいって言ったから。」確かに私が言った。

 「鈴谷さんも坊っちゃんて。」ムスっとしながら鈴谷さんを見た。

 「坊っちゃんの従者なんだから、坊っちゃんって言って何が悪いのよ。」確かに私の従者ではあるが、そろそろ名前でも読んでほしい頃だ。

 「あんまり騒がないの。」あまり騒がれても困っちまう。

 「「ごめんなさい。」」

 「で、とりあえず名前はエレで良い?」二人言になるといがみ合う

 「「勿論」」

 (滅茶苦茶仲いいじゃないか。)

 車がジブリの一通りの音楽を流し続け、淡々と進んで行った。

 いつの間にかうたた寝をしていたのだろう。

 気付いたら山口の川棚の方まで走っていた。

 車内にいても夕陽がきれいに差し込んできた感覚がある。

 まだ午後四時だが、空気は少し軽く温みを含んでいた。

 「部屋は一部屋で良かった?一応二部屋めもできるけど。」

 「三人で一部屋にしましょうよ。ね、すずさん」

 「そうですね。鈴谷さん。」

 (さっきまであんなに仲悪かったのにな。旅は人を変える。このままのべつ幕無しに仲の良い儘でいてくれたらな。)

 「うわ〜、すごい部屋」部屋に入った途端、走って畳の上に寝転び天上を見上げていた。

 「夕食は七時からそれまでの間は自由にしてていいよ。露天風呂もあるし、地下まであるし。やりたいことは一通りできる様になってるから。」

 「じゃあ、みんなで・お風呂行こうよ・」

 

 「温泉に浸かりながら空が見える。この旅の目的に丁度いいね。ただ…なんで混浴なの?」

 「いいじゃん。この時間帯だけだし。いい思い出になるよ。」落ち着けない思い出になりそうだ。

 (おちょくられるのは気にならないが、どうしても落ち着けない。たけやまの隙間から月が登り始め、水面に浮き上がっているのをじっと眺めているだけでも「自分は今高揚している」、のだと感じ取れる。この部分の視野だけ写真に取っておきたいほどだ。)

 じっくりと暖まった体で夕食を迎える。

 宅の中に入ると真っ白く光ったふぐの刺身やら、ふぐの皮煮、ふぐの頭等々ふぐ料理のフルコースが用意されていた。

 早速席につくと穏やかな音楽とともに落ち着いた環境で名物を食べる。

 (なんとも風情のあるものだ。)

 「これ全部十くんが用意してくれたの?」

 「まぁ、そうだよ。お金は気にしないで。気兼ねなく思う存分に食べてね。」

 この様子だと気にいってくれた感じかな。

 「「「いただきます」」」

 食事は進み、もう九時に。

 夕食の片付けが済んだところで、布団を敷き寝る用意をしていた。

 「窓側は私で。」

 「坊っちゃんは真ん中のほうが良いですよね。」

 「そうですよ。真ん中に寝て私達が囲むように寝ましょう。」なんでそんなに私とくっついていたいんだ。

 「取り敢えずそれでいいですから、そこの布団も敷いといてくださいね。」

 「はーい。」なんとも締まりの無い返事だった。そんなことを思う資格は少なくとも私にはないのかもしれないけど。

 ふと急に外の方に変化を感じ見てみると、中庭に灯が灯りだした事に気がついた。

 中庭の明かりがつき始めた頃、不規則に動く点滅する光が見えた。

 螢が庭に差し込む月光の、一筋に向かって飛び交っている。

 「二人共、電気消してこっちに来てみなよ。」

 「何かあったんですか?」部屋の明かりが消えたん瞬間、眼の前にある情景に息を呑んだ。

 明かりを消してみると、なんとも幻想的なものだった。

 そこには螢の飛び交う姿に鳳蝶あげはちょうの舞う場面と、月光に当たり神々しく光るもどこか物寂しさを感じさせるような空間が広がっていた。

 (こんな体験ができるなんて予想もできなかったよ。何時までもずっと見ていたい。急に眠気が来てしまったな。)

 一日があっという間に終わり、静かに床の間に就いた。

 

 「朝風呂は心地が良い。昨日の風呂も良かったが、この風呂も岩が剥き出しな点も風情があって良いものだ」

 (混浴よりも私は一人の方がよっぽど安らぎを感じられる。)

 感傷に浸っていると、奥から声をかけてきた男性が見えた。

 「随分と若くて一人なの?」浴槽の奥の方から誰かが話しかけている。

 いきなりの声に驚いて水音を立ててしまった。

 「此所らへんは努々誰も来れないような大きな谿壑けいがくだったんだよ。今は少しだけ開発されてるけど、自然を存分に感じられるでしょ。」同意を求めて話しているように感じたが、その後に別の心理も感じ取れた。

 「そうですね。昔はもっとこの木々が生い茂っていたのでしょうね。」

 「このあとは長旅の続きでしょ。聢り休んでいこう。」何故か親しげに話す声に聞き入ってしまっていた。

 今でも不思議な体験だったと思う。

 あの男性は本当に男性だったのだろうか。

 男湯だから男性と思ったのかもしれないが。

 話し方は女性に似ている。ただ彼処あそこは男湯だったはず。

 体格もそこまで高くない。男性でも高くない人など多数にいる。

 部屋に戻って涼みながら、さっきのことについて考えていると、「なにぼ〜っとしてんの。朝ご飯食べに行こう。」温泉から上がったばかりのすずさんが、寝っ転がっている私のかを跨いで話しかけてきた。だけどあまり意識が保てていないように感じる。逆上のぼせているのだろう。

 「そうだね。」起き上がりながら、眼鏡を掛け直した。

 鈴谷さんが食堂の入口で待っていた。

 「あっ、遅ーい。」

 「ごめん、ごめん。十くんが部屋に戻ったきり寝てたみたいだからさ。」

 「ふ。では行きましょうか。」

 (さっきの人も食堂に入るのかな。)

 三人で朝食を取っていても、さっきの人は現れなかった。

 (体格もわからないし、きっとちょっとした夢だったのかな。それにしても聞き覚えがあるような。)

 淡い疑問を浮かべながら準備をし、直ぐに出発した。

 車に入るとエレも起きてこちらを見ていた。

 ただ何故エレは鳴かないのだろう。だけども元気そうだ。

 「一時間もすればしまなみ海道の入口に着くからそこから四国に渡ってくれない。そこから明石海峡大橋まで行って神戸に出る感じで。」一通り今日の予定を考えたところで、何をしようかと考えなければ。

 「わかりました。十ちゃん。//」

 「え、今なんて」聞き違いだと信じてもう一度聞いてみたが。

 「女の秘密ですよ。」とはぐらかされてしまった。

 後ろからすずさんの笑い声も聞こえる。

 (おちょくられているように感じたが、何故か悪い気分には一切ならなかった。寧ろ今私は楽しんでいるんだ。生きているんだ。)と以前よりも強く感じていた。

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