十一章 光の箱庭と空の呪い
新幹線の中に入り安心していると、お姉さんが話しかけてきた。
「すずちゃんはなんでそんな無茶ができるの。」私の隣りに座って真剣な眼差しで聞いてきた。
「そんなの決まってますよ。私は十くんの家族になりたいんです。あんなに一人で孤独に生きてきて、やさぐれるのは勿論あったと思います。でもそんな中でも人と仲良くしたり、たくさん笑ってたくさん話して。そんな生活を一緒にこれからもやっていきたいんです。」一心に殊に話した。
お姉さんに自分の話したいことを打ち明かす事ができ、心がゆっくり動いているのが分かる。。
お姉さんはにっこり笑い「すずさんなら弟を任せられるかな。十に必要なのは私じゃない。あなただと思うの。だから十を連れ戻してきて。私にはもうできそうにないから。大丈夫ですよ。十もすずさんの事を思ってるはずですから。私も何時かまた会える日が来ると願ってますから。」微笑みながら消えていくのが見えた。
最後の方から身體が薄れていき、掠れた声を振り絞って出し私に次なる未来を託してくれた。
もう一度見たときにはお姉さんの姿はなかった。
「行っちゃった。」新幹線の通路の上の方を見上げながら呟く。
「どうしたの?」窓の方を見ていた鈴谷さんが、私の方に向きを変え聞いてきた。
「お姉さん空の上に帰っちゃった。」鈴谷さんの方に向き直し真剣に話す。
「そうだったのね。でも弟に短い間でも会えてとても嬉しかったんじゃないかな。屹度また来てくれるよ。」
「そうだよね。またいつか会えるよね。」座席を横に目を合わせて笑った。
「取り敢えず今は十ちゃんのいる世界に、どうやって行くかを考えよう。抑々雲の上にどうやって行くのかな?」話題がお姉さんから十くんの方に移行した。
「東京まで行って、代々木に着いたら廃ビルを探すの。でもどこにあるかまではわからない。」頭を悩ませて私が言った。
「今は東京につくまで待ちましょうか。」
そうして私達はリクライニングシートに身を靠れ、悉皆寝てしまった。
あれから数分が経ちふと眼が覚め、スマホで現在地を確認すると「鈴谷さん起きてください。私達富士山見逃してますよ。」かなりの距離を進んでいて富士山が見える位置に私達はいなかった。
「え。起きてたなら起こしてくださいよ。」鈴谷さんも見たかったことが犇々と伝わってくる。
「私も今起きたんだって。」富士山を私達は見損なってしまっていた。
今はそれが只々惝怳するだけだった。
「結句、今どこなんですか?」
「今は小田原まで来ちゃいました。後一時間ほどで着いてしまいますね。」
(迚も斯くても、寝てしまえば直ぐに着いてしまう。このまま空を見て過ごすのも悪くない。)
朝の九時に出た新幹線が東京に到着したのは、十二時近くのことだった。
到着して駅内をくぐり抜け東京のど真ん中に立った。
「東京のほうが暑いね。」手で仰ぎながら感じる暑さに怯えていた。
「そうですね。宮崎のほうが涼しく感じます。」
(それにしてもたくさん人がいる。迷子になっちゃいそう。)
「すずちゃん。これから私達は代々木までいかなければならないんですけど。」
「ならないんですけど?」
「その前にご飯食べましょうか。」
思いも寄らないその言葉に笑ってしまった。
スマホの画面で検索しながら歩いているといい店を横に発見した。
立ち食いだが結構綺麗にされている。
内装を見て雰囲気的に良さそうだったことと、暑さから逃れるため蒼惶と入っていった。
「蕎麦ですか。いいですね。早速なにか頼みましょう。」定食屋とは違い席の間隔が狭いことに慣れていないのか、すずちゃんは後込していた。
外見では何の料理を提供するのか判断できなかった。
メニュー表を開くと写真付きで掲載されていたがメニューの多さに驚いた。
「こんなに種類あるんですね。」小声で鈴谷さんに声をかけた。
「そうですよ。あと早めに決めないと店員さんに急かされますよ。」焦ってメニュー表を見返して慌てて注文した。
注文してから数分後直ぐに料理が提供された。
「早いですね。」
「東京は何もかもが早いの。人の歩く速さも電車やバスが来る速さも。もちろん料理の提供の速さもね。」
その後も蕎麦を啜り上げ店を出た。
初めての東京での食事に驚いてまだ心の緊張がほどけていなかった。
「一時半ですか。では東京駅に戻り新宿までいきましょう。そこから山手線に乗って代々木で降りればいいんです。」
来た道を当然かのような足早で戻り駅舎内に入れた。
駅構内は途轍もなく広く、人の数もたくさん過ぎた。
「電車が来ました乗りましょう。」
「こんな満員電車初めて乗ります。」窮屈な都会の電車内で話す。
「このまま新宿まで行けばいいんです。わかりました?」
「わかりました。」
そのまま電車に揺られ新宿まで到着。
なんとか下車して次の路線に向かった。
「次は山手線の外回りに乗ります。そしたら代々木まで普通につけますのでもう大丈夫ですよ。」
そんな声に心が和んだ。
この時乗った山手線は空いており、窓からビルが大量に乱立している風景が見えた。
曇って雨が降っていたが太陽の光が、雲間から一筋の光を照らしてくれているのが見えた。
{次の駅は代々木}
光の筋が当てられている建物にしか太陽は出ていない。まるでそこが光の水溜まりのように見えた。
「降りますよ。」腕を引っ張られて下車。そして今見た情景を話す。
「もしかしたら、廃ビルの場所わかったかもしれない。さっきまで曇ってたけど光の筋が一本だけ照らしてたビルが見えたの。もしかしたら其処にいるのかもしれない。」
「わかりました。駅から出てもう一度見てみましょう。」
「慥かにそうですね。あのビルに陽光が当たって、光の庭のようになっていますね。もしかしたらあそこに神社があるかもしれないってことですね。」
「はい。くっきり彼処の部分だけしか当たってないんです。十くんが私達に路を示してくれているのかもしれないと思いまして。」
「そうですね。行ってみましょう。」駅を降り取りも直さず直ちに私達は、光の階段を頼りに大きく参差に立ち並ぶ高層ビルを抜け、廃ビルを目指して足早に歩いた。
その途中さっきまであった光の筋が突然消え雨が降り出してしまった。
道行く人は「また雨か。今日で一週間連続だよ。」と言い溢した。
「十ちゃんに何かあったのかもしれません。どうしましょうか。」困った顔で私の方を見てくる。
「此処等辺の人に廃ビルがないか聞いてみましょう。」
二手に分かれて道行く人に聞き込みをして行った。
「あぁ、廃ビルならこの先の交差点を右に曲がったところにあるよ。」
「ありがとうございます。」そう言うと私は一目散に冬ちゃんのところに駆けて行った。
「あ、ちょっと。そっちの方には何にもないよ。」
「冬ちゃん。廃ビル見つけた。」
「えっ、どこにですか。」
「こっち!」と冬ちゃんの腕を引っ張り、雨の中を飛び出していった。
「ここが!」今にも崩れそうなビルが代々木のビル街の角に竚んでいた。
入口の前に立って「行ってみよう。」冬ちゃんがそう言うとビルの中に入っていった。
中は屋根が大きく崩壊しており、瓦礫の山が大量に積み重なっていた。
少しづつ登っていくと非常階段が目に入った。
「冬ちゃん。あそこに階段があるよ。」
そこには錆に覆われた階段が存在した。
「階段の踊り場が抜けてるよ。」怯えながら冬ちゃんが言う。
間髪入れずに「でも屋上にいかなきゃ。大丈夫だよ。十くんが上で待ってる。」
(私だって怖いよ。でも今はそれよりも大事なものがある。それを取りに行くだけなんだから。)
恐る恐る階段を登り、屋上に到着した。
屋上の端には小締まりと建てられた神社があった。
石段の側には精霊馬と精霊牛が作られていた。まだ新しい。
「ここが代々木の廃ビルの神社。」
「冬ちゃん。ここで少しだけ待っててもらえます。」
そう言うと傘を冬ちゃんに渡し、強く願いながら鳥居へ駆け込んだ。
「あ、ちょっと、すずちゃん!」
(十くん戻ってきて。)
目を開けると猛風の中に私はいた。風に揉まれ、押され私は方向感覚を失ってしまった。
(十くん、どこ!)目を凝らして正面を見ると、大きな分厚い雲を抜けた。
靴に引っ張られて雲が糸を引き、足を掴んでいるようだった。
青空が東京の街の上にどこまでも広がっていた。
その先には大きな鉄床雲が見えたが、雲の様子がおかしかった。
「緑の草原?」
雲の上には緑の草原が名一杯に敷かれていた。
「なんでこんな!うわ。」強風に呷られたが、その御蔭か一際目立つ鉄床雲を正面に捉えた。
「あそこに十くんがいる。」そう確信し只管に飛んだ。
「十く〜ん。」私の口からは聞いたこともないような大声が出ていた。
でも十くんは気付かなかった。
幾度か叫んで十くんがこちらに気づき、魚の群れを追い越し雲の端まで来てくれた。
十くんが雲に着地する前に受け止めてくれると、縛られていたものが一気に解けたように雲の下へ落ちていった。
「なんでこんな所まで来てくれたんですか。私が戻ったら、異常気象がどこかで起きてしまいます。」
「そんな事良いの。私は世界なんかより十くんが良い。世界が狂ったって良い。世界が滅んだって良い。だけど十くんがいなくなるのだけは絶対に嫌です。だって、だって。」大きく泣きながらすずさんが叫んだ。
「だって、十くんは私の大丈夫なんだから。」そう聞こえた瞬間、私達は意識を失った。
「痛た。」頭を抑えながら身體を起こすと、東京全体が晴れていた。
「すずさんも無事なようで何よりです。」
力を入れようとしても足に力が入らない。
漸く立ち上がると、横に鈴谷さんが遠くの空を眺めて立っていた。
「鈴谷さん?」
「十ちゃん?」
そういった途端鈴谷さんは大きく手を広げながら泣いて飛びかかってきた。
「良かった。良かったよ。」嗚咽しながら抱きついてきた。
その音ですずさんも起き同様に泣きながら抱きついてきた。
「一体どうしたの?」
(聞いても返事は当分帰ってこなさそうだな。)
漸く泣き止んだのか顔を上げると。
「本当に良かった。」と言い離れてくれた。
「でもこれで学んだよ。言いたいことは有りの儘すべて話したほうが、隠すよりも気持ちが楽になるんだってね。それで二人に渡したいものがあってさ。」
徐ろに懐から扇子を出し二人に差し出した。
二人は笑顔で受取り「「一生大切にします。」」と同時に話したかのように言った。
「一先ずここから離れようか。このビルも倒れそうなんでしょ。」ゆっくり瓦礫の上を下り、もと来た路を帰って行った。
「突然なんだけどさ。私東京に来たから寄りたい場所があるんだよね。」




