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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
二章 朱火
6/13

(六)

「よいではないか。こんな茶屋で働くよりも、もっと良い目を見せてやると言っておるのだ。お主は黙って首を縦に振ればよい」

 茶と団子を乗せた皿を置き、立ち去ろうとする女の手首を掴み、武士は下品な笑みを浮かべる。

「いまの生活に不満はございません。お気持ちだけお受けいたします」

 女は恥じらうように目を伏せるが、地面に向けられたその瞳は、炎も凍りつかせそうだ。

「そもそもここはただの茶屋。女を買いたければそういう茶屋へ行かれてはいかがでしょう?」

 そっけない態度をとりつづける女を強引に引き寄せようと、武士は腕に力を込める。だが女は足に根が生えたようにぴくりとも動かない。

 彼の眉が驚きに持ちあがる。武士が腰をおろしているとはいえ、華奢な体型の女ひとり引き寄せられないことが信じられない。

「おのれ、歯向かうか!」

 自身の戸惑いを押し隠すように、猛々しく吠え立ち上がる。今度は足にも力をいれ引き寄せようとするが、女は冷たい笑みを貼り付けたままその場から動かない。容姿の美しさも相まって、男はまるで妖怪を相手にしているような気さえしてきた。

 彼のもう一方の手が腰に差す刀へと自然に伸びる。だが刀を引き抜く事は叶わなかった。

「ぶふぉっ!」

 横っ面に草履を貼り付け、折角立ち上がった武士は、再び腰掛けへと戻る。

「草履も悪くはないのお」

骨皮(ほねかわ)様、草履の使い方が違います」

 不敵に笑う躯血(くけつ)夢助(ゆめすけ)が澄まし顔で指摘する。

「堅いことを言うでないわ。人の役に立てただから奴も本望であろう」

 人を食った物言いをする彼に夢助は呆れた様に鼻をならす。

 場違いとも思えるやりとりに、これまで冷笑を浮かべていた女の顔に、柔和な笑みが咲いた。

「夢助さん、お仕事さぼって何をしていらっしゃるんですか?」

 声をかけられた夢助が。がっくりと肩を落とす。

「腕のたつ人を所望されていたのはあなたでしょう」

「なるほど」

 女は目を細め。肩にかけた益荒男の柄を握る躯血の右手を見つめる。

 女の視線に気が付いた彼は感嘆の声をあげた。

「ほう、お主より目が良いようじゃのう。守るというのは、この娘のことか?自分のことは自分で守れそうだがのう」

 女は手に持っていた盆で目から下を隠し、恥ずかしそうに身をよじる。

「嫌ですわ。こんなか弱い女を捕まえて」

 躯血に向けられる流し目がいやに色っぽい。誘っていると誤解する男が出ても不思議はないであろう。

「貴様ら、松永さまにお仕えするわしに恥をかかせ、何を勝手なことを言っておるか!」

 武士は立ち上がりながら刀を抜こうとするが、すぐさま間合いを詰めた素足になった躯血の右足が武士の刀の柄を踏みつけ、彼の刀は引き抜かれる事なく鞘へと押し戻される。

「無礼な!足をどけぬか!」

「よかろう」

 彼はすぐさま左足を地面からどける。そのまま綺麗に武士の顔に着地させ、武士は後方へとひっくり返った。

「おのれ、もう許さぬ!」

 顔に草鞋のあとをくっきりと残した武士は唾を飛ばしつつ、立ち上がろうとする。

 そんな彼に足音なく近づいた女が、彼の耳元になにごとかを囁く。

 途端に武士の顔が青ざめる

「貴様、何故そのことを⁉」

「京で茶店をやっていれば、顔も広くなりますし噂話も向こうから飛び込んでまいります。立場のある人ならば、この店に手を出さないのは不文律でございますよ」

 冷たい視線のまま口角だけが吊りあがる。武士の唾を飲みこむ音が躯血にまで届く。

 武士は捨て台詞も言えぬまま、這う這うの体で逃げていった。

「追い返せるなら、さっさとおい返せばよかったではないか」

 武士と一緒に倒れた腰掛を、夢助が直すなり座った躯血が、呆れた様に息を吐きだす。

 女は言葉を返さず微笑をむけたまま奥へと引っこみ、しばらくしてふたり分の茶と団子を持って戻ってくる。

「痛い目を見ないと理解出来ぬかたもいらっしゃいますので」

 笑いをこらえるような声で答えつつ、腰掛に腰をおろしたふたりの横に、手際よく団子と茶を置く。

常盤(ときわ)と申します」

 深々と頭を下げる。その所作の美しさは町娘のものではない。

「お主と同じか」

 躯血は隣に座った夢助にぎろりと視線を投げる。

「もとを辿ればそうでございますな。とはいえ、役目は異なりますし、年に数回顔を合わせる程度。ほぼ無関係です」

 お茶をすすりながらのぼやきに、常盤がくすくすと笑う。

「それでもこうして願いを聞き届けてくださるのですから、ありがたいことです」

「おお、そうであった、そうであった。お主が真の依頼主ということなのじゃな。して、わしに誰を守らせようというのじゃ? わしのような得体の知れぬような者にでも声をかけさせるくらいじゃ。訳ありであることは察しがつくが」

 ぽんと手を打ち、興味深々といった様子で問いかける彼に、常盤は考え込むように目を閉じる。しかしすぐに意を決したように目を開いた。

「本当は陰陽寮に属さぬ、腕のたつ陰陽師がおればという意味でお願いしていたのですが……」

 躯血の右手からだらりと伸びる益荒男に視線をおとす。

「骨皮様と仰いましたね。貴方様もなにやら妖に近い力をお持ちのご様子。貴方様の目的のついでで結構です。わずかな時でも構いませぬので、ひとりの少女に普通の少女として生きる時間をつくってはいただけぬでしょうか?」

 うれいを帯びた声でそう言い切ると、常盤は悲しげに目を伏せた。

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